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第77話 主人と執事は踊る

会場に戻ってきた途端、男共がこちらへ群がってきた。

目的は勿論、雨音お嬢様。


「雨音さん、一緒に踊りませんか?」


「良ければ今度食事しましょう」


あっという間にお嬢様を囲んで円を形成する男達。

テメーらは同じことしか言えないんですかー。ワードセンス鍛えてもっと達者な誘い文句ぐらい覚えて出直してきな。全員ぼきぼきメモリアルやってこい。これ宿題な金持ち共。


「ごめんなさい、遠慮しておきますわ」


群がる男達を、お嬢様は一蹴した。

その顔は妙に清々しかった。吹っ切れた、といった感じ。


「通りたいのでどいてください」


戸惑う男達はおずおずと退いていく。道ができて、お嬢様に続いて俺が通る。


「なんかうちのお嬢様がすいませんねぇ」


「なんでアンタが謝るのよ。やれやれ感を出すな」


はい出た、怒られちゃったよ~。

と、お嬢様が俺に手を差し伸べていた。


「手の平のマッサージですか?」


「アンタにそんな技術ないでしょ。……私と踊りなさい」


は、俺が?


「無理ですよ。ムーンウォークとソーラン節しか出来ないです」


「私に合わせればいいから。早く手を取りなさい馬鹿」


馬鹿と言われ、手を掴まれる。うお、え、ちょ待っ……

心地良くしっとりと奏でられる音楽に合わせてお嬢様がステップを踏む。ど、どゆことー?


「ほら、腰に手を当てて、こうするの」


っ、近っ……!? 俺の手は引っ張られてお嬢様の腰へと着地。

グイッ、とお嬢様が身を寄せてきて、これはもう密着しているようなものじゃないか。


「あ、あわわわ」


「……アンタがそんなに動揺しているの、初めて見た」


「う、うるせーっ」


つーかマジで距離が近いんだよ。直視出来ねぇ……なんだこいつ、クソ綺麗なんだよクソが!

おまけにダンスなんてしたことない俺がいきなり合わせて踊るなんて無理無謀にも程がある。


「ゆっくりでいいから足動かして」


「無理無理。んな軽快に動かせるわけないだろ」


お嬢様はゆっくりと俺の動きに合わせて踊ってくれる。けれど俺はステップを踏む以前の問題だ。なんだよ社交ダンスって、ウリナリの番組でしか観たことねーよ。


あとやっぱ……クソ近い。

お嬢様のドレス姿、華麗で軽やかな動き、色気漂う化粧、そして俺を小馬鹿にしているであろう生意気な笑み。

先程までの作り笑いではなく、お嬢様はちゃんと笑っていた。素敵な笑顔に思わずドキドキしてしまう……。


「うわっ!? ちょ、ホントに無理!」


だからいきなりダンスなんて不可能だって。

周りを見ろよ、俺ら圧倒的に浮いてるじゃん。ぎこちない動作でまともに踊れていない。こんなの恥晒しだ。公開処刑だ!


「お、お嬢様ぁ~」


「……ぷっ、あははっ、陽登ってばダサ過ぎ。何してんのよ」


ケラケラ笑っている暇あったら助けてくれよ。てゆーかもう限界だ。

ギブアップの意を伝えたらお嬢様は踊りをやめてくれた。なんとなく、周りから視線を感じる。へいへい馬鹿にするならしやがれ、こちとらドがつく庶民だい! ソーラン節踊ってやろうかこの野郎っ。


