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召喚奴隷の異世界録  作者: 荒渠千峰
2章 異世界受刑者
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10 再戦の謀り

 闘技場地下、西側の牢屋には奇妙な光景があった。

 一人の青年の話に誰もが興味を持ち、耳を傾けるために鉄格子に張り付くように話し合っていたからである。


「この中に、牢の鍵があるはずだ。それを使ってまずは誰かがココから出て管理室へと向かってくれ」


 初めてヴァラウィルと会った一昨日、バレるかどうか焦りはした力哉だが服の中にいくつかの鍵を潜ませてあの日、牢屋へと戻った。そして脆くなりかけていた壁のヒビに鍵を隠した。牢の中などほとんどもぬけの殻で壁など凝視しない限りバレないのだ。その鍵を広げて各自に渡していく。


「それで、兵士がいたらどうするんだよ」


 力哉の一言にガタイが良い男が怪訝そうに尋ねる。


「恐らくだが不意打ちすることが可能になりやすい、一度入ったことがあるがドアに入るまでこちらから見つかることは確実にないんだ」


 それは力哉が脱走を試みたあの夜での出来事、管理室と呼んでいる忍び込んだ部屋にはドアに窓が付いていた。そこからの灯りがあったおかげで力哉はその部屋が何かを管理している部屋だと思い至ることが出来たのだ。そして細心の注意を払えば、こちらが気付かれることなく向こうの様子を窺うことができる。


「しかも相手は一人だ、この中にいる人間は誰でも抜け出せる。二人以上で挑んでも負けることはないだろ、その部屋の壁には鍵がたくさん掛かっている。それで全員分持ってきてくれ」


「ま、待ってくれ」


 やや痩せ細った男が焦ったように鉄格子にしがみ付く。


「先に行かせた奴らが俺らを助けずに逃げるって可能性はないのかよ、こんなところに居るやつらが絶対に信用できるわけじゃないだろう」


 確かにこの中に居る人間は力哉が話を聞いた限り、普通の生活を送っていた者たちばかりじゃない。だけど力哉には信ずるに足る言葉の暗示があった。


「ああ、だが人数が揃わなけりゃ、そもそもこの闘技場から抜け出すことそれ自体が困難になるんじゃないか?」


 そして力哉は自信満々に結果論を告げる。


「逃げ出す仲間が多ければ多い程、この脱出は成功しやすいってわけだ」


「だが兵士に見つかる危険はないのか?」


「まぁ、その辺は俺に策がある」


 ……俺が誰の注目をもこちらへ向ければいいわけだからな。


「貴様らっ! 何をコソコソ話しているんだ!!」


 どうやら順番が来たらしく、兵士が鉄格子に寄り掛かっている力哉たちを不審に思い声を張り上げて近づいてくる。


「どうせ俺ら殺されるんでしょ? なら少しくらい世間話に花を咲かせても罰はあたらんでしょう」


 明らかに兵士を舐めきった口を利いたことに腹を立てた兵士だったがその口を利いたのは力哉だった。


「お前は……まあいい、次はお前の番だぞ。リキヤ」


 この兵士は知っているのだ。力哉に無造作に手を上げて受刑者として闘技場へ駆り出された前の実況籍の男のことを。不用意に関わっては自分まで何をされるか分かったものじゃない兵士はこの場は何もしない事にした。

 牢の鍵を外され兵士の後について行く力哉は後方の他の受刑者たちに手を振る。


「後はよろしくな!」


「何の話だ?」


 兵士が少々苛立ちを見せる様に力哉に訊ねる。兵士にとって力哉はよくわからない恐ろしい存在でしかないのだ。

 たいていの人間は黒獣に食い殺されてすぐに死ぬはずだったのだ。なのに再戦など前代未聞な出来事を創り上げた男に兵士は怯えていた。


「いや、俺の雄姿が見られなくて残念な奴等だなってね」


「呑気なものだな」


 やはり変わった人間なだけだと断定した兵士は嘆息混じりに歩き出す。


「これくらいやんないと、どうにかなっちゃいそうだからな」


 階段を上りきり三度目の舞台へと顔を出す力哉は日に日に盛り上がっていく観客の声援に少しだけ心地よさを覚えそうになる。

 ……だけど、こいつらが見たいのは殺し合いだ。

 何度見ても見た目が変わらない観客席の人たちが違う生物に見えて仕方がない力哉は物憂げに空を仰ぎ見る。

 勝てるのか?


