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召喚奴隷の異世界録  作者: 荒渠千峰
1章 異世界召喚兵
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2 こんにちは、クソッタレな異世界

 そして今に至る。

 馬車に揺られ、同じ格好の連中がごった返す中に力哉はただただ流されるまま混じっていた。砂利道のせいか振動が尻に伝ってきて、徐々に痛みが込み上げてくる。

 周りに目をやればやる気に満ち溢れる者、恐怖に身を震わせる者、ただただ無事に帰りたいと祈る者、同じ格好といっても思考はさまざまと言った感じだった。


「お前さ、どこから来た?」


 隣の男が声を掛けてきた。兜であまり顔を窺えないが声からして恐らく力哉と同世代というところか。声を掛けられたことに多少は驚いた力哉だが、目覚めて突然連れて来られたときから気になっていたことを、一番に確かめなければいけない事を尋ねる。


「市川……ってかここはどこなんだ?」


「千葉からかぁ、あれ? もしかして今日が初めて?」


 話が通じたと思いきやまたも訳の分からない事を言われた力哉は憂鬱になりそうになった。だが唯一の接点を見つけたと思い、表情を一気に明るくする。


「そうだ、千葉県だ!」


 話が通じた事が嬉しかったせいか、少し声が荒くなった力哉。その反応に少々戸惑う青年。


「お、おう。なんだよ随分と嬉しそうだな、ってことはもうココが何処なのか、見当はつかなくても心の中では若干気付いているんじゃないか?」


 青年の言った事に眉根を寄せる力哉、何故この青年は遠回し風な言い方をするのだろうか。特に理由は無いだろうがその部分に違和感を覚えてしまった。


「お前さ、異世界もんのアニメとかマンガとか詳しい?」


「いや、まあ普通くらいじゃないか? 魔法とか妖精とか言うやつだろ?」


 正直、その手の話題には疎い方だ。力哉はどちらかと言うとゲームの方をやっており、ジャンルはホラー系のばかりだ。以前、雹華と二人プレイでやったこともあるが雹華にとってはトラウマを植え付けてしまうことになった思い出がある。異世界……つまりのところファンタジー系は雹華が好んでいたので予備知識程度ならあった。


「そーそれそれ、つまりそういうことなわけよ」


「は?」


「あれ見てちょ」


 馬車から覗く先のモノを指差した男、体重をぐらつかせながらも立ち上がりその方向を見た力哉は息を詰まらせ、ゆっくりとそのモノの名を口にした。


「ドラ、ゴン?」


 マンガやファンタジーの世界に出てくる形そのままだった。でっかいトカゲと言い張るには無理がある。それが数匹、当然のように空を舞っている。誰もそれを不思議と思わない、周りの兵士も俯いているだけの状況に力哉の感性だけが取り残されているようだった。


「ご名答、運が良かったな。今回戦うのはああいう怪物じゃなくて人間だよ」


 すると馬車が急停止をした。一人立っていた力哉は態勢を崩して馬車から落ちてしまう。


「いっでぇ……」


 誰も力哉に手を貸そうという気もせずに、カチャリカチャリと音を立てて馬車から降りて行く、ただ一人を除いては。


「大丈夫かよ、おい」


 半笑いでさきほどの青年が力哉を見下ろしていた。差し伸べた手を掴み立ち上がる。思ったよりも重い甲冑に息を切らしながら木立ちの中に入っていく。


「なぁ、今から何が始まるんだ?」


 列に続いていく力哉だが事がさっぱり分からないので男に訊ねる。


「そりゃ、森に入るんだから……奇襲?」


 当たり前のように現実ではありえない事を口にする男が力哉にとって恐ろしく遠い存在に思えてしまった。会話が噛み合わない、住んでいる世界がまるで違う。直感的にそう感じ取った。


「ま、続きは生きてたら話してやるよ。俺の名前はアキラ、お前の名前は……あとで生きてたら聞かしてくれや」


 そう言ったあと、部隊長である男の合図とともにアキラを含んだ前列の兵士たちが小砂利道に向かっていく。そして物資を持った移動集落の商人に襲いかかった。


「ま、まてよ! どう見たって一般人じゃねえか!!」


 前列部隊が交戦している様子を見て、力哉は堪らず声を張り上げた。誰がどう見ても一方的な虐殺だった。中には女子どもまで混じっているではないか。そんな人たちに果たしてこれほど人数が居るのか、こんなに武装を施す必要があったのか、やることがまるで盗賊のまねごとではないか。


「あれがただの商人だと思うか?」


 力哉の隣に来た男が口を開いた。最初に力哉を殴った男でもあり、先ほど部隊命令を指揮していた男でもあった。


「それってどういう……」


 商人の背負っていた荷物が突然、激しい煙を発した。


「来るぞ、構えろぉっ!!」


 そしてするどい閃光と共に爆炎が広がり始める。前列部隊が半分以上、死滅していた。それに巻き込まれた商人ともども互いに痛手を負っていた。

 さっきの男は自爆したのか……!?

