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第80話 一歩下がったところで

SP黒服グラサン男と肩を並べて馬車に乗るという黒歴史筆頭の羞恥プレイを終えた俺のテンションは最悪にまで落ちていた。

やだ、もうお家、帰る。帰ってダッシュ島観たい。鉄腕城島がすごく面白い。


「次はあれに乗ろうか!」


俺とは対照的に御曹司君は快活。アトラクションを見つけてお嬢様の手を引こうとしている。元気かお前。遊園地エンジョイ勢か。

そしてお嬢様はすぐに手を弾き飛ばす。お前らそれ何回すんの?


「あー、おばけ屋敷か」


遊園地の目玉アトラクションと言えばおばけ屋敷だろう。

おどろおどろしい外観、真っ暗な入口の奥からは悲鳴が聞こえてくる。


「さあ雨音さん一緒に入ろう!」


「陽登あれ何?」


「おい無視してやるなよ。あれはおばけ屋敷だ。ホラー系ってやつ」


つーかこの三角関係は何よ。お嬢様に拒否されまくりのセレブブタ君がなんだか可哀想になってきたぞ。

ホラー系と聞き、実物を見上げた雨音お嬢様の顔は……とても嫌そうだった。


「私行かない」


まぁ好き嫌いが激しく分かれるアトラクションだよな。

心臓弱い人だっているし、嫌がる人に無理強いはさせちゃいけないからねみんな! 俺は誰に言っているのかな?


「どうしたの雨音さん。こんなの子供騙しさ。もしかして怖いのかい?」


「あ?」


ちょいちょい、お嬢様がそんな声出したら駄目ですって。

あ?ってヤンキーですやん。普段から言っている俺のせいかもねー。悪影響与えるクズの鑑、火村陽登です。


「ふふっ、でもご安心あれ。あなたのことは僕が守ってみせる」


「陽登行くわよ」


「またスルーかよ」


ともあれ四人全員でおばけ屋敷へと入場する。滝上君から煽られてお嬢様も一緒だ。煽り耐性低すぎ。

ちなみにフォーメーションは前から俺のワントップ、真ん中にお嬢様と御曹司、バックを執事さんが固める。

御曹司野郎がお嬢様と並んで歩きたいのは分かるよ。だがなぜ俺が一番前? 俺は特攻ですかそうですか。


「さあ早く歩きたまえ」


偉そうに命令してきやがる。ムカつくわ~、こいつが金持ちじゃなかったら後ろ蹴りを食らわしているところだ。羊肉ショット撃ち込みたい。

へーへー、歩きますよ。ったく、偉そうにしやがって。

建物の中は真っ暗、天井で微かに光るランプが不気味でたまに聞こえてくる女性の狂った笑い声が恐怖を醸し出す。


「な、何よここぉ」


どうやらお嬢様は初おばけ屋敷らしく俺の後ろから弱々しい震えた声が聞こえる。

怖いのは仕方ないけど、なぜ俺の背中を掴む。シワになるだろうがやめなさい。そのシワを誰がアイロンで伸ばすと思ってやがる。答えはメイドさん。俺じゃないのかよ。てへっ。


「ち、ちょっと君っ!」


「あ? なんでしょうかー?」


「も、もう少しゆっくり歩きたまえ」


振り返ればお嬢様に並んでセレブブタの真っ青な顔がばんやりと見えた。……お前も怖いのかよ!?

え、怖いの? じゃあなんでおばけ屋敷チョイスしたんだよ。入場前の余裕はどこいった。


『ぐおー!』


と、ここで横の壁からゾンビが飛び出してきた。微かな光に照らされたゾンビは片目が抉れて顔中血だらけのまさにグロテスク。

へぇ、完成度たけーな。子供なら号泣だろうね。なぁお嬢さ


「きゃああああぁ!?」


「ぎゃああああぁ!?」


後ろでは阿鼻叫喚のセレブ二人。御曹司君に至っては目も舌も飛び出て、涙と鼻水が溢れている。

す、すいませんキモイです。芋助ぐらいキモイ。つーかまだ最初の方なんですけど。前半でリタイア寸前?


