16冷静になれず
力哉の感覚は恐ろしい程に優れていた。
「ヴァ―ニルート」
そう言い放った少女は部屋の四方八方から突き出てきた植物根を避けたのだ。ぶつかり合った根っこが鈍い音を立てて絡まりあう。
「ぅあっぶね!」
たまらず大声を張り上げた。しかし、当の力哉は避けれる筈のない攻撃を避けれている事実にはまったく気付いていない。
「なんで避けられるねっ!」
「避けなきゃ死ぬだろ、バカ」
食って掛かるように少女を罵倒する力哉。一度ならず二度もバカと言われていることに少女は深く腹を立てた。
「バカバカって私の事をなんだと思ってるね、死ねクソガキー!!」
駄々をこねるように手足をぶんぶん振るい再度、植物根が力哉を狙う。それが避けられることは章章たるものであり、少女は溶ける様に壁の中へと入り込んだ。
「どっちがガキだ! いい加減にしないと怒るぞ」
消えた少女に対して怒鳴るような口調であたりを見回す。先ほどと同じ攻撃が力哉に狙いを定めてきたので簡便にそれを避けた。
「恩人に対してどの口が言うね」
後ろの壁から少女は造形した剣を力哉の腰辺りに突きつけた。
「恩人?」
力哉は後ろを振り返った。攻撃を避けようとはせず、腹部に浅くソレは突き刺さった。それでも微動だにせず真っ直ぐと少女を見つめる力哉に少女は動揺していた。
振り返るほど、気付いていた攻撃を避けなかった?
「な、なんで避けないね?」
力哉は改めて少女の相貌をまじまじと見つめる。
「君のことは、夢かなんかだと思っていた」
森の中であったときも、力哉はあんなところに少女なんて居る筈ないという先入観が現実との区別を付けなかった。あのあと目覚めれば既に宿舎のベッドの上だったのだからそう考えるのも自然といえよう。
そして先ほどの戦い、痛みは感じ得なかった。だがあれほど死を実感するのは久しぶりだった。戦場へ出たあの日から、それほど日数は経っていないのに忘れかけていたあの感覚。ただただ生きたいと儚げに思ってしまう。
「でも、腹に突き刺さった痛みでよく分かるよ。俺は生きてるんだな」
闘技場へ来てからあまり感じた事のない痛み、あれはきっと何かに護られていたのではないかと力哉は考える。
思えば今は目の前の少女に敵意を感じない。戦おうと思わないから身体の中に有り余った力があるのが分かる。
「な、なんなね……?」
力哉は少女の両肩を掴み、逃がさない様に捕まえる。
「ここはどこだ、闘技場はどこにあるんだ?」
心底呆れたように少女は掴まれた肩の力を抜いた。
「……それを訊いて、どうするね」
「ぶっ壊す」
即答だった。
「無駄ね、お前如きが行ったところでまた焔の獣にやられて終わりね」
焔……炎で獣? 獣だけで言えばヴァラウィルのことだと思うけど。
「ヴァラウィルのこと知ってんのか?」
焔の獣というのはどうやらヴァラウィルで当たっているようだ。少女はその幼い見た目とは似つかわしくない真面目な顔で頷いた。
「あれは、文字通りの化物ね、単体でアイツに勝てる相手は世界広しと言えどそうそう見つからないね」
文字通りの……化物ね。
「それほどなのか、見かけによらないな」
いや、ある意味見かけにはよるのかもしれない。
「そういえばルーガルーがなんとかって聞いた事あるな」
少女の肩から手を放しこめかみを数回トントンとたたいてみる。しかしそれ以上はどうやっても思い出せなかった。
「あの男は実力が勿体なさすぎるほど口の締りが緩い男ね。話を始めれば延々と語ることは頻繁ね」
そういえば、アシュリアさま? とかいう人について随分とご機嫌に語っていたような……。
「あれで強くなかったらムカつくから真っ先に私が殺してやりたいけどね、今はそうも言っていられないね」
「何故?」
話の糸口が見えない力哉は唸るように首を傾げる。この世界は力哉には分からないことだらけだ。
「はぁ、全くしょうがない無知なガキね。教えてやってもいいけどね? でも今は悠長にやっている暇はあまりないと言えるね」
少女はそう言って天井を見上げた。
「お前に今の魔力を与えた女と、お前が助けた女が焔の獣と戦ってるね」
魔力を与えた女?
「さっぱり皆目見当もつかんぜ。なんだよ魔力って」
力哉は半ば諦めたようにその場に座り込んだ。
「鈍ちんなガキね。お前が自我を失ってまで助けたかった女くらい覚えておけね」
自我?
力哉の頭の中にフラッシュバックする光景。自分が願ったせいで思い描いてしまっただけで簡単に誰かの命を散らしてしまった、あのとき。
「ディアさん……彼女は無事だったのか、いや待てよ。ヴァラウィルのやつと戦ってるってどういうことだよ!」
力哉は一瞬、冷静さを欠いた。だが、この少女の言うことが事実なら一刻も早く助けにいかなければならない。
「俺をそこへ連れて行ってくれ」