 力哉は信じられなかった。外国の紛争地で起きているような、それもニュースでしか取り上げられないような出来事がたった今、目の前で起こったのだ。


「後列部隊、続けぇえッ!」


 後続部隊に割り当てられていた力哉が後ろから押され勢いで渦中に飛び込んでしまう。

 何が起きたのか全く理解できず、力哉は地面に倒れ込んだ。頭上ではけたたましい雄叫びと鉄のはじく音で耐えられず塞ぎ込んでしまう。


「怯むなぁ! 戦えッ!!」


 力哉は萎縮して顔を上げた。周りは互いに五分五分と戦っていた。何故、装備も人数もこちらの方が上手なのに五分五分なのだろうか、と不思議に思った力哉は目を見張った。


「なんだ」


 商人が口を動かし、手に握られていた石が光を集め兵士に向かって一閃放たれる。そう、それはまるで――。


「魔法……」


 先ほどの爆炎も魔法による攻撃だった、普通ならそう仮定できる。だが、力哉はそんな考えには至らなかった。信じたくなかったのかもしれない。


「ありえねえよ……夢じゃねえのかよ」


 ありがちな異世界に召喚された物語が頭を過った。それはとても幻想的で、力に溢れていて、憧れなかったことなど無い。現実にあればどれほど魅力的か、誰だって一度は思ったことがあるはず。

 そんな夢のような能力が目の前で力哉と同じ格好をした男性を貫いた。スケイルアーマーなどまるで紙切れのように次々と穴を空けていくではないか。こちらが有利に思えた争いだが、一般商人の方は少数に対してこちらは大人数で挑んでいる。魔法という概念があるならこちら側もそれを駆使すれば手間は掛からなかったはずだ。まさか使える使えないという条件があるというのだろうか。いや、それよりも――。


「おかしい……何かがおかしい」


 この格好を見れば、自分が着させられているこの軽装というのは何処かの国の兵士、あるいは騎士団という風に見て取れる。日本で言えば警察のような立ち位置の筈のこの部隊が一般人に劣っている、目の前の状況がその違和感を創り出していることに疑問を覚えた。


「ぐぅっ」


 先ほどの部隊を指揮していた男も魔法には苦戦を強いられていた。傷こそは負っていないものの、それでも存分に戦えてはいないようだった。

 ふと、商人が乗っていた馬車が手薄になっていたのが目に留まり、違和感を覚える。


「なんで残っているんだ?」


 爆炎が放たれた時、明らかに術中にあの馬車は停滞していた。あの爆炎の範囲では地面すらも多少は抉れていた。なのに原型を留めているあの馬車のことが不思議で堪らなかった。よく見ると外側から厳重に密閉されていて中身が窺えない。幸い、力哉の事に気付く敵は居なかったおかげで地面を這いずりながら馬車に近寄ることは容易かった。

 何か魔法を打ち消す仕掛けが施されているのだろうか。中から僅かに音が聞こえてきたので恐る恐る馬車の荷台に耳をあててみた。


「……けて」


 人の声がしたことに驚愕した力哉は気付かれないように縛られた荷台を解き始めた。誰もが生き死にを掛けた攻防を繰り返していたのでよほど大きな音を立てない限りはバレそうになかった。


「待ってろ、今開ける」


 荷台の扉を開けると更に驚きの光景が目の前に映し出された。


「なんだ……いったいこれは……」


 手足を縛られた子ども達が今にも泣き出しそうな顔でこちらを見つめていた。力哉は部隊長の男が言った言葉を思い出した。


『あれがただの商人だと思うか?』


「人さらい……いや、人身売買……か?」


 煤けた服装、もはや布きれと言ってもいいくらいにみすぼらしい格好だった。肌は汚れ体も若干痩せている。

 生々しすぎる光景に吐き気を覚え、勢いで口を覆う。喉に引っかかる熱いものを必死で抑え堪える。


「そうか」


 先ほどの商人の中に混じっていた女子ども、あの人たちも人身売買の被害者だったのかと力哉は悟った。戦いに巻き込まれた数人は命を落とし、残りは隅っこで怯えている。逃げたくても逃げ出せない、そのように見て取れた。

