第94話 文化祭でも元ニートはいつも通りクズ
いつもと雰囲気が違う。正門を通る生徒達はやけにエネルギッシュ、立てかけられた看板には『文化祭』のカラフルな文字。今日はうちの高校の文化祭だ。
説明しよう。文化祭とは、教室や体育館を使用して模擬店やステージ演奏などを生徒が主体となって行うもの。学校生活におけるビッグイベントの一つであり、とっても盛り上がる楽しい学校行事だ。
みんなで放課後遅くまで残って看板作りや演奏曲の練習。クラス全体が一致団結して成功の為に頑張る。青春の甘酸っぱさが凝縮された、かけがえのない素敵な思い出となること間違いなし。
ただし、まともに生きている生徒ならば。
「クソうるせーな。浮かれ過ぎなんだよキモイ死ねカス共うんこ漏らせ」
そう、俺みてーな性根の腐った生徒だっている。そんな奴からすれば文化祭はウザくて仕方ない。なぜ青春を謳歌しなくちゃならんのだ。
やたらと張り切り、リーダー気取って周りに「みんなが団結しないと意味がないの!」とヒステリック起こして居残りを強要させる奴が現れ、少し嫌なことがあっただけで泣いて周りに私辛いのアピールをするクソ女が出てきたり、学園祭で何かすることが最高の幸福だと錯覚したアホ共が意味のない達成感に浸る。
なんと愚かでくだらない。テメーらは文化祭に打ち込んでいる自分が素敵だなと自己陶酔しているに過ぎない。ナルシストの延長なんだよ。
「はぁ、どこかで昼寝したい」
大体なんで六月に文化祭やるんだよ。二学期にやれよ。一学期にしたらボッチは居場所ないだろうが。え、ボッチは二学期もボッチだから一緒? 一理ある。
ボッチはともかく周りからは私達青春しちゃってます!なオーラが漂ってうんざりだ。俺は息苦しいまま学校の中へと入っていく。
様々な模擬店や展示物が並ぶ教室、着ぐるみが愉快に歩く廊下に唾を吐きつけながら通過していく。
くだらねー、どいつもこいつも笑っていやがる。賑やかですねー、はい良かったねー。
ちなみに俺のクラスでも何か模擬店をやっている。俺は準備から当日の手伝いまで一切関与していない。全部サボってやった。我ながら見事な手腕だったよ。
「そこの君、この教室一つを使った巨大迷路に挑戦してみないか!」
「黙れクソモブ。テメーらのダンボール工作見ても何一つおもんねーから」
客呼びしている男子生徒に悪態を吐きつけ、受付の女子生徒が机に広げるノートにうんこのイラストを描き殴る。
何が巨大迷路だ、全然巨大じゃねーよ。室内はダンボールばっかり、ホームレスかお前ら。
何やら睨まれてきたが無視して廊下を進む。うっぷ、青春臭くて気持ち悪くなってきた。食堂に逃げるか。
「陽登」
「ん、これはこれは雨音お嬢様。今日も快適なボッチライフをお送りで?」
「ぶっ飛ばすわよ」
おぉ嘆かわしや、天水家の令嬢が乱暴な言葉遣いをしてはいけませんよ。
こんなところでお嬢様と会うってことは、こいつもクラスの出し物を抜け出してきたんだろうな。俺ら二人揃ってクズですね。
「アンタ今からどこ行くの」
横で愉快な着ぐるみがビラを渡そうとしてくるのを無視してお嬢様は喋る。
「俺は食堂か裏庭で寝ます。お嬢様も来ますか?」
「ついて来なさい」
で、出た~、会話が成立していないやつ~。文化祭でもお嬢様の一方的な会話もとい命令は健在ですね。
なぁ着ぐるみ君お前もそう思うよな。着ぐるみ、おい聞いているのかなんか喋れやお前。
「無視するなよ着ぐるみ君、俺なぜかカイロ持っているからお前にやるよ」
後ろのファスナーを開けて貼るタイプのカイロを入れておく。
先程までリズミカルにステップ踏んでいた着ぐるみから「え、嘘、待っ」と聞こえたが気のせいだろうそうに違いない。
「行くわよ」
「へーへー」
ステップとはかけ離れた必死な動きで暴れる着ぐるみと別れてお嬢様の後を追う。
抵抗してもお嬢様は聞かないので大人しく従うべきだ。俺も慣れたものだよ。
「で、どこに行くつもりっすか。あっ、もしかして帰るとか? それ良いですね。それある~!」
「そうね、あそこ入ってみましょ」
それない~。せめて会話しましょうよ。
お嬢様が指差す方向には巨大迷路の教室。あ、受付にいる男女二人が睨んできている。
「……何しに来た」
「そう怒んなよボーイ。さっきのうんこはあれだ、えっと、あー、予約を入れたんだ。大人一人みたいなノリ」
「上等だ。予約されていたうんこ二名だな」
「そうだようんこ二人分な。紙は持っていくから安心しろ。後始末は頼んだ」
「おい待て中で何をするつもりだ、待て、誰かそいつ止めてぇ!」
騒がしい呼び込みの男子生徒は安定のスルー。お嬢様先導の下、教室の中へ入る。
廊下から見えていたが、やっぱ迷路の壁はダンボールで作られている。なんともチープな作りですなー。
「陽登、ここは何?」
「迷路ですよ。俺は後ろをついていくんでお嬢様頑張ってゴール目指してください」
「ふふんっ、私にかかればこんなの瞬殺よ」
なぜか自信ありげに胸を張るお嬢様は威風堂々と迷路を進んでいく。
右に行って行き止まりで、左に曲がって行き止まり。進行方向を変えていくうちに廊下が見えた。そう、入口。
「何よこれゴールどこにもないじゃない!」
お嬢様がキレた。自信満々にスタートして迷ってキレるとかあなたはアホですね。つーか方向音痴だな。
「ムカつくわ……ねぇ陽登、壁をぶち壊しなさい」
「テロリストかお前は。はぁ、こっちじゃないんすか?」
まっすぐ進んで先程とは反対の道に曲がる。
遊園地にある本当の巨大迷路じゃあるまいし、教室一つ分じゃ迷路は複雑に作れない。前の扉がスタートでゴールは後ろの扉、高校生が小さい頭使って遠回りのルートを作ることを考えりゃ、
「はいゴール」
所詮この程度のクオリティさ。お嬢様が迷わなければ三十秒でクリア出来たよ。
どうですか満足しましたかお嬢様、あれ、どこ行った?
「何よまたスタートじゃない!」
前の扉から顔を出して不機嫌に叫ぶお嬢様がいた。地団駄を踏んで歯を食いしばっている。……ちゃんとついて来いよ。ホント自分勝手な奴だ。
苛立つ雨音お嬢様を見て、客引きの男子生徒は満足げに薄ら笑っている。
「くくっ、この迷路は僕らC組の集大成だ。そうやすやすと突破は……」
「くくっ、C組は我ら一年連合で最弱。みたいな言い方だな」
「なっ、お、お前後ろから……ということは突破したの!?」
「安心しろ不正はしてねーよ。脱糞はしたかもしれないけど」
茶色に汚れたティッシュペーパーを受付の机に置いたら女子生徒が悲鳴を上げた。リアクション良いね、お笑い芸人になれるよっ。
「ほら行きますよお嬢様」
「は、陽登いつの間に……陽登のくせに」
「拗ねるのやめーや。チョコレートあげるから機嫌直してください」
「わーい」
チョコレートを頬張るお嬢様を連れて、俺は騒々しい巨大迷路を後にした。




