12 再敗戦に消失
「やっぱり犯罪歴がない人たちまで連れて来てるんだな」
間一髪のところで力哉は肉を引き裂かんばかりの鋭い爪を振りかざすヴァラウィルの猛攻を手錠の腕輪部分で防御する。
「アア、ツイデニ言ウト君ノ様ナ偶然戦場デ生キ残ッタ様ナ奴隷兵士モ多クガココデ死ンデ逝ッタヨ」
ひょうひょうと語りながらも攻撃は潰えない、会話と防御どちらにも完璧な意識を持っていくことが難しい力哉はどうにか耐え抜く。
「どうしてこんな場所があるんだ!」
こうやって叫びながらでしか、こちらの意見は上手く言葉に出来そうに無い。それだけ力哉には余裕が無かった。
「上ノ命令ダ、何デモ生産サレル資源ヲ蓄エタイトイウ理由デ不要ナ人間ヲ削減サセル事ガ目的ラシイネェ。私ハサホド興味ガ無イガナ」
攻撃の手が納まり、力哉は念のため一定の距離を空けて、ヴァラウィルの言葉を思い返す。
そして初めて戦場に駆り出された最前列での存在意義を脳裏に浮かべた。非常に似ているのだ。あの時の前衛の存在理由と、この闘技場の意図が。
「不要な人間も減る、観客から資金も集められる。そんなイカれた考えをする奴が偉い世界なのかよ」
腸が煮えくり返りそうだった。吐き気の様なものが腹の奥で滾り、どうにかそれを抑えようと胸を強く握りしめる。
「サァネ、ドチラニセヨ私ハ現状ニ満足シテイルンダ。覆ス気ハナイ」
ヴァラウィルにとって理由などあくまで付属でしかない。あくまで彼はこの場の存在そのものがあれば申し分ないのだ。殺戮を楽しみ、嬉々とする観客の歓声に酔いしれる日々を送ってきた彼だからこそ、この闘技場は麻薬のようなものなのだろう。
「そうかよ」
持てる限りの体力を調整しつつ力哉は自衛に務める。
「逃ゲ回ッテバカリジャ勝チ目ナンテ無イト思ウガ?」
呆れたような物言いのヴァラウィルの態度に力哉は口角を上げる。
「いや、もうかなり時間は稼げたんじゃないかと思ってね」
鉄格子の奥に控えていた兵士が居なくなった事を確認した力哉は防御態勢を解いて走ってくるヴァラウィルの前に出た。
「ナニ!?」
咄嗟に回し蹴りを繰り出したヴァラウィルの攻撃をモロに背中へ喰らい、前のめりの勢いで両腕を顔面に振り切った。それが見事に当たり、お互いが地面に転がり込む。
倒れた身体を起こし、ヴァラウィルは控に兵士の姿が無い事に気が付いた。よほどの事態でもない限り、持ち場を離れていい許可をした覚えがないヴァラウィルは力哉の不自然な不躾な質疑と行動を思い返す。
もし、何かの時間稼ぎをしていたとしたら?
