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第87話 天水家の主

お屋敷の庭でお掃除。噴水をゴシゴシと拭いて綺麗にしちゃうぞ~。


「噴水って何の意味があるんだろうね」


「無駄口叩かないで手を動かしたまえ」


苛立ちのこもった声を出すのは滝上家の御曹司君だ。今日の髪はそんなにテカっていない。昨日の忠告が効いたのかな。


「ずっと監視しているけどお坊っちゃまは暇なんですかい?」


「見ていないと君がサボるからだろ!」


「噴水の噴射口を擦るとなぜかムラムラしてくる」


「だから無駄口叩くな!」


ヒステリックな雄叫び上げないでくださいよ~。周りから変な目で見られるだろ。あ、最初からでした。えへへっ。


昨日の無礼を詫びる為、俺は滝上家へとやって来た。贖罪という名の掃除をしているがセレブブタを始めとする多くの使用人から睨まれています。

やっぱ昨日はやり過ぎたか。後悔はしていないけど反省もしていないよっ。


「ちっ、君がいなければ僕は雨音さんと……」


「何言ってんの。最初から嫌われていただろ」


「なんだと!」


「言い間違えました。今日もお鼻がブタみたいで素敵ですね」


「言い間違えの範疇を超えているだろ! あと結局は悪口じゃないか!」


セレブブタの見事なツッコミが入る。お金持ちはツッコミが上手いのか~。どうでもいい。

ま、こいつの心境を考えれば俺はクソムカつく奴なんだろうね。俺がいなければ自分の好きな女の子と婚約出来たかもしれないのだ。目の敵にして当然か。


「許せない。僕は君を許さないよ……!」


「フラグ建てるのやめーや。それとギャラリーを追い払えよ」


あらゆる方向から敵意が向けられて居心地悪いんだよ。ちゃんと仕事はするからさ。


「君、清掃だけで償いが済むと思っているのかい。このまま帰すわけがないよね」


ねっとりと意味ありげな呟き。振り向けばセレブブタがニタァと笑っていた。

はあ、嫌な予感はしていたけどさ。


「報復するつもりかよ。子供じゃあるまいし」


「先にやったのは君だろ? 不法侵入などの罪を許してあげたのだから、これくらいはやり返さないとね」


何か合図があったのか知らんが噴水を囲む形で数多の男共がやって来た。全員、俺を見ている。

皆さん屈強で腕に自信ありげな体格ですねー。僕ちびりそう。


「さ、清掃を続けたまえ。少しでも手を休めたら……どうなるかな?」


口を歪ませて酷く意地悪い顔になるセレブブタ。

今から俺がどうなるのか想像しただけで楽しいのだろう。やれやれ、集団リンチとは趣味が悪い。


「ふふ、怖くなったかな?」


「んなわけあるかカス。やるならさっさとやれよクソ無能共」


噴水から降りてワックスベタ塗り野郎を睨む。

何を勝ち誇った顔してる、俺がこんなのでビビると思ってんの?


「……いいだろう。少し痛めつけてやろう」


セレブブタが手を掲げればジリジリと迫ってくる屈強ボディな男達。

この展開は予想していたが、いざとなると諦めもつく。こいつの言い分は尤もだ。散々やられて全部許せるわけない。少なくても、舐めた態度の気に食わない俺は見逃さないよな。


「顔はやめてな。目立たない方がお互いの為だろ」


「さぁ、どうしようかな。……やれ」


この前ギャルに受けた傷が治ったばかりなのに。はあ~、前回より重傷になりそうだ。骨の一本や二本は覚悟しておくか……。

目を閉じ、もうじき襲いかかるであろう痛みに身を構える。




「失礼、うちの使用人に何をするつもりかな?」


その低くて地面を這い轟く声に、俺は聞き覚えがあった。

パッと目を開けば、全員が一つの方向を見つめていた。そこに立つのは、天水家の主。


「あ、旦那様」


「やぁ陽登君。大丈夫?」


雨音お嬢様の父親であり超一流の貴族オーラと威厳を放つ強面のおっさんだ。

旦那様に道を作るように、それが当然のように滝上家の使用人達は退いた。


「君が滝上の息子か。大きくなったね」


セレブブタの前に立つと旦那さんはニコッと笑う。鬼気迫る微笑みは、対峙する相手を圧倒的な苛立ちで飲み込む。

そう、イライラだ。旦那様が苛立っているのが分かる。たったそれだけの感情を、強力でおぞましきオーラに変えて放つ姿は一瞬にしてこの場を蹂躙した。


「ぁ、あ……っ」


正面からモロに対峙したセレブブタは途切れ途切れに声を漏らす。足はガクガク震え、顔は真っ白になっている。


「今回の大変な無礼、誠に申し訳ない。だがこのような仕返しを受け入れるわけにはいかないね。君のお父さんと話がしたい。案内してもらえるかな」


気づけば周りの男達はもれなく全員震えていた。かく言う俺も鳥肌が立っている。

登場して僅か十数秒でこの場を支配する圧倒的な苛立ち。この人はイライラだけで全てを飲み込んでしまったのだ。これが、天水家の主人にして世界を駆ける超セレブの覇気か……!


「ご、ご案な、い、しま、す……」


先程までの勢いは彼方へ、御曹司は消え入る声で屋敷の方へと這いずっていく。

チラッと見たが、恐怖で何十歳も老けた顔になっていた。や、ヤベェよ……。


「それにしても人が多いね。他に仕事があるのでは?」


旦那様はポロっと零すように呟いた。たったそれだけで数多の使用人は瞬く間に霧散して庭には俺と旦那様の二人きりになった。


「さて、陽登君。今回もありがとう」


ここで初めて旦那様は優しい笑みを浮かべた。たまらずその場に座り込む。

……この人ガチでヤバイ人だろ。リンチ覚悟した時よりも遥かに恐怖だったわ。


「大丈夫かい?」


「まぁなんとか。……えーと、どうしてここに?」


「昨日の出来事は聞いたよ。陽登君、良くやってくれたっ」


は、はぁ。それはどうも……褒められているのに笑えねぇ。


「今回のことで滝上と話そうと思ってね。正式に縁談を断らなくちゃ」


「そ、その、俺のせいで縁談ぶち壊してすみません。それ以外にも天水家に仕える者として相応しくな」


最後まで言えなかった。大きな手が言葉を遮り、俺の頭の上に乗る。ポンポン、と撫でられた。


「確かに君のせいでかなり評判が悪いね。でもそんなのどうでもいい。君は雨音の為に働いてくれた。雨音が嫌がっていることに気づいて、なりふり構わず救ってくれた。本当にありがとう」


「う、うす」


「今回の件は私の方でなんとかしておく。なぁに、滝上にはビシッと言ってやる。さ、陽登君は帰りなさい」




ふと気づいた時には俺は天水家の屋敷に帰り着いていた。

さっきまで旦那様と話していたはず、って何を話したんだっけ? ヤベェ、凄まじいオーラを前に気が飛びかけていたのか俺。


「……うちの母さんはとんでもねー人の秘書をやっているんだなぁ」


そして俺も、すごい人の屋敷に住み込みで働いているのだと認識させられた。

生まれて初めてだ、他人に対して畏怖の念を持つのは。

けどあんなすごい人でも娘の前ではデレデレしちゃうのだと思うと、変な笑いが込み上げてきた。何にせよ、無事に帰って来られて良かった……。


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