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第99話 手作りクッキー

「う……こ、ここは?」


幸か不幸か、芋助が起きた。いや幸と捉えておこう。おい芋助、この場を収めろ。何をしてもいいからなんとかしろ。恥部でも露出しろ!


「おぉハルか……ん、この包みは?」


「あ、わ、私のです……」


「木下さんの……あっ、もしかしてハルに渡すつもりだな!」


芋助がクワッと眉間にシワを寄せる。芋助が唸れば木下さんが俯きがちに小さく頷く。木下さんが頷けばお嬢様の怒りオーラが増した。おい!


「というかハル! 今から木下さんと体育館に行くんだろ!? 男女が二人で見ると仲良くなれるというイベントに参加するつもりだろぉ!」


「あ? やっぱり陽登と行くつもりだったのね……!」


「あ、あうぅ」


芋助の言葉をきっかけに、さらにお嬢様が激昂してさらに木下さんが怯え竦む。だからおい芋助! お前さっきから事態を悪化させているっぽいんだけど!? まさかお前相手に焦る日が来るとは思わなかったよ!


待て待て、このままでヤバイんだって。何か策は……えーと、こういう時俺はどうしてきた? 嫌なことがあった時は……そうだ、逃げよう。


「雨音お嬢様、後ろに旦那様と奥様がいますよ」


「え?」


「木下さん、今のうちに」


「う、うん」


「芋助死ねぇ!」


「ラリアット!?」


俺は木下さんの手を引いてその場から逃げる。困ったらエスケープ作戦だ。俺にとって逃げ道こそが王道、困難に立ち向かうなぞクソ食らえファッキュー。

走っていると後ろからお嬢様の俺を呼ぶ怒鳴り声が聞こえたがそれもすぐに周りの喧噪に消えていった。


「追ってこないな……ふぅ」


「あ、あの」


「ん? あぁ、手を握って悪かったな。後でアルコール消毒でもすれば?」


手を離して壁にもたれかかる。やっと一息つけた。咄嗟だったとはいえ手を握ってすまんの。木下さんからすれば俺みてーな最低男に触られること自体嫌だろう。嫌がっていいんだよ、それが俺の糧となる。やっぱ俺ってM気質?


「あっ……」


え、なんで寂しそうな顔しているの? 勘違いするからやめて。童貞なめんな。


「お嬢様には後で俺がなんとかしておくわ。ごめんな」


「わ、私は大丈夫だよ……」


嘘だ絶対大丈夫じゃないぞ。あなた気絶寸前だったじゃん。俺ですら失禁しそうなくらい怖かったんだ、気弱な木下さんが平気なわけがない。一緒に失禁しようぜ! 何この一緒に一狩り行こうぜみたいなノリ。

ともあれひとまず危機は脱した。これからどうするか……あ、体育館に行くんだったか。体育館のイベント……ん、イベント?


「さっき芋助が言っていた男女がどうのこうののイベントって何だろな?」


「っっ、うぅ……」


「よー分からんがとりあえず行こうぜ。調子乗っているバントマン気取りの奴ら嘲笑おう」


どーせ体育館は盛り上がっているんだろうな。見てる側もせっかくの文化祭だから楽しもうのテンションでしょうもない演奏でもノッてあげる。だから軽音部やバンドグループが調子乗るんだよ。優しさより厳しさだ、全員でブーイングして貶して現実を教えてあげる方が良いと思うぞ。ギターの前に心バッキバキに折ってやりたい。


「……火村君」


「何? アルコール消毒液なら保健室に行けばあるよ」


「そうじゃなくて……こ、これっ」


木下さんが差しだしてきたのはピンク色の包み。なぜかお嬢様の怒りを助長させた品だ。差しだしてきたってことは俺にくれるの? ならばありがたく頂いておこう。もらえる物はボンビー以外もらう。これニートの処世術ね。


「サンキュ。ちなみにこれは?」


「あ、あああの、わ、私が作ったクッキーで、でひゅ」


「でひゅ?」


「で、です!」


木下さんは真っ赤にした顔を両手で覆う。両手の間から漏れるのは蚊の泣き声にも似た弱々しく、苦悶に満ちた可愛らしい「うぅ~」の声。出たなこの天然あざと娘めっ。

俺は視線を包みに落とす。……木下さんの作ってくれたクッキー。木下さんの手作り。手作り、手作り!?


「お、おう。わざわざどうも」


なんてことだ、木下さんからクッキーをもらえるとは。もらえる物は大抵受け取ると言ったが、これはあまりに嬉し過ぎる。特急カードを百枚もらった並みの嬉しさだ。ボンビー振り切ってやるよ。

などと喜びに浸っているうちに俺の手は勝手に包みを解いて中のクッキーを頬張っていた。むしゃむしゃ。


「い、今すぐ食べるの?」


「みたいだな。自分でもビックリ。そしてビックリするぐらい美味い」


「ほ、本当?」


「なんで嘘言うんだよ。嘘はシドに任せておけ」


木下さんのクッキーは激ウマだった。調理部なだけあって味は抜群。加えて木下さんの手作りという相乗効果で総合価値は限界突破だ。七曜の武器も真っ青レベルの限界突破ですわ。


「ごちそーさん。これ食ったら他の店のなんかクソだわ」


「い、言い過ぎだよぉ」


「割とマジだぞ。エンゼルフレンチ王座陥落だ」


調理部の店が大人気なのが分かったよ。文化祭の売り上げ一位でも不思議じゃないね。

クッキーを食べたおかげで先程の精神ダメージが癒された感ある。今なら体育館のバンド演奏も温かい目で見ることが……いや無理。あいつらウザイ。オレ、セイシュン、キライ。


「良かったらまた作ってくれよ」


「あ……うんっ」


「じゃ、体育館に行くか」


木下さんと二人並んで体育館へと向かう。一緒に青春謳歌野郎共を貶してやろうぜ!

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