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第93話 調理部

完膚なきまでに無駄な時間を過ごした軽音部見学の翌日。今日も部活見学する予定だ。

勉強道具は全て机の中に押し込んで席を立つ。お嬢様の席へと向かう途中、レッポテのギター担当の頭部を全力で叩いておく。


「痛い!?」


「眼球えぐれろ」


「酷い!?」


何が軽音部だ。何がレッド・ホット・ポテト・サラダーズだ。アニ研の間違いだろ。テメーはアニメ観てブヒブヒ言ってろ。

チェックポイントの如く芋助を叩いて着いた先には雨音お嬢様。鞄に筆記用具や教科書を入れている。耳にかかった髪をかき上げる仕草は気品良くて見惚れちゃいます、と。


「支度は終わりましたか。では行きましょう」


「帰るわ」


「え?」


悠然と席を立ち、俺の横を通り抜けていく。まだ賑やかで人が多い中を避けて出口へと向かうライン取りと速度には舌を巻くが今は感心している場合ではない。慌てて後を追ってお嬢様の隣に並ぶ。


「言いましたよね。今日も部活見学するって」


「嫌よ。どうせ昨日みたいに意味なく時間を浪費するだけでしょ」


俺に一瞥もくれず淡々と返答して歩く速度が増す。この人帰る気満々だ。


「お待ちください。今日行くと話を通してあります。相手に失礼ですから行きましょう」


「嫌。黒山は呼んだから帰る」


携帯電話を取り出して俺に見せてきた。ボッチ時代は自分の部屋に保管していた奴が今では携帯を携帯していやがる。大した進歩だよ。だが今は困る。

あとお前、絶対運転手さんに電話しまくっただろ。あの人はメイドさんのプレッシャーで相当参っているのに……。


「で、ですからお待ちを。少し顔を見せるだけでも良いので」


「アンタが一人で行けばいいでしょ。じゃあね」


これ以上は無駄だと言わんばかりにお嬢様は語気を荒くした。俺の足は止まり、お嬢様は歩み続ける。階段を下りていき見えなくなった。


……あ、あの野郎。一人で帰りやがった。あぁそうだよな昨日の今日だ。またくだらない催し物を見せられるくらいなら部屋に引きこもった方が有意義と考えるのは当然の理だ。

だがなぁ、メイドさんの有無を言わせない命令で俺は色々と準備してきたんだよ。アポイントメントを押さえてよりコミュケーションの取れるグローバルなサークル活動を求めてリフレインしたんだ。後半何言ってるか自分でも分からん。


「クソが。俺だって帰りたいわ」


機嫌損ねないよう丁寧に敬語で話しかけたのに意味なかった。俺の気遣いを返せカス女。

……ちっ、ここで悪態を吐いたところで何も起きない。はぁー。約束したし、ドタキャンするのは気が引ける。俺だけでも顔を出しておくか。かったるい気持ちと空っぽの鞄を抱えて騒がしい廊下を歩く。






向かった先は部室棟ではなく、同じ校舎の二階。三年生のクラスが並ぶ賑やかな廊下とは反対方向へ進む。西日が差し込む静穏な廊下を歩き、とある教室の前で止まる。重たい頭を上げれば頭上には『調理室』のプレート。

えー、それでは、本日お邪魔する部活ですが、皆さんご存知の調理部でございます。ナレーションっぽく言ったが特に意味はない。


調理部。料理やお菓子を作って女子力を鍛える実用性のある部活だ。基本的に女子生徒のみで構成されており、創作した料理をSNSに投稿する活動が主流となっている。近年では男子生徒の入部も増えているがあまりにも少数。男子が入部すればほぼ間違いなくハーレムの形を作れる。

だが漫画のようにはいかない。調理部ってのは女子の巣窟であり言わば女が全てのルール、理不尽な程に女尊男卑で作り上げられた世界だ。そこでは男子に人権はないと言って過言ではない。もれなく力仕事や集合写真での撮影者としてこき使われるだろう。


「俺、大丈夫かなぁ」


お嬢様がいない今、俺は単独で女の園に突入を余儀なくされた。胃がキリキリして当然、鼓動が乱れて超当然。

深呼吸の為に息を大きく吸い込み、吐き出すのは特大のため息。意を決して扉をノックして、ゆっくりと開ける。


調理実習はまだ受けていないので調理室に入るのは初めてだった。中学校の家庭科室と差異はなく、シンクやガスコンロが設置されたいかにもって感じの内装。

そこに、エプロン姿の女子生徒が何人かいる。どうやら部活動の真っ最中のようで。


「えーっと、その」


見事に女子生徒しかいない。これはかなり気まずい。友達の友達と二人きりになった時ぐらい気まずい。話すきっかけと話題が分からないよね。

思わず言葉に詰まる。このままではマズイ。混乱して上半身裸になってしまう恐れがある。確かいるはずなんだけど……おっ、いたいた。


「ぁ……き、来てくれたんだね」


一人の女子生徒こちらへとやって来た。とてとて、とキュートな足音を立ててほんわか可愛い笑みを浮かべている。


「よっす、木下さん」


「い、いらっしゃい火村君」


クラスメイトの木下さんだ。肩にかかるセミロングの黒髪、綺麗に整って左右へと流した前髪が絶妙過ぎる。前髪フェチになりそう。伏せ目がちだけど上目遣いで俺と目を合わせてくれる辺り、随分と俺も仲良くなったなぁと思う。そのきゃわわな顔を舌で舐め尽してやりたい。


「あの、て、天水さんは?」


「わりーな、あいつ帰ったわ」


そ、そっか、と返事をして木下さんは後ろを振り返る。横へ自然と流れる髪の毛のサラサラ加減は見ていて分かる。ゆるふわヘアー最高やで~。


「あ、あの。さっき言った、わ、私の友達が見学に来ました。よろしくお願いしますっ」


どうやら俺を紹介してくれているみたい。なら俺もそれ相応の態度を取るべきか。

部員が固まっている場所へのそのそ歩いていき、背をピンと伸ばす。


「どうも火村と言います。好きな食べ物はカップ麺とコンビニのおにぎりでーす」


調理部に喧嘩を売る自己紹介をかましてしまった。……あー、いや違うんですよ。普段から捻くれているけど今それを発動させるつもりはなかったんですマジで。ただ言わないでおこうと気をつけたら逆に意識して出ちゃった、みたいな感じ的な?