「何ガ起コッテイルト言ウノダ!?」
一目も憚らず獣の姿でヴァラウィルは怒鳴り散らす。観客は突然の出来事に静まり返りそれを見ていた力哉はヘラヘラしていた。
「さあね、受刑者でも逃げ出したんじゃないか? それよりいいの? 化物が喋っちゃ、いろいろとバレちゃうんじゃないか」
「リキヤ君、何カシタネ?」
力哉の与太話には耳を貸さず、立場が逆転したように今度はヴァラウィルの方から質問を始めた。威嚇するような表情で訊ねるヴァラウィルの心情はそうとうに余裕がなさそうだ。
「どうだか、でも後はアンタの首からぶら下がっているモンを貰えれば俺も逃げ出せるんだがなぁ」
さきほど殴れた時に奪っておきたいところだったが思った以上に態勢を崩され、取ることは不可能だった。
それでも恐らくあれが無ければ力哉はどこかで手錠を焼き切るか、鍵を作ってもらうかしない限り、自由が利かなくなる。喉から手が出るくらい、現段階で力哉が欲するものである。
「サセルト思ウカヨ」
だからヴァラウィルはそう考え、鍵を咥えだす。力哉の脳裏には最悪なシナリオが過った。
「おいおい、普通鍵なんて飲み込まないだろ」
喉から手が出るほどの代物を、喉の先に通したヴァラウィルは恐ろしい程の笑みを浮かべた。
途端に雰囲気が今までと違うものへと変貌した。
「逃ゲ出シタ奴ラハ兵士ニデモ任セテオケバイイ、所詮ハ雑魚ダ。今ハドウシテモ君ノ事ヲ殺シタクテ仕方ガ無い」
力哉の頬から雫がたらりと乾いた地に染み込んだ。
「こっから先は考えてなかったな……さしずめ、逆上した黒獣に食い殺されて終わりって感じか」
体が熱くなってきた力哉はフラフラと走り出す。
「それでも許せねえことがあるんだ」
立ち止まったままのヴァラウィルは力哉の拳を避ける素振りは見せなかった。不自然とは思いつつも力哉は殴りつけた。感触は確かにある。
「ぃっでぇな!」
力哉の腹に鋭い痛みが奔った。だが外傷はない。
……どういうことだ?
「ヤハリ、アシュリア様ノ魔力ヲ感ジル。微々タルモノダガ確カニ痺レタ」
殴られたというのにいやに冷静なヴァラウィルに力哉は妙に怒りが湧いてくる。
「余裕かましてんじゃねえよ!!」
「ン? アア、ソウダッタナ」
再び構え、殴ろうとした力哉はよろめいて倒れ込む。
「あ?」
何が何だか分からなかった。今までの傷が身体中に回ったのか、だがそんな痛みは感じない。
「残念ダ、試合終了」
「ぁ……」
激しく喉が渇いた……。
そう思い立った力哉の口からドス黒い血が吐き出される。そして吐き出された血はドロドロで直ぐに固まるように焦げてこびり付いた。
「不思議だな、これだけ死ぬってのが分かってるのに、何も感じねえや。俺ってとうとう人間じゃ、無くなったのかね」
赤黒い血を吐き出しながら、苦しそうに力哉は言葉をつづった。
「イヤ、君ハ人間ダヨ」
「最期に嬉しいこと、言ってくれるじゃねえか。今、好感度が急上昇したぜ」
静かに力哉は目を閉じる。そして魔力反応が消えたことを確認したヴァラウィルは笑いながら死んだ不可思議な男、力哉を背に出口へと向かう。
「嬉シイ、カ」
あまりに残酷な死に方をした力哉に観客はみな、息を呑み凍りついた。そんなことも構わず黒獣は開錠した鉄格子の先へと向かい、人型へと戻った。すぐさま兵士がローブを持って現れ、それを手に取り羽織る。
「死体の片づけをしろ。それと逃げ出したという受刑者も全員捕らえろ。抵抗するなら殺しても構わん」
そう言って階段を降りようとしたヴァラウィルは会場から聞こえてきた騒ぎ声に耳を傾けた。それは盛り上がりをみせた声とは違う、何か信じられないことが起こったような、恐怖にも似た叫び。
立ち止まり振り返ったヴァラウィルの目の前に先ほどの兵士が慌てて駆け寄ってくる。
「ヴァラウィル様! し、死体が!!」
その一言でヴァラウィルは来た道を退き返した。
……まさか、あれで生きているはずがない。
「どうしたというの……だ……」
ヴァラウィルは眼を見開いた。途端に冷や汗が全身から吹き出してきた。
「…………ない……?」
そこには赤黒い血溜まりが地面にこびり付いていただけで、力哉の姿は見事に消え失せていた。