「さぁ、期待のアノ男が再び黒獣と相対するときがやってきたぁ! ダークホープ、リキヤ!!」


 甲高い声が闘技場に響き渡る、観客の歓声が更に高まり一気に知名度が上がったような気さえしてくる。


「ねぇ、ママ。あのリキヤって人今度は勝てるかな?」


 観客席から見ていた子供が楽しげに口を開く。格好からして上位階級の家柄の子供だと見て取れる。


「そうね、昨日も面白い戦い方をしていたし、勝てるかもしれないわよ?」


 そんな無邪気な息子を諭すように母親は何事も客観的に見ているようだ。

 観客席に座ることが出来るのは上位階級の貴族ばかりが座っている。闘気が高い者や退屈しのぎに見に来ている客なんてそんな者たちばかりだろう。

 改めて観客たちを一望した力哉は実況籍を見てみる。


「実況が女になっている……ま、そうだろうな。ヴァラウィル」


 問いかける様に目の前の黒獣に声を掛ける。

 ……支配者が自ら受刑者を遊び半分で狩るとか、つくづく悪趣味なもんだよな。

 力哉が口を開くも観客を盛り上げる為にシラを切っているヴァラウィルの姿が目の前にあった。


「あくまで獣に徹するつもりか、それで遊んでいるつもりなのかよ」


「…………」


 ヴァラウィルの目元が僅かに細くなった。


「答えろ!! 俺はアンタに聞きたいことがいくつかあるんだよ」


 しびれを切らしたように力哉は叫ぶ。そんな力哉を見た黒獣、もといヴァラウィルはやれやれと息を吐く。


「少シ落チ着イタラドウダイ」


 口を開いた獣からヴァラウィルの声を少し低くしたような唸り声にも似た声帯で放し始めた。


「落ち着いているよ。自分でも気持ち悪いくらいに」


 力哉はやっと口を開いたヴァラウィルに手ごたえを感じ、打って変わって恐ろしく冷静になった。


「イイヨ、答エテアゲヨウ。ダケドソレハ闘イナガラダケドソレデモ構ワナイカナ」


 あくまでもパフォーマンス目当てってわけか……。


「ずいぶんと余裕なことを言うな。俺は別に聞けるならなんでもいいよ」


 あっけらかんとした言い方に対し、ヴァラウィルはその広い口をさらにニヤリと広げた。


「ジャァ、イクヨ」


 言葉と同時にヴァラウィルは力哉の目の前に現れ、鋭い牙で前と同じ肩を狙った。


「ぐっ、相変わらず手が早いな」


 力哉はそれを素早く翻して距離をとる。四足歩行であの態勢だけでいえばチーターにも匹敵しかねない速度を出すにはこの会場は狭すぎた。しかしヴァラウィルの反射神経はそれを武器に変えてしまえる。全てを攻撃へと転ずることが可能なのだ。


「前回同様、私カラ鍵ヲ奪エレバ君ノ勝チダ」


 力哉は気付いていた、昨日の様に手足の枷を外されなかった理由を。目の前にいるヴァラウィルの首からぶら下がっているあの鍵を。

 管理室には恐らく力哉の枷は無いだろう。脱出を試みたあの日から恐らくはヴァラウィル自身が持ち続けていたのだろうから。だからどちらにせよ力哉はヴァラウィルと対峙することはほぼ確実だった。だから注目を集めさせる。倒せなくても混乱さえしてくれればあとから策はいくらでも思い浮かぶ。


「だろうな! だけど聞きたいのはそれじゃない、ここに集められる受刑者ってのは本当に受刑者かって話だ」


 再び食らいつこうとするヴァラウィルの牙を手錠の鎖をはさみ、なんとか耐え忍ぶ。力と勢いが負けているせいで徐々に後方の壁へと追いやられていくが、構わず会話は続く。


「……ナニヲ訊クカト思エバ、ソンナ事カ。概ネ君ガ予想シタ通リサ」


 力哉が牢屋で彼らの素性を聞いた時は驚きを隠せなかった。

 重罪を犯した者たちばかりが連れて来られているとばかり思い込んでいたこの闘技場、実際は何の罪もない人までも捕まっていたのだから。



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