「あーあー、陽登のせいで恥かいちゃった。天水家のイメージも下がるわ」


そう言いながらも、お嬢様は笑ってばかりだ。俺が椅子を引くとそこへ座る。

まぁ確かに……かなりの恥晒しだったな。俺もすげー恥ずかしいです。


「えっと、すんませんでした」


「でもいいわ。陽登の面白い顔見れたし、評判なんてどうでもいいや」


満足した様子でお嬢様はグラスを手に取る。ニコニコと笑いやがって。確かにヘラッと笑えとは言ったけど俺を馬鹿にする笑いは許さへんで。

俺はムカムカしながらも皿に料理を盛ってお嬢様に渡す。


「ありがと。馬鹿陽登、帰ったらダンスの練習ね」


「嫌だよ。なんで俺が踊らなくちゃいけないんだ」


「また今度舞踏会あった時どうするのよ。また恥をかかせるつもり?」


うぐっ、それ言われると辛いな。

雨音お嬢様はいつもの調子で偉そうに鼻で笑うと上品に料理を口にする。テーブルマナーはさすがだな。俺なんてクリームスープ手で持って啜っていたからね。


「この私が直々に教えてあげるんだから感謝しなさいよ」


「はぁ……へーへー、ありがたき幸せです我が主」


「ふふんっ、早く帰って練習したいわ」


帰りたいのには同感だがダンスレッスンはしたくないです。俺は溜め息を吐き、近くにあったチキンやステーキを頬張る。これも美味い。コンビニのホットフードが鼻で笑える。



「やぁ、雨音さん。久しぶり」


極上チキンと霜降りステーキを頬張ってルフィみたいに食べていると誰かが話しかけてきた。

お嬢様の前に立つのは俺らと同世代の男。シャンデリアの温もりある光すら弾く純白のスーツ、胸元には真っ赤な薔薇が差されている。え、何世代前のトレンディ俳優ですか?


「今日もお美しいですね。あぁ、その麗しいお姿にまたしても僕は惹かれてしまいました」


白のスーツは圧倒的な個性として会場に異彩を放つ。男にしては長い後ろ髪と細く刈り整えられた眉毛、鼻は団子鼻で丸顔だ。あと髪がベタベタしてそう。ワックスつけすぎ。

それでもお金持ち特有の気品ある佇まいと優越感を漂わせ、スーツを完璧に着こなしている。顔はともかく雰囲気ですぐ分かった、こいつは俺とは住む世界が違う人間だと。


まぁ、まず……誰だこいつ。


「このブタ顔は誰ですか?」


「聞こえているぞ」


お嬢様の耳元で小さく囁いて尋ねたのに聞こえていたみたい。あはは、すいませんね。


「……別に」


この男が来た時からお嬢様の様子がおかしかった。明らかに顔をしかめ、目を細めて舌打ちしていた。不機嫌、そりゃもう普段以上に。また不機嫌な顔つきに逆戻りだ。


「そこの無礼な執事、この僕が名乗ってやろう」


あ、いや結構です。もうあだ名決めたんで、セレブブタだからお前。いやセレブタかな? ワックスベタ塗り君もアリ。


「僕はあの滝上財閥の御曹司さ」


どうだ、と言わんばかりの自慢げにドヤ顔する白スーツの男。

いや、えっと、滝上財閥……?