「う、ぐっ、僕はこの程度じゃ……」


「あ、前から全身真っ白の女が走ってきた」


「ぎょええええぇ!?」


ビックリしたー、俺もこういう女性の幽霊は苦手だわ。

幽霊のお姉さん、驚いたフリしておっぱい触ってもいいですか。いや触ってみせる。


「は、陽登ぉ」


「お前も落ち着け。大丈夫だから」


「い、今のうちに、い、行くわよ!」


「へ?」


泣きながらもお嬢様は力強く俺の手を握ると走り出した。あ、ちょ、おっぱいタッチがあぁ。

女性の幽霊も御曹司も執事も置き去りにして、俺らは暗い通路を突き進んでいく。


「ちょ、速っ、お嬢様?」


「うぅ~!」


ゾンビの大群や突如動き出すぬいぐるみを通り抜けて、首のない看護師や胴体だけの医者も突破していく。

お嬢様はずっと泣き叫んでいた。泣き叫びながら走り続ける。

そしてあっという間に……


「もう出口ですね」


太陽の光が出迎えてくれた。暗い建物から出てきたから余計に眩しい。これが明順応か。はいここテストに出るぞー。

それにしてもお嬢様は一体どうしたのやら。怖さのあまり頭壊れました?


「ぜぇ……次行きましょ」


「え、御曹司は待たなくていいのかよ」


「いいの! その為に走ったんだから」


俺を睨みつけるお嬢様だが、顔に涙の痕が張りついて目元は真っ赤だ。ヤバイ超ウケるんですけどー。写真撮りたい、インスタに載せたい。

息を整える間もなくお嬢様は再び俺の手を取る。未だ建物の中から聞こえる御曹司の悲鳴を背に向け、俺達は走っていく。






「そもそも陽登が悪いのよっ。私の使用人なんだから私を守りなさい」


コーヒーカップの中でお嬢様はブーブーと文句を垂れる。グルグル回る~、コーヒーカップ~。

御曹司から逃げ切ったお嬢様テンションは一気に変わった。あれ乗りたいとかこれ見たいとか、俺を引っ張って自由気ままに遊んでいる。


「本当にいいのか? 今頃あいつ探していると思うぞ」


「いいの。あんな奴と一緒より……あ、アンタの方がマシだわ」


「そりゃどーも」


それからは熊の着ぐるみさんと一緒に写真を撮ってもらったり、ゲームコーナーでお嬢様が何千円も使ってぬいぐるみをゲットしたり、なんやかんや遊び続けた。

ワックスベタ塗り御曹司と別行動して一時間は経っただろうか。ずっと不機嫌だった雨音お嬢様の表情は今では、


「ねぇ陽登っ、カボチャの乗り物があるわ。一緒に乗りましょう!」


なんつーか、楽しそうだな。ニッコリと笑う姿は泉ちゃんみたいに子供っぽく、でもどこか気品良く凛とした余韻も残している。

嬉しそうに笑いやがって。ったく……はいはいカボチャですね乗りましょう……っ!


「お嬢様、こっちに」


「ふえ?」


カボチャのアトラクションに乗ろうとした手前で俺はお嬢様を抱き寄せて看板の陰に隠れる。

そーっと顔だけ出して覗けば、御曹司とサブミッション執事が辺りをキョロキョロしていた。


「危うく見つかるところでしたね」


って、あれ。なんだこの違和感。どうして俺は隠れた?

これじゃあ……まるで俺自身、御曹司と会いたくないみたいだ。お嬢様と二人の時間を邪魔されたくないみたいな……


「ば、馬鹿陽登っ」


「痛い! 腹を殴るな馬鹿」


気づけば腹部を殴られていた。眼前には雨音お嬢様、顔が真っ赤だ。

あ、そういや思わず抱き寄せたんだったか。ごめんなさい嫌だったんだね。すぐ離れますよ。あいつから逃げられたら。


「お嬢様、あそこに奴らがいます」


「ん、逃げるわよ」


お嬢様もあいつと再会するのは断固拒否みたいだ。

よっしゃ、そうとなればどこか身を隠せる場所に行くか。


「い、いつまで肩抱いているのよ離しなさい!」


「はーいすいませーん。んじゃあ逃げますよ」


その場から離れ、見つからないよう走る。


「いました、あそこです」


「あ、雨音さん!」


ぐおおぉ速攻で見つかった。あの執事め、サブミッションだけじゃなく捜索も上手いのか。

豚鼻の御曹司はこちらに気づき、後を追ってきた。


「ど、どうしよ?」


「これはもう駄目ですねぇ」


探し続けて疲れたのか、御曹司は執事におんぶしてもらっていた。走る執事、かなり速い! このままではいずれ捕まるし、あまりお嬢様を走らせたくない。靴ズレとかしたら大変。

