2 突如とした闘技
力哉は薄暗い場所で、ただただ行き交う衛兵を見続けていた。下水臭く、薄汚れた鉄格子、足元には少しでも動けばジャラジャラと音を立てる鎖が繋がれており、ある程度の自由しか与えられない。
力哉は地下牢に閉じ込められていた。
あの戦争からあとの記憶が無い。
「なんで俺は、生きてる」
あの戦いから気を失い、気付けばここに居た。アシュリアに刺された箇所は完全にとはいかないが塞がっており無茶をしない限り傷口が開くことはない。
「生かされた……まさか」
人を殺した感覚は残っている、あの場で能力を暴走させたこともはっきり記憶にある。あの声の正体が妙な口調の少女だったことも。それゆえに罪悪感に押しつぶされそうになっている力哉も、この状況に納得がいっていなかった。
「夢を見ている気分だった」
視界に靄がかかったような、曖昧に感じたようで記憶はある。思惑通りの動きをしない、身体がいう事を聞かない感覚。頭蓋を砕かん響きを聞かせた声。
そのために暴走させた、せざるを得なかった。そして敵味方関係なく惨殺した、人間とはこうも脆いのかと、実感させられた。
「恐らくは地上への階段を上った先が処刑場で、晒し首にされるか何かかな」
なぜ力哉はそう思ったか、ココが何故地下だと思うのか、それは上から建物全体を震撼させるような歓声が聞こえてくるからである。力哉の脳裏には真っ先に公開処刑という言葉が浮かんでくる。
「そうだとしたら、つくづく悪趣味だよな」
静かに眼を閉じて、時を待った。隣の牢屋から鍵を開ける音が聞こえてくる、屈強な男が衛兵に連れていかれる。恐らく次は自分の番なのだろうと、悟っていた。
「平然としてるな、もうすぐ死ぬっていうのに」
ディアはどうなったのだろうか、無事に保護されたのだろうか。雹華は俺が居なくてもやっていけるのか、俺の両親はとうとう別れてしまうのだろうか。そんな事ばかりが頭の中でグルグルと渦巻いてく。
「次はお前の番だ、出ろ」
それが力哉自身に掛けられた言葉だというのはすぐに理解できた。錠が解放され、光が差し込む階段を一歩ずつ登らされる。
「さあ、次なる挑戦者は異世界から補充された奴隷の雑兵!! 戦場で生き残った運の強さがここでも発揮されるか!?」
力哉は完全に瞳孔が開いた。自分が思い描いていた場景とはまったく違うものだったからだ。先に進むと死体の山が積まれており、それに貪りついている黒く大きな獣がいた。周りは高い塀で囲まれてその上は観客席となっていた。より一層高い歓声が理解の追いつかない力哉を歓迎していた。
「コロシアムみたいなものか」
咄嗟に口を吐いたが、この言葉以外にあてはまるものを力哉は知らない。だからこそ背筋に寒気が奔る。人間とはいかに道楽が好きか、当事者でなければこの景色、苦しみは理解できないということが。
そうこうしていると後方の門が閉ざされ、死体に貪りついていた獣がその音でこちらの存在に気付く。
「化物の首に付いている鍵を奪い、晴れて自由の身となれるのだろうか!? 簡単に死なれては面白みがないぞぉ!!」
コロシアムのアナウンス声を聴いた力哉は獣の首からぶら下がる鍵に目がいった。それは現在繋がれた状態にある力哉の手枷と足枷の鍵だった。
「生きぬける方法があるとしても無理ゲーだろ……これ」
ゆっくりとこちらの様子を窺う獣、力哉は狼のような生物に見えたがドラゴンなどが要る様なこの世界、そんな生易しい生き物じゃないことは察していた。そうでもなければ力哉よりも明らかに強そうだった屈強な男が死体の山でグチャグチャになっているわけがないからだ。
「どうせ一度は死を覚悟したんだ、こんな訳の分かんねー状況で生き残ったところでどうなるってんだ」
項垂れる様に空を見上げる、青々とした日差しがまるで力哉の死を待ち望んでいるかのように上空から照りつける。熱が死体を焦がしているためか、悪臭が漂い吐き気を催すがそんなことはお構いなしに黒獣が襲い掛かる。
「ぐっ」
生きることに希望が無いとはいえ、目の前に圧倒的な死を目の当たりにすると無意識に拒んでしまう。よって力哉は反射的に黒獣から距離をとるべくして避ける。
「人間が餌っていうなら、どうして俺に襲い掛かる必要があるんだ」
単なる空腹を満たすだけなら生きている者より、先ほどから貪っている死体の山から片付けるのではないだろうか。野生の動物の知恵として考えられるべき点はいくつか存在する。
「狩りそのものを楽しんでいるのか、貯蔵をする為か」
非常に冷静な思考を保っている力哉に会場はざわめきを見せる。己の死を纏った人間が狂気に駆られ、非行に奔ることがしばしばあるがそれとは正反対で状況を分析しようとする力哉の姿は物珍しさがあった。
会場の者たちの考えは浅はかだった。力哉は先の戦いから既に狂っていたのだから。
「そうだよ、俺には力があるじゃないか」
地面から根を出せる能力、風を操る能力、力哉がこれまで使ってきた魔法と呼ばれる力では、これらを操ることが可能なはずだ。しかし、それと同時に己が殺した兵士たちの顔が息絶えていく姿がフラッシュバックし始め、脳裏から離れなくなる。
手足が震えているのが、繋がれた鎖のジャラジャラとした音によりハッキリと認識できる。人を殺した力、護ろうとした人にさえ害を為す力、それらが魔法という概念を拒み始める。
その迷いが黒獣の攻撃を許してしまった。見た目どおりの力強い牙が力哉の右肩に噛みつき、肉に喰い込む。
「っ! がっ、ぁぁあああ!!」
顎の力が強すぎる為か、骨を砕く音と肉体があげる悲鳴が全身の血を煮沸させる。力が入らなくなり膝を付くが黒獣は型にはまったように離れようとはしない。
会場の歓声が重たく感じ、絶望に近い孤独を味わっているようだ。同じ人類を見る眼差しではない、痛みに朦朧とする最中に力哉は悟った。
「狂っテぇ……るぅっ!!」
激しい痛みが不思議と和らいでいく。何が起こったのか分からなかったが、会場の落胆していく様からそれは瞬時に判断できた。
「死ぃっ……ぬ」
ただただ己の現状を端的に、何者に告げるでもなくそう呟いた力哉は意識が遠のいていく。戦う事はできた、だがそれを行わなかったのは他でもない力哉自身のけじめのつもりだったのだ。訳も分からず殺そうとしてきた人たちを、訳も分からず殺してしまった、意味のないことだと理解していてもただの言い訳でしかない。
ただ恐かったのだ。この世界で何者でもない自分が、何者かになろうとしたことが。
「雹華」
そして力哉は、記憶に残る最大にして最愛の人物の名を呼び、全身から力が抜け落ちていく。
「おおーっと!? どういうわけか、黒獣が虫の息にまで差し掛かっている奴隷を解放したぞ!!」
……そういえば、ディアさんは今頃、どうしているんだろう。
実況籍の声と同時に力哉の意識は堕ちていった。




