13 暴動の首謀
野道に生えていた草もいつの間にか少なくなり、土地環境が生み出したものなのか地面は荒れていた。一定のところまで進むと地面は整備されてブロックばりの地面が街の風景を彩る。
「ここが『闘技街コルークル』」
そんな街の中で一際大きい建物が不自然なままにあった。街の相貌に相応しいとは決して言えない建物は夕日に照りつけられ禍々しいものとなっていた。
もともとは処刑場のみしか建っていない土地だったが廃止して施設を闘技場へと変えてから活気づいて商売が始まり、街にまで発展していったのだ。
「ああ、前に来た時とは打って変わって活気づいているな」
最近は一方試合ばかりで客足がおぼつかない程度だったとアシュリアは記憶している。だが、夕刻とはいえ街の活気は衰えるところを知らない。
「あの建物がそうなんだよね?」
街の中心に位置する巨大な建物を指したディア、彼女はここに訪れるのは今回が初めてのことだ。故に周りに興味がいっているようだが今はその時じゃないと気を引き締め直す。
「そうだ」
そんなディアを見て、心の中で微笑ましく感じたアシュリアは出来ればこのような形で赴きたくなかったな、と愚痴を零しそうになる。
「早く行かなきゃ、リキヤさんもだけど他の人たちも心配だし」
「相変わらずお人よしだな」
道中で会った親子の事を思い出す。彼女が更に語るには自分の夫だけじゃなく、他の土地からも関係のない市民を無起訴で連れてきていると。
国の資源を貯蓄したがるクウェイという男はよほど国民の総数を減らしたいらしい。
そんな輩が上の地位に就いていても尚、道を踏み外さずに居られたのは優しさを兼ね備えたディアが近くに居たからかもしれない。
だからこそ、護りたいと思うし、巻き込みたくないと思ってしまう。
「お姉ちゃん譲りだからね」
「………………」
ディア、お前は私の事を勘違いしている。私はお前の様にすべての事に優しくなれないんだよ。
そう言いたかったアシュリアは茜色の空を見上げ、周りのあわただしさが微妙な変化を見せた事に勘付いた。
「ん? 何か騒がしくないか」
それはディアにも伝わった様で、
「ただ盛り上がっているわけじゃ無さそうだね」
この胸の底に僅かに引っ掛かった違和感の正体に気付いた。殺し合いが始まっているのだ。受刑者らしきみすぼらしい格好をした者たちと、兵士たちによる争いが。
「ああ、だがここからは何が起こるか分かったものじゃない」
暴徒と化した受刑者、無差別に殺し始める兵士たち。その街に住んでいる他の者たちは、みすぼらしい格好をした住人以外、誰も居なかった。
「ディア。ここまでは大目に見て来たが、お前はここに残るんだ」
正直」、ここも安全とは言えないが……。
「……やっぱりそうなるんだね」
ディアには分かっていた、自分がここまで連れて来てもらったことすらアシュリアの気まぐれであり、そして力のない自分ではここから先、邪魔にしかならない事も。
「万が一ヴァラウィルと一戦交えることになれば、お前を護れる自信がないんだ」
ヴァラウィルという男は強い、実力で言えばアシュリアよりも戦闘の才能はある。だが、決定的なことはそれが何のための戦いか、であった。
民を護ろうという意志が強いアシュリアは衆望があり、反対にヴァラウィルは野心が高く畏怖されている。
「そう、なら仕方ないね」
ディアはアシュリアから間合いをとり構える。
「な、何をしているんだ!?」
戯けたようなその行為にアシュリアはたまらず声を上げた。しかし、ディアの眉根はピクリともせず、アシュリアを見つめていた。
「何って? 戦うんだよ。昔はお姉ちゃんより強かったの、知ってるでしょ?」
相手取るには力の差がありすぎる、アシュリアは呆れたように前へ向き直る。