んあー……もうあそこしかないか。


「しっかりついて来いよ」


お嬢様の手を引き、向かう先は……巨大な円を描く遊園地大人気乗り物、観覧車だ。


「よっしゃあぁ乗り込むぜ~!」


待ち時間がないことも幸いし、俺達は走り抜けてそのまま観覧車へと乗り込んだ。

外を見れば数メートル先には御曹司の悔しそうな顔と汗だくになった執事の姿。


「これって観覧車?」


「そです。どうせ捕まるなら最後は長いアトラクションで粘りましょう」


さずかに後を追って観覧車に乗り込む馬鹿な真似はしないか。

四分の一くらい来たところで下を覗けばベンチに座っている御曹司が見えた。


「あーあ、見つかっちゃいましたね」


「……そうね」


あらあら……。お嬢様は露骨にテンションが下がっていた。

ぶすぅ、とした顔で御曹司を睨んでいらっしゃる。


「あいつ邪魔」


「まぁそう言わずに」


「……陽登、またここに来るわよ」


「い、や、です~!」


舌を出してべろべろばぁ!とふざけてみる。

するとお嬢様にクソ睨まれた。やだ陽登君怖くて泣いちゃうよ。


「駄目。絶対に行く。決定」


「ロボットみたいな喋り方するな。……そーですね、また来ましょう」


「うん」


気づけば観覧車は半分を通過していた。もう頂上は過ぎてしまったのか。

カップルなら頂上のところでチューするんだよね。観覧車ってチューする為の乗り物ってどこかで見たことがあるよ。

まっ、俺とお嬢様は恋人同士じゃないのでありえませんが。俺達って主従関係だから。自分で言って悲しくなるぜ。


「……ねぇ陽登」


「俺とキスしたいんですか?」


「そんなわけないでしょ眼球殴るわよ」


ほーらこの通り。俺のこと何とも思っちゃいない。そして怖い。恐れ入ります、人の眼球は殴ってはいけません。

胸触った時ぐらいキツイ目で見られたので俺は慌てて外の景色へ視線を逸らす。わーい、とっても高いよー。良い眺めだねー、そう思いません?


「で、何か言いたいことでも?」


「うん。その……私とあいつの縁談のことだけど」


お嬢様はチラッと視線を落とす。あいつとは下にいる御曹司のことか。

確か、父親同士で交友があって息子と娘の縁談が進んでいるんだっけ? 俺からすれば金持ちすげーって話なんだけど、当の本人は乗り気ではないらしい。


「陽登は、その……縁談のことどう思う?」


「どうって聞かれてもなあ。はぁ、すごいですね」


「そうじゃなくて。……私があいつと結婚しても、何も思わないの……?」


視線がぶつかる。まっすぐ俺を見つめる目は儚げに揺れて瞳の奥は不安げ。何かすがるような、何かを期待しているような、そんな風に見えるのは俺の気のせいだろうか。

知るかバーカ。なんて、ふざけた返しは喉の下で消えて俺は何も言えないでいた。


「陽登は、どう思う?」


お嬢様と御曹司が結婚する。このまま縁談が進んで互いに了承したら本当に結婚することになるのか。でもお嬢様が嫌がっているから縁談はなしになるのでは。

……いや、こいつが言いたいのはそこじゃないよな。こいつは……雨音お嬢様は、あくまで俺の意見を聞いている。俺の意見、俺の……


「俺は……」


「やっと下りてきた! どうして勝手に行っちゃうんだい雨音さん」


出かけた言葉を口の中に戻し込む。どうやら一周し終えたらしく、扉が開いて向こうからセレブタ君が叫んでいる。

あ、あぁ……もう観覧車終わったのか。ゆっくりと思いきや意外と終わるの早いよね。


「お嬢様、行きますか」


「……うん」


観覧車を降りて御曹司の待つ場所へ。またお嬢様は不機嫌な顔になって……ここからだと顔は見えないな。

さっきまで並んで歩いていたのに、自分が自然とお嬢様の一歩後ろを歩くことに気づいた。まるで俺はお嬢様の横を歩いてはいけないみたいな。遠慮や気遣いじゃなく、隣にいてはいけないと自分自身に言い聞かせるように。


「……俺らしくないな」


ドヤ顔でお嬢様の手を引く御曹司と、その手を弾くお嬢様の後ろ姿を見つめることしか出来ない俺はそれから何も喋らなかった。


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