 視線を荷台の中に戻し、この子どもたちに何か伝えようとした、しかし言葉が出てこない。そんな中沈黙を破ったのは一人の少女だった。


「た……」


「助けて下さい!!」


 子どもたちの心からの叫びだった。必死に、目の前の僅かな希望に縋り付く子ども達がどのような人生を歩いてきたのか、痛感させられるようだった。


「ま、待ってろっ」


 持たされた短剣で子どもたちを縛っていた縄を切っていく。自由の身となった子どもたちは嬉しさのあまり涙ぐみながら感謝の言葉を力哉に列ねていた。


「ありがとうございます! ありがとうございます!」


 その様子に力哉は畏まる。


「まだ完ぺきに助かったわけじゃない。今もまだ争ってる途中なんだ」


 ここから先は子どもたちだけでは逃げられない、なんとか己が指示しなければと思案を巡らせる力哉は一つの結論に至る。


「外は危険だから、バレない様にゆっくりとあの森の中に逃げるんだ」


 大して考えられた作戦などではなかった。ただ目の前の子どもたちが見過ごせなかった。それだけの思いつきな作戦だった。もしかしてこの戦いの目的は子どもたちを助け出すことだったかもしれない、そうじゃないかもしれない。だが力哉には人としての最低限の行動をしただけなのだ。

 作戦なんて知った事じゃなかった。実際に何も聞かされていなかったのだから、命令違反も何もあったもんじゃない。


「おい、ガキどもが解放されているぞ!!」


 一人の商人がこちらの行動に気付いて声を荒げた。それに次いで、他の者たちも戦いを中断し視線と敵意が一気に集まる。


「走れっ!!」


 もしかしてそれは子どもたちに向けたものではなく、自分の身体に言い聞かせたのではないかと力哉は思った。危険のど真ん中にいる事を瞬時に悟った力哉は持たされていた槍をどうにか自衛に役立てようと構えた。生まれてこのかた、体育の授業で竹刀を握ったことはあっても槍など握る経験などは、まるでなかった力哉は牽制の意で距離をとる。その姿が力哉を殴った男の――部隊長の目に留まった。


「全員、あの新入りを援護しろぉ!!」


 部隊長が力哉に向かって剣を突き立てた。それに呼応するように「オオ!」という雄叫びを上げながら兵士たちが一気に向かってくる。

 それを見て焦った商人は手に握られていた赤い石に光を集め、それを力哉に向かって投げる。


「ぐっ」


 構えていた槍の切っ先に運良く当たり、まばゆい炎となって飛散した。軽い火の粉が力哉に降りかかってくる。


「あっづぅ!」


 いくら武装しているとはいえ軽装では体に降りかかる熱さに耐え切れない。しかし、その間に子どもたちの姿は完全に森の中に溶け込んでいった。

 これ以上は互いに消耗していくだけだと判断したのか、商人に扮した人さらいの集団は商品が空になってしまった馬車に急いで乗り込み、来た道を引き返して行く。

 追撃をしようとしない、ということは子どもたちを助けることが目的だったとみて間違いないようだ。


「し、死ぬかと思ったぁ」


 その場にへたり込んだ力哉は全身の力が抜けるような声を上げた。

 ある程度の戦力を持っている人さらいを追いたてるような真似はしなかった。つまり目標は殲滅ではなく救出にあったのだと、力哉は安堵の息を漏らす。


「任務は完遂された。ただちに帰還する」


 兵士に脇抱えられながら自分たちが乗ってきた馬車へと移動する。因みに馬車の前列に居て来るときに気付かなかったが、後方には攫われた子ども達用の護送車がきちんと用意されていた。

 行き帰りの馬車の中で明らかに違った空気が流れていた。今は、行きの時よりはそう悪くない空気が流れている。


「よくやったな、新入り。名前など必要ないと言った事は撤回しよう、名は何という?」


「力哉……です」


「リキヤか。覚えておこう」


 部隊長が肩をポンと叩いて再び馬を操る。


「リキヤ、お前よくやったなあ!」


 隣の男が肩を組みながら声を掛けてきた。


「えっと……アキラだったな。それでさっきの続きなんだけど」


「あ……そうだった。とりあえず帰ってから寄宿舎があるから、そこに行った時な。なんかお前疲れてるっぽいし」


「あ、ああ」


 わけのわからないまま、戦いに駆り出された力哉は逃げ出したい気持ちより何故あの時自ら危険な目に遭うような行動をしたのだろうと後悔していた。

 落ち着いているように見える力哉だったが、混乱している自分に嘘を吐いているだけだったのだ、今いるココは現実じゃないのだと。眠気に襲われた力哉はしばしの眠りについた。

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