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召喚奴隷の異世界録  作者: 荒渠千峰
2章 異世界受刑者
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1 キャルベランの顔

 重苦しい空気がその場を漂わせている、この空気を放っている状況が何を物語っているのか、これから始まろうとしている。


「全員、揃わんものだな」


 一人の老兵が口を開いた。戦場でどのような事を成してきたのか、想像を絶するほどの無数の傷が異様に目立っていた。

 円卓になっているテーブルの隅から隅へと見渡し、誰も座っていない空席となった椅子をチラつかせながら「ふん」と不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「あの小娘が。聖騎士などと謳われていなければ今すぐにでも処罰を下してやろうというに」


「…………」


 円卓に座る人はどれも高齢といった場景だった。しびれを切らして貧乏ゆすりを行っていたり、机上で人差し指をトントンと急かすように叩く者、この張り詰めた空間では誰もがたじろいでしまうことは間違いないだろう。

 そこへ両開きの扉がゆっくりと開かれ、席に着いた誰もがそちらへと顔を向けた。


「遅れて申し訳ない」


「いつまで待たせるつもりかな、アシュリア・ロージャ騎士殿」


 皮肉を込めフルネームで呼ばれる女性。

 兜を脇に抱えた女性は全身を甲冑姿に身を預け、腰元まである髪を靡かせながら部屋の中央に設置された円卓状の机、空いている席に腰かける。


「すまないな、何かと身支度に時間が掛かるものでな。小娘故か」


 皮肉を込めて卓上に兜を置いた。


「貴様っ!」


 老齢な男がバン! と机に手を置き立ち上がった。先ほどアシュリアを小娘と称していた男だった。バカにされていると思ったのだろう、如何せん怒りを爆発させてしまっている。


「そう憤るな、クウェイ。冗談だ、先刻ほどまで戦を指揮していたのでな。後始末に少々手間取った」


 その言葉に円卓に座る老齢な男たちのほとんどが顔を僅かに歪めた。戦に出て勝ち星を上げられる歳ではなくなった彼らが唯一この場において生き残れる方法、それは知恵のみだった。彼らにとってこの頭脳こそが最後の砦であり、それが劣ってしまえばあとは老害としてみじめにひっそりと暮らす生活が待っている。

 かつて武人として戦った彼らにも誇りはある。そんな生活だけは御免だとこの位置にしがみ付くしかない。それがどれだけ惨めか、彼らも重々承知のうえだ。


「先の戦、見事だった」


 この席で一切口を開いていなかった男がアシュリアを賞賛した、それだけで周りの空気が一気に重苦しくなった気さえ誰もが思えた。


「いえ、出来るだけ犠牲者を出すつもりはなかったのですが、上手くはいかないものです」


 褒められたアシュリアは素直に喜ぶことはせず、失ってしまった兵たちのことを、そして巻き込んでしまった妹の事を考えながら後悔の念に苛まれる。


「何を言うか。あのような雑兵、こうでもせんと我が国の資源は食いつぶされるあまりだろうて」


「それを養うのが国家ではないのか!?」


 クウェイの一言にバン、と机に手を叩いてアシュリアが立ち上がる。その勢いに円卓の者たちが僅かに焦りを見せる。


「民の為に国があるのではない、民が望んで国家というものが成り上がったのだぞ? 非常になれ、アシュリア。さもなければ己が身を滅ぼす要因はそなた自身になろうぞ」


 アシュリアを賞賛した男、ベランドが静かに言う。


「王亡き今、民にとっての希望はアシュリア、そなたに募っておる。いつだって先陣を切って来た者が英雄と称えられるのだ。迷いを見せておっては国は内側から崩れる、そのことを忘れるな」


 ベランドの言葉に何も言い返せないアシュリアは甲冑の擦れる音を僅かに響かせ座り込んだ。


「まだまだ甘々な小娘だということよ」


「クウェイ、貴様も少々言葉を選べ。それも貧民上がりの賜物であればわたしの方が謝らねばならんがな」


 その場に居た者ほぼ全員がこらえきれずに笑いだす。クウェイは顔を真っ赤に染め上げ、激しい歯軋りと貧乏ゆすりを引き起こしてしまう。


「やはり定例会というのは場が和まねば、やってはおれんな」


 ベランドは先ほどの重圧な空気から一気にそれを変化させた。満足したべランドは立ち上がり、扉に向かって歩き出す。


「このような状態ではロクに話しも進まんだろう、今回はこれにてお開きとさせてもらおう!」


 悔しそうな表情を隠せないクウェイを一瞥したのち、扉を開け放って廊下を闊歩し始める。その後ろからカツカツと早歩きで何者かが近付いてくる。


「待ってください、ベランド殿」


 振り返るとそこには、アシュリアが後を追って来ていた。


「礼はいらんからな」


 こちらの意図が読み取れたのか、ベランドは先に断りを入れてきた。的を射ていたせいかアシュリアの眼が少し見開かれる。


「……」


 途端に口を紡いでしまったアシュリアにベランドは構わず歩き出す。


「そなたのその甘々な考え、わたしは嫌いじゃない。迷いを見せるなと言ったのは、己が信ずる道を歩めという解釈にも聞こえてこないか?」


 僅かに口の端を釣り上げたべランドはそのまま歩き続け、やがて見えなくなるまでアシュリアは見届けた。


「信ずる道、か」


 アシュリアは次なる任務があるがしばらくの休みがあるため、会議室には戻らずにそのまま歩き始める。家で眠っている妹の顔を見ようと。




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