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第9話 一日目・裁判

車は発進する。僕らを乗せて。

下校も車とはなんて贅沢だろう。これは楽チンだ。


「いつも車で登下校なの?」


「そうよ」


「漫画やアニメみてーだな。さすがお金持ち」


「周りから見られて嫌だから車の送迎は遠慮してる、なんてのが漫画でよくあるけど私からしたら意味不明だわ。楽して通学出来るのだから大人しく送ってもらえばいいのに」


雨音お嬢様がぶつくさ文句を垂れている。

全く、俺も変なお嬢様の使用人になってしまったものだね。


「……それより火村。アンタ随分と余裕あるのね」


車が信号待ちしている時、お嬢様が話しかけてきた。

横の歩道ではガキ共が楽しげに歩いている。元気だなー。


「ちょっと! 聞いてるの?」


「あー聞いてる聞いてる。子供ってアホみたいに遊ぶよな。下校の時ぐらい大人しく帰れよ」


テキトーに返したらお嬢様が殴ってきた。肩パンだ。発音良く言えば肩っパァーン!だ。

地味に痛いなクソが。暴力的な女なんてリアル世界じゃ需要ねーよ馬鹿が。


「少しボケただけで殴んなヒステリックお嬢様」


「……アンタ今から自分がどうなるか分かってるの?」


あぁ? 何を言って……ぁ。


思い出した。理解した。

俺が今朝、お嬢様にやらかしてしまったことを。そしてその判決を、学校から帰ってきたらすることも。

……そうだった。ヤベェ。


「え、俺、クビ?」


「そうなるかは火村次第よ。今のうちに私へ媚び売って少しでも態度を改めたら良いのに、無視したり反抗的な態度してるようじゃあ」


「お嬢様、肩をお揉みしましょうか?」


「態度一変したわね」


いやさすがに初日でクビは洒落にならん。即リストラはちょっと恥ずかしい。

や、ヤバイ。もうお屋敷に到着してしまう。


「あ、雨音お嬢様、肩をお揉みします」


「結構よ。もっと他のことで機嫌を取りなさいよ」


「でしたら胸をお揉みしますね」


「それ一番やっちゃ駄目でしょ!?」






結局お嬢様をお揉みすることは出来ず、かと言って他に俺が奉仕出来ることも思い浮かばず、お屋敷に着いた。

せめてドアを開けたり鞄を持って気を遣ったがお嬢様はツンとして不機嫌そうに部屋の中に入っていった。


「うーん、使用人って難しい」


さてこれからどうなることか。

メイドに怒られる、屋敷の主人に怒られる、このどちらか。

メイドさんは別にいいけど旦那様は分からない。俺会ったことないもん。

でも性格ブスなお嬢様の父親なんでしょ? きっと無愛想で厳つい髭のおっさんなんだろうなぁ。


やだなぁ、会いたくな……ん?


ドドドド、と謎の音が聞こえる。誰が走る音?

その音は俺の後ろから聞こえ、次第に激しく大きくなって、

振り返ってみると、


「この馬鹿息子がぁ!」


「げぼぉ!?」


顎を捉える固い膝。

凄まじいスピードで叩き込まれた膝蹴りをモロに受け、俺の体は後方数メートルへ吹き飛ぶ。

は、歯が……っ、っ、いてぇ、死ぬ……!?


「何してんのよ馬鹿息子!」


「そ、そっちこそ何しやがる。息子にジャンピングニーバット決める母親がいるか」


ジャンピングニーバットを打ち込んできたのは母さんだった。

歯を剥き出し、怒り狂った両瞳の燃える様は鬼の如く。眉間にシワが寄り過ぎるあまりまるで山姥みてーだ。

え、これ俺の母親? モンスターじゃねぇか。


「陽登、アンタが朝にやらかしたことは聞いたわ」


やべーもうバレている。だからこんなに怒っているのか。


あ、あとマジで顎が痛いんですけど。折れてない? つか砕けてない? 視界がぐにゃぐにゃ曲がりくねっているのは気のせい?


「捻くれた性格を治す為に使用人として働かせたのに。その記念すべき一日目よ。なんで雨音さんを襲うとしたの!? 馬鹿なの!?」


盛大にブチギレたモンスターは追撃の拳を叩きつけてくる。何度も、何度も。レフェリーがいたら即刻止めに入るレベルだ。

や、やめ、ホントに死んじゃう……。






広い食堂、綺麗に拭かれた大テーブルの上にはカレーとハンバーグが並べられている。おお、今日はカレーライスとハンバーグか。なかなかに豪華だな。

他にもフルーツヨーグルトが入ったガラスの容器、緑鮮やかなサラダの盛り合わせ、お洒落な調味料入れも置かれてテーブルは賑やかだ。さすが金持ちの食事~。


「では今から使用人火村陽登の処遇を決めます」


……晩飯に喜んでいられる場合じゃないか。

現在テーブルには俺、母さん、雨音お嬢様、メイドさん、シェフが座っている。

俺以外の四人は黙って俺を見つめている。とても気まずい。

あとなぜシェフも座っているんだ? 関係なくね?


