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召喚奴隷の異世界録  作者: 荒渠千峰
1章 異世界召喚兵
13/103

13 稲妻の騎士


 力哉の全身から力が抜けていく。生気を地面に吸われているような、あいまいな感覚さえはっきりとそれを肯定できる。事実、目の前には大きな枝が無数に集まっていたのだから。

 そしてその無数に集まった枝は力哉と力哉の近くに倒れていたディアを包み込んだ。


『唱えて』『唱えて唱えて』


 頭の中に言葉が流れ込んでくる。同じ言葉が無数に脳裏を張めぐり、頭痛と吐き気が力哉に襲い掛かる。


「ぁ……ば……、『ヴァ―ニルート』」


 その言葉が張り詰めた糸を切るように静けさを保っていた枝のようだった根っこの群れを拡散させた。

 地面を削る音が大地を震撼させて力哉の周りで立ち竦んでいた兵士たちを貫いていく。悲痛な叫び声が連なって反響していく。それに臆してか、背を向けた兵士たちは争いをやめて安全なところへと逃げようとしていた。

 何故逃げる?

 気を抜けば何者かに意識を乗っ取られそうになるほどの痛みを抑え込みながら力哉はさらに追撃する。


「ぎぃやああぁぁぁ!」


 意思を持つ様な動きを見せる根っこは兵士たちの脚を甲冑越しに貫く。身を守ってくれるはずの鎧が、この技の前ではまるで役に立たない。故に魔法は貴重なものであり、誰しもが望む圧倒的な強さであった。

 そして憧れが一点し、異境から持ち込まれたそれを忌み嫌う者たちはこう呼ぶ。


「ば、化物っ!」


 それが力哉の放った魔法であることは近くに居た誰もが感じ取った。当の本人は怒りのままに揮っている異能がこの世界にとってどれほどの価値かなど知る由もない。彼にとってはただそこにあっただけの力なのだ。それに頼り、それにすがり、結果。

 取り込まれてしまった。


「森から消し去る。森を守る、全ては森と共に」


 力哉の意識は抑え込まれ、代わりに森そのものの意思が働いている。

 違う、殺してはいけない。守るのは森じゃない、ディアだ。

 ディアの意識は未だに戻らない。暴れまわる力哉の眼中に留まっていないだけかもしれないが、今のところは無傷だ。だが、いつその矛先がディアに向けられるか、最早時間の問題だった。


「あの男の言った事を信用する価値はあるだろう……か」


 茂みをかき分け、ゆっくりとした足取りで細身の剣士が姿を現した。真っ直ぐと力哉の方へ歩く剣士は足元に転がるディアを見た。


「ふん」


 細身の剣士は鼻を鳴らすと静かに鞘から剣を抜いた。


「森の加護か、随分と気に入られたものだな」


 力哉は、否力哉の意思を乗っ取っている何者かは忌々しげに舌打ちをした。


「あの男といい、貴様といい、何故我々の邪魔ばかりするなね? 聖騎士」


 細身の剣士は兜の奥の表情を僅かに曇らせた。


「あの男とはまさか、アキ――」


 口を紡いだのと後方へステップしたのは同時だった。地面から根が飛び出しうねっている。こちらの様子を窺うようなその動きは次の一手を考えさせてくれるには聖騎士と呼ばれた剣士にとって充分だった。


「雷閃光」


 凄まじい光がその場に居た者の眼を眩ませた。ただの目眩ましではなく、標的を目掛けて放たれた一閃なのだ。力哉は瞬時に眼前に根を張らせていたおかげで真っ二つにはならずに済んだ。

 目が眩んだのはあくまで付属効果、この技を放ったのには理由がある。


「しばらく目を塞いでおけ、兵士たちよ」


 魔法と呼ばれるものは反感を買うことが多い、それは味方内であっても例外ではなく一度その姿を見られてしまえば隊の者からの眼差しが尊敬のソレから侮蔑のものへと変貌してしまいかねなかった。

