18 反撃の拳
「さきほどより動きが良くなったようですね」
アシュリアの動きは鈍くなるどころかむしろ慣れはじめていた。徐々に湿度と温度が変化していく闘技場、アリーナへと続く廊下で闘いは更に白熱していた。
「お世辞はいらんぞヴァラウィル。何を言おうと私はお前の言葉には靡かない」
実質、アシュリアは先ほどよりだいぶ楽になっていた。この環境と相手の攻め方にある一定のリズムが生じていることに気付いたからだ。
物理攻撃と遠隔、双方を操ることは困難そうだな……。
温度が変化するときは攻撃の手が弱まる。逆に変化し終えれば心置きなく攻撃に転ずることが可能ということ。つまりパターン化した闘いになりつつあった。
さらに言えば、ヴァラウィルの間合いからディアが消えたことも影響していた。
「手厳しいな、まったく」
それでもヴァラウィルの剣筋には余裕があった。それもそうだ、アシュリアが避けられる攻撃を敢えて繰り出しているのだから。
そしてヴァラウィルはアシュリアの一閃を左手で掴んだ。
「っ」
驚き、憤りを感じたがすかさずアシュリアは剣圧に魔力を込めた。
「雷刃っ!」
剣先まで雷を帯びた剣、それを籠手で掴んでいるヴァラウィルにとってこの攻撃は浸透しやすいものでもあった。
しかし、ヴァラウィルは全身に奔る電圧に眉根一つ動かさなかった。そしてアシュリアとの間を詰め、顔を近づける。
「だからこそ手に入れたときの幸福感が味わいたくて仕方が無くなる」
どこまでもヴァラウィルは余裕だった。それが彼と相対した者が戦闘に敗するもっとも重大な理由だ。相手の底が知れない、そんな感想を抱かせるには充分なのだ。まるで際限なく戦えるようなその物言い、その暗示に掛かりそうにもそれはアシュリアのプライドが許されない。
「悪趣味な男だな」
アシュリアは虫唾が走った。強さと中身が比例しないとここまで殺意が抱けるものなのか、心底くだらない思想で動く人間だな。そう思わずにはいられなかった。
ヴァラウィルの腹底をおもいっきり蹴り、無理やりにでも距離を空けた。よろめき後方へと下がったヴァラウィルは小さな火球を背に創り上げた。
「灼影」
アシュリアは顔を訝しめた。
あんな見え透いた魔力の使い方をする奴だったか?
アシュリアが感じた違和感は的中しており、小さな火球をこちらへ向かって投げてくる、なんてことは無かった。
問題は火球によってつくられたヴァラウィルの影だった。伸びた影はアシュリアの足元にまで届いており、そこの地面が一瞬にして溶け落ちたのだ。
「くっ……」
間一髪で避けていなければアシュリアもあの地面のようになっていたかもしれない。しかし、避けられる様にもあたかも分かっていたかのようにヴァラウィルはニヤリと不敵な笑みを見せる。
「初見でこれを受けきりますか」
それも攻撃の手を緩めない、それはアシュリアの元の実力を知ったうえでの一手だった。
「ならこれはどうですか? 陽炎」
ヴァラウィルが揺らめく様にその場から消えた。
「甘く見られたものだ、このような攻撃で私を止められると思ったのか?」
目くらましか……。
アシュリアはどこから攻撃の手が及ぼうが避けれる態勢に入った。
「いや、貴女の洞察力は既に私の支配下に落ちた。本命はそちらではありませんよ」
魔力察知をした。しかしそれは一方からではなく、全方位からだった。
アシュリアは素早く前転し横薙ぎを放った。熱を帯びた斬撃は視認できるため受けきることが出来た。全方向から来た攻撃を避けきれたと思い込んだ。
「ぁ……つっ!」
斬撃は二重に連なって壁からも現れていた。熱を帯びたモノからでも放つことが出来るというトリックが存在したのだ。ということは今、この建物のなかでは袋の鼠も同然ということになる。
「成る程な、どうやら場所が場所ではこちらが不利のようだ」