「彼は今朝、お嬢様に対して最低の行為に及ぼうとしましたー」


「火村死ね」


メイドさんの報告に合わせてお嬢様が辛辣に悪言を放つ。

反論してやりたいが今そんなことをすれば母さんのニーバットが再び俺の顎を砕くだろう。黙って判決を待つ。


「また学校でも発言の悪さ、仕事の放棄、無視、嫌がらせ等を受けたと雨音お嬢様は言っています」


「雨音さん、それは本当?」


「本当よ」


「陽登死ね」


今度は母さんから死ねコールだ。簡単に死ねとか言うな、今のガキは平然と自殺するぞ。言う側も発言に気をつけるべきだ。まぁ俺が完全に悪いので仕方ないけどさ。

お嬢様の鞄を持ったまま単独行動、話しかけられても無視して逃走、芋助に会わせて赤ちゃん言葉責め。今日だけでこんなにやってしまっている。

加えて今朝の事件。うん、これはクビ不可避ですね。


「以上から彼を使用人して雇うのはよろしくないと思われます。が、私としてはもう少し様子を見たいですー」


え? メイドさんの思わぬ発言に俺は目を丸くする。

母さんも同意見なのか、すぐに口を開く。


「私の息子がしたことは卑劣で許されるものではありません。今すぐ少年院にぶち込んだ方がいいのでは?」


母さん? 俺は少年院にぶち込まれるの? 自分の息子だよね? ねえ?


「まだ分かりませんが、陽登君が来てから雨音お嬢様の様子が変わられたように見えます。以前までの執事とは明らかに態度が違う」


「こんな馬鹿は初めてだもん」


んだと馬鹿はお互い様だ。

言いたいけど言ったら母さんキレる。黙って唇噛み締めることしか出来ない。クソがぁ。


「雨音お嬢様が心を開いてくれる可能性があると私は思うのです。陽登君にはまだ使用人をやってもらいたいですー」


メイドさーん、あなたすげー俺のこと推してくれますね。

俺なりにニコニコと笑いかけてみる。けど全然こっち見てくれないメイドさん。

代わりに奥のお嬢様と目が合う。嫌そうにしながらも俺にガンつけてきやがった。あぁん? やんのか?


「このようにお嬢様が目を合わせてコミュニケーションを取っています。出会って間もない陽登君に対して」


「確かに今までの執事や使用人とは違いますね」


「シェフはどう思います?」


「私としては早く料理食べてほしいです……」


ここへ来てシェフが喋った!

そして尤もなことを言った。ここまでの発言の中で一番俺に響いたよ。早く食べたい。お腹減ったんだわ。


「今朝の雨音さんへの猥褻行為については?」


「不問として旦那様には言わないでおきます。お嬢様もそれで良いですか?」


「パパに言うとマジで火村死ぬから言わないでいいわよ」


「それもそうですね」


あはは、と女三人は笑って食事を始めた。

シェフのおっさんは三人に配膳をし終えると満足した様子で食堂から出て行った。

楽しげに食べる母さん、メイドさん、お嬢様。


……俺の分は? ってその前に、主人にバレたら俺死ぬの?


「あ、あの~」


「黙れ馬鹿息子。アンタの分の飯はないわ」


いやそこじゃない。俺がマジで死ぬってところ詳しく教えて。

ねぇ母さん!? このお屋敷の主人ってそんなに怖いの?


「陽登君」


「め、メイドさ」


「後で玄米と味噌と少しの野菜を持っていきますので今日はそれで済ませてくださいー」


いやだから晩飯のことじゃなくて。

つーか何そのラインアップ。おいお嬢様、お前が言っただろ。ジジイの朝食を夜に食うなんて意味不明だ!


「ふん、感謝しなさいよ。私の寛大な優しさでクビにしないであげたんだから」


ハンバーグをナイフで切りながら偉そうに雨音お嬢様が言う。

こ、の……こっちが下に出たら調子乗りやがって。


「ふざけんなこのク」


「陽登」


母さんに発言を制された。


「雨音さんに感謝の言葉を言いなさい」


「はぁ? なんで」


「言え」


ナイフをこっちに向けないでください……。


「……雨音お嬢様、こんな僕のことを見捨てないでくださってありがとうございます。この恩は忘れません」


頭を下げて丁寧に言葉を吐く。

ぐぅ……こんなの俺らしくない!


「ふふっ、火村がそんなに言うなら仕方ないなぁー。使用人として私の傍にいられることに泣いて感謝しなさい」


とてつもなく嬉しそうに笑ってお嬢様は食事を続ける。なんつー生意気な態度。

ぐ、ぐ、ぐうぅぅ。俺のプライドがぁ。


「あとは私達が食べ終わるまでそこに黙って座っていなさい」


「は? なんで?」


「陽登君に食器を片付けてもらいます。罰ですー」


「頑張りなさい火村。それが終わったら玄米持っていってあげるわ」


母さんの言葉に続いてメイドさん、お嬢様と攻撃が畳かかる。

……空腹の中、美味しそうに食べる女性三人を見ていろと。何この飯テロ拷問、嘘だろ。


「……しんどい」


溜め息を吐いて俺は従う他なかった。

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