5 姉妹は血沸き肉踊る場へ
体調が回復しきったとは言えない、だがディアは歩みを止めない。
「少し休んだっていいんじゃないか?」
「そんな暇、ないよ」
何度か肩を貸そうとしたアシュリアだが、ディアは拒否した。「これは私の我儘だから」そう言ってディアは力いっぱいに歩く。
道中にはモンスターが出没するため、アシュリアにとってはどちらかといえば身軽な方が護りやすくはある。
……それでも頼って欲しかったんだがな。
「でも、闘技場の支配人ってあの人だよね? お姉ちゃんの力でどうにかならないの?」
あの人、すなわちヴァラウィルのことだろう。その名を思い浮かべた瞬間、アシュリアは身震いをした。
「一応は、手荒な扱いはしないよう頼んだのだが……そんな頼みは忘れていそうだな」
……それ以前に私の魔力が感知されればアイツは目の色を変えるからな。何をしでかすか分かったものじゃないが……、そもそも目的のモノはあの中にあるかもしれないからな。下手に手を出せばクウェイあたりが邪魔をやり兼ねん。
「私ちょっとあの人苦手なんだよね……」
ディアが力なく笑う。
「私なんてソレを通り越して、もはや嫌いだ」
アシュリアが嫌悪感丸出しの顔を見せる。
「なんか、こういうの懐かしいね」
ディアの一言にアシュリアは青く澄んだ空を煽りながら表情を緩やかなものにする。
「ああ、今度はセネカも一緒だといいな」
末の妹、もう随分と会っていない。こちらの方でいくつか便りを送ったが、セネカ自身から返事が帰って来ることは無かった。
「下がっていろ」
ディアは立ち止まり、足をずりと後方にずらす。
「最近はモンスターの気性も荒くなっていく一方だな」
腰の鞘から剣を抜き、構える。イノシシのような見た目の獣人、オークの一種だ。もろ手に大剣を携えてこちらをジッと窺っている。
「構え方は大したものだが、襲う相手を間違えたようだ」
低姿勢から前へと踏み込み、大剣を弾き飛ばす。突如とした衝撃にオークはその場から走り去っていく。
「殺さないんだね」
剣を収めようとしたところを、不意にディアが口を開いた。
「……それでも私は多くの命に手を掛けた」
「お姉ちゃん」
「だからあの男、リキヤの気持ちも本当は分かっているんだ」
だからこそ、私の様な苦しみを与えずに解放してやりたかった。それだって私の我儘だったのかもしれない。日に日に重圧に押しつぶされそうになってしまう。あの時だって吹っ切れていたつもりだったのに。
『殺してくれ』
リキヤの懇願に、素直に応じた方が彼の為になったのではないか。だが私は生かした。
「いったい、何者なのだろうな……リキヤとは」
「今の私には分かるよ、昔のお姉ちゃんみたいな雰囲気が漂ってた」
ディアは笑顔で答える。
「そう、だろうか」
それでもあの男の存在が、今の私たちを繋いでくれていることは、紛う事ない事実であることに変わりはないのだ。
「見えてきたな」
遠くに町が見えてきた。
ディアとアシュリアが処刑場に到着したのは、力哉が脱走を試みてから実に二日後だった。