喰らった一太刀をものともせず直ぐに事態の対処に向かう。先ほどのヴァラウィルのように雷の大きな球体を創り上げた。
「雷の巨球」
この技に名前など要らず。ヴァラウィルの業を盗み、即席で考えた技だったからだ。
「なに!?」
熱を帯びていた建物に雷撃が貫く、弾ける様に飛散した光の閃は金属で出来ていたヴァラウィルの甲冑まで伸びた。それだけなら避けれただろうが避けるには一歩遅かった。アシュリアの身体を通ってこちらへ伸びて来ていたのだから。
「これでお前の熱は外の気流へと流れていくだろう」
壁が倒壊して瓦礫が崩れてくる中、そこはアリーナへと繋がった。
「さあ、仕切り直しといこうではないか、ヴァラウィル」
「あまり強気すぎるのも難儀かと思いますが……とことん楽しませてくれますね」
室内の籠った空気を変化させるのはさほど魔力を消費しない。だが、屋外となれば話は別だ。熱は風によって流され滞留することが不可能になる。よって熱風が流れていき気流が出来上がる。
感覚が戻るというのは聞こえがいいかもしれない、が。急激に変化する状態に慣れてしまうまでの時間が勝負の決め手と言ったところか。
「どうでしょう? ここで剣を収めてお引き取り願うというのは、私としてはそちらの方が賢明だとは思いますよ」
ヴァラウィルはもはやアシュリアに強さなど求めてはいない。その存在だけ、痩身麗人である彼女そのものに惹かれているのではないか。
「いつから冗談が得意になった? 帰す気など毛頭ないだろう」
……なんせ秘密を見られたのだから。この状態だけでも報告すれば他の隊が派遣され徹底調査されるだろう。クウェイとしてもそれだけは放置できない筈だからな。
「ああ、そうかもしれないですね」
ヴァラウィルは不意に剣を鞘に納めた。そしてアシュリアの間合いにいるにも関わらず構えを解いた。
「しかし、今の貴女は現役とは程遠い」
呆れたような物言いだった。その状態からアシュリアを倒せるとでも言いたげな顔だった。そしてヴァラウィルは不気味に笑った。
「私と闘っていても、あちらがよほど心配と見える」
闘技場を顎で指した。そこには一人の女性が立ち尽くしていた。その姿は先ほどまで危険が及ばない様に距離を空かしたはずのディアだった。
「ディア! 勝手に動いて……っ」
その瞬間、アシュリアから余裕が消えた。
「貴女の実力の枷となっているディア様を殺せば、あの時の素晴らしい表情を拝めるカナ?」
顔だけが獣へと豹変したヴァラウィルは身体に炎を纏い、跳んだ。
「やめろ! ヴァラウィル!!」
急激な体温の変化に偏頭痛が伴った。
くそっ、こんな、目の前で……。
「ーーえ」
獣の表情を狂気に満ちさせたヴァラウィルがこちらへと向かっていた。ディアは気付いた。
殺される――――。
「よいしょ、っと」
ヴァラウィルとディアの間で突如として地面が盛り上がった。拍子抜けなその声はそこから発されたもので、上半身のようなものが土から現れ出た。
「ちょっ、引っ掛かってるって! もっと丁寧に押してくれって!」
『ちっ、注文の多いガキね』
地面から聞こえた声の主は思いっきり力哉を蹴りあげた。
「いっでぇ!!!」
勢い余って空中へと投げ出された力哉は周りの状況が分かっていなかった。しかし、瞼を開くと同時に敵の姿だけは見据えていた。
炎を纏いこちらへと飛んできていたヴァラウィルが力哉の正面に居たのだから。
「あー! ヴァラウィルてめぇ!! 死ねコラァ!!!」
ヴァラウィルは急に旋回することは不可能と判断し、このまま力哉を貫くことにしたのだろう。勢いは弱まることはなく、むしろスピードは増した。
しかし力哉は目にも留まらぬ速さで向かってくるヴァラウィルの顔面を地面に向かって殴りつけた。その拳は雷を纏っていた。
「がはっ!?」
地面へと叩き付けられたヴァラウィルに力哉は笑顔で見下ろす。
「地獄をありがとよ」