 だが、今戦力を無暗に失うわけにもいかない。ならばそれも力哉が放ったものとすれば、納得はいかずとも疑問は残らないだろう、そう考えた聖騎士は妥協することをやめた。


「頼むから、うっかり殺させないでくれ。期待の新星とやら」


 一切迷いのない太刀筋で力哉が放つ植物根を両断していく。切り口からさらに新たな根が攻撃を仕掛けてくる光景は瞬きをするだけで油断になりかねない。だが、聖騎士の太刀筋は単に迷いが無いだけではない。確定的に無駄な動きを削り、確実に獲物を仕留めに掛かっていくその姿は周りから見れば聖騎士が歩く先に植物根が近付けないでいるかのような華麗な動きだった。


「地面を介している攻撃はやはり威力が下がるな、まったく恐れ入るよ」


 兜の向こうで笑みを作り、一歩また一歩と確実に力哉へと近寄る。


「ディ、ア」


「!?」


 力哉の口から放たれた声の質が明らかに変わっていた。

 聖騎士はそれが操られていないときの力哉、力哉そのものの意思だと気付いた。


「ま、もる……護るっ!!」


『なんなね!? この男の無駄な意思の強さは!』


 …………。

 立ち止まった聖騎士はあろうことか攻撃されているのにも拘らず地面に剣を突き刺した。植物根が聖騎士の腕を掠ったところで、攻撃は止んだ。


「意識、保てるではないか」


 剥き出しの敵意を突然消失させたことに力哉は驚きを隠せなかった。


「なぜ」


 その意味を問おうとしたとき、聖騎士は兜に手を掛けた。持ち上げると、かき上げられていた長い髪が腰元まで降りてくる。

 おんな……?

 聖騎士の表情を見た途端に力哉は足元で気絶しているディアの顔を即座に見た。


「ディアのこと、護ってくれたのだな」


 その顔はディアと似ている、全く同じというわけではないが髪の色や瞳の色、それらが一致するだけで間違えそうになるほど、ソックリだった。


「私の妹を解放してくれ」


「そう、か。あんたは最後尾に居た剣士、だったな」


 虚ろにそう呟く力哉、気絶したディアを抱えてやっとのことで立ち上がりゆっくりと身柄を聖騎士に預ける。


「やけにあっさりと引き渡すのだな」


 ディアの顔で怪訝そうな表情を作った聖騎士が訊ねる。

 力哉は力を引き絞った笑みを聖騎士に向けた。


「俺の近くに居たんじゃ、どっちにしろ危ない。それならあんたみたいなお偉い方に保護してもらった方がマシだ」


『殺せ』『全てを土に』


「うっ!!」


 頭を抑え込みながら地面に膝を付く力哉。それと同時に再び植物根が次々と生えてくる。

 数えきれないほどの根がまばらに揺らめきだし、いつ襲い掛かってきてもおかしくは無かった。


「もう限界だ、夢でも見ているんだと思っていた。だけど現実に俺は多くの人に手を掛けた。俺はもう戻れないところまで来てしまったんだ」


 ディアを抱えた聖騎士は黙ったまま力哉を見つめている。


「殺してくれ」


「わかった」


 聖騎士は何故、あの訳の分からない男アキラが執着し、妹であるディアがその身を預けたのか少し分かった気がした。

 かつて相手取ってきた異世界からの奴隷たちは皆一様に同じ言葉しか言ってこなかった。助けてくれ、自分だけは見逃してくれ、中には考えるだけで虫唾が走る様なことを言っていた奴もいた。この世界の人間と差異は無い。誰だって己の身が一番大事に決まっている。だが、この男だけは違う。

 ……おもしろい。

 聖騎士は抱えていたディアを木陰にそっと降ろして地面に突き刺していた剣を乱暴に抜いた。




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