「よせ。お前にもう魔力は無い、私が言える立場じゃないのは分かっている……だがもう戦ってほしくないのだ! 妹のお前にだけは!」
ディアは分かっている、単なるわがままだということも。こんなことで時間を食っているわけにもいかないことを。
だがそれでも姉を一人で行かせて、それが姉妹と言えようか。ディアは気付いてほしいのだ、自分を心配してくれているのと同じように、こちらも心配していることを。
「じゃあ、選択肢は一つじゃない? それに……ここも安全とは限らないみたいだよ?」
「なんだ、あれは」
最初は受刑者と兵士の相互的な争いだった。
「受刑者が逃げ出したぞぉお!!!」
しかし、そこから更に武器を持った兵士たちが動員され、その争いは一方的なものとなっていった。
「捕らえる、もしくは殺しても構わん!! 外部に情報を漏らされる前にどうにかしろとのご命令だ!」
ヴァラウィルの命令か……。
「下賤どもが」
そこへ闘技場の搬入口から高貴な格好をした人だかりが泣き叫び、怯えながらその場から逃げていた。
「闘技場のほうで暴動が起きたらしいぞ! こんなことは初めてじゃないか!?」
「管理局は何をやっているっていうの!?」
暇と財力を持て余し、有り余った資金をつぎ込む野卑な連中だ。そのような輩ばかりかアシュリアは高位階級を嫌い、あくまで一般市民として騎士を続けている。
「……お姉ちゃん」
アシュリアは舌打ちをしたが、闘技場始まって以来の暴動というワードにたまらず笑みを零しそうになる。
「あの男の仕業か、つくづく面白いな。行くぞディア! 私の周り意外に安全な場所は今のところ無さそうだ」
言葉と同時に走り出したアシュリアに慌ててディアは後をついて行く。
「うん! 頼りにしてるね」
「絶対に護ってやる」
状況下が悪いというのに、二人は何故か笑っていた。
「邪魔だぁ!」
見境のない兵士が剣を振りかざし危うくディアに当たりそうになる。アシュリアは急ブレーキし、ディアを抱き留めながら回転させた体を捻って鞘を兵士の顔面に浴びせた。
「がぁっ!?」
その勢いで前方向へディアを解放し、入り口へと向かって走っていく。圧倒的な強さを誇るアシュリアの戦闘能力に、兵士たちはざわめき標的をこちらへ変えてくる。
「そういえば貴様たち、いい防具を装着しているな」
アシュリアは口の端をニッと上げ、剣を抜く。刃に手をかざし手の先から青い稲妻が剣先に帯び始める。
「雷波」
兵士たちの武器、防具は全て金属。
身体中に耐えがたい衝撃が次々と駆け廻り、兵士たちは白目を剥いて倒れる。武器を持って戦っていた受刑者たちにも衝撃は伝わり、兵士程とはいかないが痺れて膝を付く。
「ぐぁあ……あ」
「答えろ、貴様たちを解放したのは誰だ」
男は一度、アシュリアをギラリと睨むが、兵士たちと違う格好をしており尚且つ兵士たちを倒していた姿が目に焼き付いていた。
「た、助けてくれ。悪事なんて働いちゃいねぇ!! こいつらが無理矢理……」
「そんなことは分かっている。だから来たのだ」
アシュリアはただ男の答えを待った。それに気圧されてか、アッサリと男は口を開いた。
「名前は知らねえ。だが若かった、アンタと同じか、それより下か」
「その人は今も生きているの!?」
先ほどまで黙っていたディアが押し通るように後方から現れ、訊ねる。
「知らねぇんだ、俺達に鍵を渡してアイツは舞台のほうに連れていかれてしまった……それからどうなったのかまでは」
「まだ生きているようだな」
「うん。急ごう」
ディアは我先にと走り出した。
「あと少しで完全に動けるようになるはずだ、そしたら他の奴を連れて貴様らは逃げろ。今はそれが最善だ」
吐き捨てる様に言い、アシュリアも走り出した。




