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召喚奴隷の異世界録  作者: 荒渠千峰
1章 異世界召喚兵
11/103

11 制御不可能

 外は力哉が到着したときよりも残党の数が減っていた。もうほとんど争いは終結したも同然だった。さきほどディアに襲い掛かった兵士たちもそのことが分かっていたのだろう。だから母国の為に爪痕を遺そうと躍起になっていた。


「アキラは……」


 そう言いかけて、途中で考えることを止めた。もしかしたらという可能性もあるが、ディアを助けに行く道のりの途中、力哉は同じ窯の飯を食った仲間が血を流して倒れている姿をいくつも目の当たりにしている。その中にアキラが居たわけではないが、そちらの考えを抱いてしまうのが自然だった。

 いや、アイツはこの状況になることを知っていたから、もしかしたら逃げてくれたのかもしれない。

 そう期待を持つ他に力哉には術が無かった。


「ディアさん、こちらの本拠地などに心当たりはないですか?」


 力哉は考えた、戦が行われるとしてそう遠くない距離に拠点を建てている。このような知識は持ち合わせていない力哉でもそれは断定できる。


「えっと、確か北の方に国境砦があったと思います。そこなら設備が整っていますし戦略も立てやすいでしょうから」


「じゃあ、ひとまずソコへ向かってみましょうか」


 力哉だけなら飛躍した身体能力でさほど時間が掛からないだろう、しかしさきほど命の危険を感じたばかりのディアにこれ以上リスクを負わせるような真似はしたくなかった力哉は自身の能力の事はディアには話さず歩いて移動することにした。


「それにしても不思議だとは思いませんか?」


「えっ」


 突然口を開いたディアに力哉は少し驚いた表情をした。てっきり先ほどの能力のことについて聞かれると思ってしまったからだ。だが、そうではなかった。


「ここで戦っているのはどれも剣士ばかり……私が見たときは弓兵や魔法使いの姿が見受けられたのですが……この辺りには生き残りは愚か、死体すら転がっていません」


 力哉は周りを見渡すが、確かにどれも近距離系の武器を持った兵ばかりで他の死体は見当たらない。


「嫌な予感がするな」


 力哉は急がんとばかりにディアの手を握って走り出した。


「くっ」


 勢いを殺して走っているつもりの力哉だが、それでもディアの走れる速度を超えて走っていた。辛そうに声を漏らしたディアはつまずき倒れそうになる。


「よっ、と」


 前方に向かって倒れるディアの目の前に力哉が現われ、背中を見せたまま後手でディアの太ももを持ち上げおんぶした。豊満なディアの胸が力哉の背中にこすり付けられなんとも言えぬ昂揚感が溢れたが、意識はしない様に心がけようとした。

 女性の胸ってこんな柔らかいのか。


「あ……」


 急におんぶをされ、挙句胸まで背中にくっ付けてしまったディアは顔を朱に染めるが、何も言わぬまま走り出した力哉の背に慌ててしがみ付いた。


「ごめん。少しだけ我慢して」


「は、はい」


 男の人の背中って、こんなに広く暖かいものなのだろうか。

 不思議とこみ上がってくる安堵に心が和らいだ。今までの恐怖心が嘘のように消え去り、いつまでもこうして居たいとディアは不覚にも思ってしまった。

 どうして昨日今日会った男の人に……。

 しかし、どうにも腑に落ちない点がディアにはあった。ディアの体重は特別軽いというわけではないが、見たところ力哉は相当な傷を負っている。そんな怪我人が大の女性一人を抱えてこれほどまで早く走れるものだろうか。

 しかもディアの手を引いて走っていた時よりも断然早い。一体彼の身に何が起きたのだというのだろうか。ディアの頭の中はそればかりが過っていた。


「あれがそう?」


 力哉の顔で指示する方向にある建物を見たディアが「はい」と頷く。

 草原を超えて森に入り、そこからさらに抜けた場所に砦はあった。この高さならば寄宿舎の二階からてっぺんだけなら視えそうなものだが、と後方を振り返った力哉がことの数秒で納得せざるを得ない正体がそこにあった。

 寄宿舎の二階、砦が見える方角だけ窓枠が設置されていなかったのだ。それならばそこで生活をしている奴隷兵士からは不審に思われないことも合点が一致する。


「つくづく腑抜けた野郎がこの作戦を指揮ってるんだろうな…………」


 僅かな感情でさえ今の力哉には不思議な力を増幅させる発火装置になっている。さらに感覚も研ぎ澄まされより速度は上がる。まるで重力すら感じないほどの身体の軽さ、それでも確かに風の抵抗は免れないのでやや低姿勢でカバーする。


「口を閉じてっ!!」


 突然の叫びに言われるがまま表情を強張らせより一層捕まっていた腕に力を入れる。それと同時にディアの太ももを支えていた手に力が入り、次の瞬間より激しい風の抵抗に前が見えなくなり直後、真っ青な大空が広がった。


