11 非道な政治
「夫を闘技場に売った?」
アシュリアの顔は険しくなり、ディアは茫然としている。
「…………はい」
息をもしづらそうにえづきながら女性は言った。子供は何故母親が泣いているのか、わからないという顔をしていた。
「ひどい……」
「何故、そのようなことをしたんだ?」
アシュリアは咎めようとはせず、先ずは事情を尋ねた。
「戦争続きで夫が栽培した野菜を押収され、我が家には収入などなかった……そんなとき、闘技場近くを歩いていたら兵士が言ったんです。『あんたの旦那は喧嘩が強いか?』って。闘技場へ出場するだけでも高い報酬を払うって……だから、だから」
「相談はしなかったんですか?」
ディアが問いただそうとしたとき、それを遮るようにアシュリアはディアの棟の前に手を差し出した。
「言えないだろう。闘技場へ連れていかれた者が帰ってきたことなどないのだからな」
ディアはアシュリアの一言に驚き口元を手で覆い隠した。アシュリアの口調はやや強めだった。
「それを知っていて、やったっていうの?」
ディアはにわかに信じられなかった。生活が苦しくても、それでも愛すべき夫なのではないのか、何故そんなかけがえのない人をみすみす見殺す様なところへ送り込んだのか。
「そうとうな決意したんだろう、そして夫ならもしかしたら帰ってきてくれるんじゃないかと僅かな期待にも込めた」
自分にとって特別な人だから、帰ってきてくれる。そう信じたんだろう……、昔の私のようにな。
「分かっているんです。どう信じていても私は夫を売った、そのことに変わりはないのに……バカみたいに期待して、どんな顔をしてあの人に会えばいいのか、分からなくて」
「人の心の弱みに付け込んだわけだ」
クウェイ……これが貴様が言うところの政治というやつか……。
アシュリアは先ほどよりも更に増して怒りが込み上げてきた。
不要な兵士ばかりを送り込むだけではなく、何の咎もない人々までも消し去ろうというのだろうか。表向きは処刑場、裏では闘技場、その真実はただの暇つぶしと惨殺の場と為されていた。罪人だけを裁く目的で作られた施設もクウェイという男の興によって変えられてしまった。
……守るべき国を内側から潰しにかかっている疑いがあったクウェイの管轄にある闘技場、その内部を知る者は居ない。噂はさまざまであるが、それが禁忌に触れている証拠さえ取り揃えれば、円卓からもその席から引きずりおろすことが可能になる。
「お父さん、帰ってこないの?」
泣いている母親に子どもが訊ねた。
「ごめんね……ごめんね……っ」
母親は子どもを力強く抱きしめた。愚かな事をしたと、後悔していてももう夫は帰ってこない。残された母子も、奴らは狙った。
「貶めておきながら、何が罪人を処刑するための場だ」
そんなことをしている見当はおおよそつく。大方闘技場という設定で荒稼ぎしていたが、罪人という出場者に限界が来ていたのだろう。だが経営をストップさせるわけにはいかない。だから無理矢理にでも罪人を創り上げた。もともとは廃止するはずの場所を栄えさせたのはその為だろう。まだ何か裏があるのも気に喰わない。
「あなたは許されない事をした。だが私は生憎、この話は聞いていなかった」
アシュリアが放った一言に対してディアは口出ししなかった。
「野盗に襲われそうだった親子を助けただけだ。私たちには急ぎ行かねばならないところがあるので、これにて失礼させていただこう」
涙ぐみながらこちらを見つめる母親にアシュリアは短く礼をして、
「ディア、急ぐぞ」
そう言って歩き始める。これ以上あの親子にかけてやれる言葉も蛇足と言えよう。
「旦那さんの事を、想っていてください」
ディアは親子に一言だけ添えると小走りでアシュリアの後をついて行く。
「ふざけたあの建物を潰すぞ、文句は言わせないからなディア」
「リキヤさんもあの中に居るんだよね」
ディアは先ほどの親子の旦那さんのことも、力哉のことも手遅れであって欲しくないとただただ祈り、目的地へと向かっていく。
目的地はもう目の前だ。