「……ヒソヒソ」


「ヒソヒソ」


うおぉい早速警戒されてるぜーぃ。女子達のヒソヒソ声がそのままヒソヒソの言葉になって聞こえてきたよ。ヒソヒソって聞こえるぅ~。

俺に向けられる視線の数々、全員女子の目。ここは女子校かよ。ヤバイ、居づらい。恋恋高校や北雪高校にいる気分。分からない奴はパワプロやってこい。


「あ、その、今のはジョークというかその」


「もしかして、あの火村君?」


部員の一人が話しかけてきた。あの火村君って何? なんだそれは。

俺って有名人だったのか。天水家に仕える使用人ってことぐらいしかブランド力を持ち合わせていないはずだけど。

ともかく女子生徒がジリジリと迫ってくるので逃れるように首を縦に振っておく。ポアダポアダポアとヘドバンする勢いで首を振る!


「じゃあ……」


そこで区切り、静まり返る。

まさか悪名で噂が流れているのでは、と不安がよぎった直後、


「きゃーっ!」


とてもとても大きな叫び声。だけど悲鳴ではなく、妙に上ずって興奮した声だった。

途端、それが合図だったのか如く他の女子達も俺へと群がってきた。


「え、ゆずちゃんの彼氏?」


「きゃーっ、ゆずが彼氏連れてきたー!」


「連れてキター!」


場は一気に爆発。全員、好奇心と興奮で濃く染まった眼差しをしている。突然の弾け具合とテンションの高低差に俺は戸惑うばかり。

な、何。急にどうしたこいつら。もれなく全員が目をキラキラさせている。そして彼氏ってなんだ?


「お、落ち着いてよ違うから」


「何言ってるのよゆず。いつも火村君のことばかり話しているくせに~」


「そうだそうだ。最近明るくなったのも彼の影響なんでしょ~!」


「か、か、かか、彼氏じゃないから……うぅ」


部員の半分は俺へ、残りは木下さんを囲んで宴の如く盛り上がる。女子が集まって騒ぐとキャピキャピ度が跳ね上がることを今知った。身をもって体感した。


「部活見学とか言って私達に紹介するつもりだったんでしょうが。このこの~っ」


「そ、そんはつもりじゃ……あ、あぅぅ」


顔を赤くして懸命に否定していた木下さんの声は徐々に小さくなって最後は俯いてしまった。俯いてしまうのは相変わらずか。

そんな木下さんのことはお構いなしに、調理部の面々は興奮したまま四方八方から質問攻撃。お、おぉ女子特有の盛り上がり方だ。キャピキャピ、キャピキャピ、そしてキャピキャピ。もうキャピキャピの文字が背景に浮かび上がる勢いだよ。


「ねぇ! 火村君はゆずちゃんのどこが好きなの?」


「あ?」


トントンと肩を叩かれて振り向けば女の子。目をギラギラと輝かせて鼻息荒く問い詰めてきた。何こいつ性欲爆発してんの?


「や、やめてよっ」


そこへ慌ててやって来たのは木下さん。先程から赤い顔がさらに濃い色になる。マジでトマトみたいな色してるぞ。お前はお前でさっきからどうした。陽登きゅんには分かりません。


「ねぇ教えてよ~」


必死にポカポカと小パンチで可愛く殴る木下さんを無視して女子生徒は再度俺に詰め寄ってくる。女子ってグイグイ来るタイプの奴がいるらしいがまさにこれか。

木下さんの好きなところねぇ……んー、顔か? いや待て、これを言って良い印象を与える回答にはならない。それくらいの予測ぐらい出来る。木下さんも顔を赤くする程に困って嫌がっているみたいだし、ここは無難に答えておくか。


「俺みたいな奴にでも優しく話しかけて気を遣ってくれるところが好きだな。たまに見せる笑顔も素敵だと思う」


口の悪いことで定評のある俺にしては随分と達者なことを言ったな。歯が浮くような台詞、自分で言ってて恥ずかしくなってきた。

俺が言い終えると場の空気はシーンと静まって、また一気にキャーキャーと爆発した。女子が超楽しそうに叫んでいる。もはや発狂レベル。嵐ファンかっ!


「火村君ってば大胆~」


「ふぅ~!」


「カッコイイねっ」


困惑する俺を置き去りに調理部の面々は盛り上がっていく一方。ここはライブ会場の最前列かっ、とツッコミたくなる程にうるさい。

騒々しい女共の声に耳を覆いたくなる、って木下さん?


「はうううぅぅ……!?」


木下さんは両手で頬を押さえ、目をグルグルとさせていた。顔は真っ赤のまま、遂にはおでこから煙が出てきている。沸騰寸前のやかんみたいだ。


「ちょ、だ、大丈夫なん?」


「はうううぅぅ……!」


あ、駄目だ。完全にショートしてる。卒倒しかける木下さんを周りの女子が支え、それでも場の雰囲気はピンク色のまま。

これが調理部か……やっぱ女子が強い世界だった。木下さんが保健室へ行った後も、俺はその他大勢の女子から質問を受けまくるのであった。


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