15風魔の巫女
アシュリアとヴァラウィルが戦闘をしている最中、壁からぬぅっと出てきた少女は魔法石を使い蝋燭に火をともす。
「困ったね」
少女はうえで繰り広げられている戦闘に対してなんとも億劫な表情を隠そうとはしなかった。
闘技場地下よりも最下層、処刑場の頃から存在するこの場所は現在では隠し部屋としてただただ無意味な空間を模していた。
と、いうものの誰もこの部屋を見つけられないからであり決して存在意義がないわけではない。何故知られてないのか、それは大昔、処刑場から抜け出した受刑者が追手から逃れる為に創り上げた誰にも見つからない理想の空間であったからだ。
「あの男の魔力を根こそぎ奪ってやろうと思ったけどね」
……流石にあの雷女が一緒だと分が悪いね。
蝋燭の灯りが一つ、ベッドとシーツと椅子と机のセット。この部屋にはそれくらいしかなかった。埃っぽくはあったが、この場には吹くはずもない風が埃を舞い上げて隅っこへと固めた。
「まあいいね。本来の魔力を奪う相手は決まっていたからね、予定よりは早いけど」
そしてベッドの上には赤黒く染まった身体を横たわらせている青年、力哉がいた。残念ながら息はしていない。心臓の鼓動もしない、完全に人間としての機能は停止していた。
「私の魔力を与えたことはどうやら間違いだったようね。どれほど才覚があっても使い方を知らなければ宝の持ち腐れも同然なね」
大きなキノコの被り物を被っている少女は険しい顔つきで力哉を見下ろしていた。けれど力哉から反応は返ってこない。
……もともと魔力を持たない人間が力を使おうとしたこと自体が間違いだったのかもしれないね。人という生き物は実に恐ろしいものなね。
「とりあえず、その雷の魔力は私が貰い受けておこう。それが今のお前に出来る唯一的絶対的な存在意義ね」
少女はその小さな手を力哉の胸部へとかざす。上半身は凝固した血でべったりとしていたがそんなことには構わず少女はその手のひらを胸に重ねた。
「先ずは私の魔力ね。お前を生かしたのは、もともとはその力ね。感謝するがいいね……とは言っても、もう手遅れなのだろうけど」
瀕死の力哉に覚醒した力、それはこの闘技場へと連れて来られる前の出来事だ。扱えるはずのない魔力を行使し、感情的になって暴走した。不思議な事に力哉には魔力を授かった後の記憶が欠落している。
少女に出会った事は夢としか認識していない。その少女が目の前にいることも力哉には分かるはずもない。
視覚的な変化は無かったが、少女は確かに自分の中に魔力が戻って来たことを確認すると、一度その胸から手を放す。
「さあ、次は雷の魔力ね」
少女が再び手をかざそうとした、その時。微弱だが部屋に音が一つ、生まれた。そしてまばゆい光がフラッシュバックするかのように数回分けて放たれた。
「きゃっ」
その瞬間、力哉の体から強い電磁波が流れ始めた。急激に強まった魔力に少女は身じろぎしてしまう。
力哉の身体が大きく跳ね上がり、直後に大きな血の塊を吐き出した。
「がはっ! はぁ、はぁ」
「っ!?」
生き返った!? ありえない、心臓は止まっていた筈ね……。
少女は驚きのあまりか、目の前の力哉の状態に興味を示してそして近づきすぎてしまった。
「君は……、ここは、どこなんだ」
こともあろうか目の前で死んだ筈の力哉が生き返ったのだ。
そして力哉は、その少女の姿を捉えて訊ねてきた。つまりは最初から死んでなどいなかったというのだろうか。少女は酷く困惑した。
「意識が……ある」
ありえないありえないありえない……!
瀕死の人間を生き返らせることは不可能ではない、だが失った血の量から考えても普通は生きている筈がないのだ。しかし問題はそれが少女の魔力を回収したあとに起きたという点にあった。
「あの雷女の魔力……今度はそれが完全に作用し始めたというわけね」
今まで微力ながらに感じた雷の魔力、それが別の属性によって上書きされていたというわけではなく、下に組み込まれていたのだ。よって、もともとあった魔力が尽きれば奥に隠れていた次なる魔力を完全に覚醒させることが可能になる。
だがそれだけではこの状態の説明が十分とは言えない。普通は不可能に等しいのだ、魔力の複数所持という行為は、それも魔力を持たない筈の……ただの人間が。
「なぁ、君。どこかで会った事あるか?」
少女にとって非常にまずい状況下に晒されていた。
「ふ、ふふふ」
簡単な事だったね……何を焦っているね、私。
力哉はそのキノコ頭に何かを思い出そうと記憶を掘り起こそうとした。訝しんだ表情で少女を見上げたと同時に、先ほどまで自分が置かれていた状況を思い出す。
「生き返ったからどうしたね、また殺せばいいだけね!!」
少女は力哉から距離をとって両手を目の前に翳した。脆く崩れかけている煉瓦ブロックの隙間から、以前力哉が顕現させた植物根が飛び出し、力哉の身体を貫かんと迫ってくる。
「っ!?」
そして力哉が寝ていたベッドごと、根っこが突き刺さり、球体状に締め上げた。
「やったね!!」
「やってねぇよバカ」
力哉は少女のとなりに立って、球体になった根っこを一緒になって見ていた。間髪入れず少女は地面から新たな根っこを取り出してそれを剣のような形に変えた。
横に振り切り後方へ下がるが、その際に手応えは感じられなかった。
「あぶねっ」
力哉はまるで残像の様に後方へといつの間にか存在した。明らかに間合いにいたはずなのに避ける動作を一切せずに間合いから脱していた。
少女は忌々しげに舌打ちを放った。
「思い出した、君は確かあのとき森の中に居た女の子だな」
不機嫌そうな少女とはうらはらに、力哉は自分の中で答えが出た事に表情を明るくさせた。
「いやぁ、あのとき戦場が近かったからさ。大丈夫だった? 怪我とかしなかった?」
な、なんなね……この男は…………。
「お前、今の自分がどんな状況にいるか分かってるの!?」
力哉はそう言われて初めて周りを見渡した。
闘技場とも言い難い、薄暗くじめじめとした部屋だ。埃など舞っているわけではないがどことなく息が詰まる。蝋燭が一本あり、この部屋には風が吹かないせいか炎が揺らめくこともない。そしてベッドは見事に貫かれている。
「俺は闘技場に居た筈、だよな。とうとう死んで、ここは地獄って感じか?」
壁伝いに一周回ってみるが出入り口らしきものが見当たらない。完璧な密閉空間であり、自分がどうしてこんなところにいるか分からずじまいだった。
「呆れて文句すらでてこないね、生き残るチャンスも与えて逃げ出すチャンスすら与えたのにこんな体たらくだとはね…………やっぱりその魔力も私に寄越すがいいね」
少女は心底つまらなそうに言い放ったあと、部屋全体を根っこで覆い自分ごと力哉を閉じ込めた。
「これって……!」
「ヴァーニルート」
少女は冷たく言い放ったあと、小さなその部屋で鈍い音が響いた。