「……すごい」


 ここまでの高さから景色なんて見た事も無かったディアは素直にそう答える。しかし、


「は、はは……」


 そんな事を平気でやってのけた力哉自身が一番驚いている様だった。

 力哉の乾いた笑い声に込められた想いはそれだけではなかった。

 ……やっぱり、どれだけ見渡しても元の世界には繋がって無さそうだな。


「私、こんな気持ち初めてです!」


 空中にいる時間がとても輝いていて、いつまでも感じたいと思ってしまった。短い時間ながらも全身の感覚でまるで自由を手にした気分を味わえた。


「うまく着地できるかな……」


 その言葉を聞いたディアの顔が広大な空よりも真っ青に染まった。

 そんな様子に力哉は「ははは」とつい笑ってしまう。


「笑い事じゃないですよ! このままだと私たち、死んじゃいますっ」


 根拠はないが恐らく大丈夫なんじゃないかと、力哉は自信にあふれていた。

 そんなことで立ち止まったり、躊躇ったりしている暇はない。この状況を仕立て上げたヤツの顔を拝むまでは、このわだかまりは治まることはないだろう。


「大丈夫! 今の俺は多分頑丈だから」


 それだけ言って、落下していく力哉。涙目になりながらも必死に力哉にしがみ付くディアは、無事であることだけをただただ願い身を強張らせる。

 そして上空からわずかに見えた景色では、先刻から疑問に思っていた敵の後続部隊が肉眼でハッキリと確認することが出来た。陣形を崩すことなく砦へと向かって侵攻している様を見ていると、やはり映画のワンシーンを思い出してしまうようだった。

 そして味方軍と敵軍が激突しようかと互いの距離を焦らしているその間に、突如地面を割くような衝撃が走る。土煙が互いの位置を混乱させていくなか、力哉とディアは自分たちで招いた出来事に身を悶えさせていた。


「ちょっと、けほ。加減が分からな……ゴホッ」


 咽びながら力哉は服の中に入った埃を払うためにがっくりと背に項垂れているディアをそっと降ろす。

 土埃が晴れていくなか、何事かと争いを中断し両国の兵たちが力哉の姿を捉える。ある者は敵か味方を判断するのに迷いを見せ、ある者は死んだと思われていた雑兵が生きていたのかと驚きを露わにしたりと、力哉を注視していた者たちからは殺気のような張り詰めた視線をおくられる。


「ディアさん、ディアさん。…………まいったな」


 着地するときの恐怖心によってなのか、ディアは完全に意識を消失させていた。しがみ付いていた腕は完全にぶら下がり状態になっていて力哉は低く唸った。

 こんなところでまさか置いていくわけにもいかないしなぁ……。


「まだ聞きたいこともあったのにな……」


 それは自分が配属されている側の枢機、つまりは味方の中で一番の主導権を握っているやつだ。力哉はどうしてもソイツに逢わなければ気が納まらない。


「うおおおおぉ」


 力哉の背後から兵士が斬りかかってくる。格好は味方軍なのだが、ついさきほど力哉は軽装を脱ぎ捨てたせいでその区別がつかない者が現われてしまったのだ。力哉はその兵士の顔を、振り向きざまにおもいっきり殴り飛ばした。重い剣を振り下ろすより確実に素手でのこちらの方がスピードを上回る。よって上昇した能力に頼らなくても一人だけを相手取るなら造作もないことだった。


「丸腰で、しかも女の子が居るのに斬りかかってくるなんて……」


 つくづく自分をこき使う連中は下衆な輩なのだと、思い知らされる。こんな世界に来て、それでも自分を見失わないためには、自分の助けを必要とする誰かを護ることだと、力哉はそう決めていた。

 どいつもこいつも死ねばいい……。

 そう思い立ったことでふと我に返る。自分はいったい何を考えていた? 初めて殺した兵士が目に焼き付いて離れない。違う、そんなことはしてはいけない筈だったんだ。なのに何の躊躇もしなかった。生き残るために、他の命を奪った。


「駄目だ、こんなんじゃ駄目だ。これじゃ、あいつらと同じだ」


 今はもういない、寄宿舎の同じ世界から来た仲間、死への感情が鈍り誰かが死ぬのが当たり前の日々、現実ではありえなかった。ニュースなどでしか誰かの死を聞かされない、平凡な日々が本当に崩れ去ったのだと、迫りくる殺意に塞ぎ込みそうになる。気を張り過ぎて頭が可笑しくなりそうだ、狂気に溺れそうだ。


『森を救って』『あなたが願えば、全て圧倒できる』


 独りよがりでもいい。こんな戦争、こんな世界になんで俺が連れて来られなきゃならない。こんなのは夢で充分なんだ、なにもかもが理不尽すぎる。


『さあ、始まりなね』


 …………全てを消してくれ。




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