「全く知らないんだけど」


「え? 冗談よしてくれ、あの有名な滝上財閥だよ」


「ご存知ないですねぇ。それ検索ワード何位?」


偉そうに自己紹介してくれたところ悪いけど俺は全然知らん。


「雨音さん、随分と非常識な執事を雇っているんですね。駄目ですよ解雇すべきです」


呆れたように鼻で笑い俺を見下す豚顔御曹司。

なんだこいつムカつくな。ワックスつけ過ぎなんだよ。一回のセットでワックス全部使ってんのか。


「ほぉいテメーふんなふるぞ」


おいテメーぶん殴るぞ、と言いたかったが口の中の肉料理が邪魔で上手く喋れない。いや邪魔ではない、これ美味いんだもの~。


「……常識だけではなく品もないのか。まぁいいさ君は消えてくれ。僕は雨音さんと話がしたいのでね」


汚いものを見て気分が優れないと言いたげな目で俺を見やがって。眉間に指を添えて、その場でクルリと回ったセレブブタ君は雨音お嬢様に手を差し出す。


「さあ雨音さん、僕と一緒に踊ろう」


「嫌だ」


お嬢様は嫌悪感を全面に出して拒絶した。セレブタ君の顔は一切見ず口を尖らせる。これぞお嬢様、キレッキレだ。全盛期の野茂のフォークを彷彿とさせるキレっぷり。

対して拒否された御曹司君は少し残念そうに首をかしげたが即座に持ち直して再びお嬢様へアプローチ。


「照れなくていいんだよ。そんなところも可愛いね」


「陽登こいつ黙らせて」


「あドッコイショドッコイショ、ソーランソーラン!」


「な、なぜ急にソーラン節なんだ!?」


さっきは無様なダンスを見せてしまったからな。俺の得意な踊りを全力で披露してやるぜっ。

見るがいい、俺がまだピュアな少年時代に真面目に取り組んだソーラン節の腕前を。スーツの股下を裂く勢いで腰を下げる。周りからの視線がとんでもないことになってきたが俺は意に介さない。このブタセレブを威嚇してやる!


「こ、こいつは一体……!?」


「どうもお初にお目にかかります。あソーラン、天水家に仕える執事の火村ソーラン陽登でございまソーランソーラン!」


「陽登ちょっと抑えて。さすがに場の空気を壊し過ぎてすごいことになってる」


お嬢様からストップが入ったので俺は息を吐いてゆっくりと直立する。

滝上だが白滝だが知らねーがそこのブタ丸顔よ、俺がクソ庶民だからといって見下すのはやめてもらおうか。


「お嬢様、どうでした今の踊り」


「うん、アンタのせいで天水家の威厳は完膚なきまでに崩壊したわ」


「ありがたきお言葉、身に余る光栄に存じます」


「誉めてないから」


「くっ、一緒にいたら僕まで同類に思われる。……今日のところは引いておく。ごきげんよう、僕のプリンセス。また明日」


白スーツの御曹司は俺らから逃げていった。

随分と取り乱していたが去り際はまたキザな台詞を吐いてお嬢様に向けてウインクした。うっわキモイ。ソーラン節を踊り狂う俺の次にキモイぞ。てことは俺が一番キモイ? いや違う一番は芋助だ。あいつには負けるよ。


「何だったんですかあいつは」


「……滝上財閥の一人息子。パパとあいつの父親は結構仲良くて、ここ最近顔を合わせることが多いの」


へえー、父親同士が知り合いだから互いの娘と息子も親睦があるってことですか。

ただの言い寄ってくる男なら多少は我慢するがあいつはウザ過ぎてお嬢様も耐えきれないみたいだ。自信満々な態度とナルシスト気味な発言、キザが鼻について確かにウザキモイ。あんなのが同じクラスにいたら金属バットで殴っているわ。


「変なのに目をつけられているんですね」


「そうなのよ。断っているのに何度も来て……本当ウザイわ」


「あらら。無視しておけばいいんじゃないですか」


「……それで済むならいいんだけどね」


お嬢様は口をへの字にして小さくポツリと呟く。

ん? 何やら神妙な面持ちですね。あんな奴、お嬢様なら一発KOですよ。初対面の芋助を言葉だけでボコボコにしたのだから。

今思えばあれはかなり面白かったな。俺的オモシロ事件大賞の一つだよ。他にはカラオケの受付でお嬢様の『ピリカピリララ ポポリナペペルト』が受賞されている。


「まっ、今は食事楽しみましょう。これすげー美味いですよ」


「アンタは気楽ねホント……」


それからは飯食ったり言い寄ってくる男をお嬢様が一蹴したり、踊りの練習とか言って会場の端っこでお嬢様とダンスして俺の舞踏会デビューは幕を閉じた。

セレブの集まりってのも悪くないね。料理が美味いから。


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