第75話 舞踏会とか実在するのかよ
夕食の時間になったので一階へと下りる。今日は何だろうなぁ、寿司とか食べたいね。えびアボカド食べたい。醤油たっぷりつけて食べたい。
ワクワクを胸にホールドしながら食堂に入る。
「あれ、お嬢様は?」
お嬢様がまだ来ておらずメイドさんとシェフが二人並んで立っていた。
「お嬢様はまだダンスのお稽古中ですよ」
メイドさんが答えてくれた。そーいえば今日はダンスの日だったか。
にしても、もう午後七時だぞ。今日は相当長引いているみたい。
「頑張ってますねー、ココロオドルですねー」
俺は何気ないトークをしつつ席へ座る。さあさあ早く食べましょう。フォークとナイフを持ってニッコリ笑ってみせる。
……メイドさんもシェフも動かない。これはね、たぶん雨音お嬢様を待てということです。
「どーせまた集中出来ていないとかでしょ。クソ食らえですね、俺は寿司食べたいけど!」
「お嬢様はまだ来ないですよ」
俺のボケは無視ですか。そしてマジですか。腹減ったんですが。
どんだけ踊ってるんだよ。俺の腹も空腹で踊りそう。はいこれもクソ面白くない!
「実はですね、もうすぐ舞踏会があるんですよ」
「舞踏会?」
思わずメイドさんの方を見てしまう。
舞踏会って、あの舞踏会ですか?
「天下一武道会じゃなくて?」
「違います。実在するわけがないですよね」
冷静なツッコミを入れるメイドさんの横でシェフの肩が揺れている。笑いを堪えているのだろう、あの漫画好きだし。
「舞踏会というかダンスパーティ、社交界と言った方が正しいかもですー。陽登君が想像したものと考えてもらって結構ですよ」
「なるほどパンチングマシンで本戦進出者を決めるわけですね」
「だから天下一武道会じゃないです。そのイメージやめてください」
仕方ないですね私が説明しますー、と続けるメイドさん。その傍ら俺とシェフはニヤニヤ笑い、天空×字拳! 天空×字拳!と連呼している。あいつそこそこ強かったよねー。
「天水家に並ぶ良家や大企業の社長、著名人が集まる立食パーティーです。とても大きな会場でするんですよー」
なるほど。よく漫画で見るようなやつを思い浮かべたらいいのかな。セレブや金持ちが集まってドレスやスーツを着て優雅に談笑しているイメージ。
前にも思ったが本当に舞踏会とかあるのかよ。西洋のノリですね。
「だから稽古もいつも以上に頑張っていると。なんとまぁ大変だことで」
パーティーに参加するのも金持ちの宿命ってか。
まぁ俺には関係ない、早く食べましょう。寿司が食べたい、寿司。フォークとナイフ持ってニコニコ笑ってみせる。
「ちなみにですが陽登君も参加するんですよ」
「……なぜ?」
なんで俺も参加することになっているんだよ。いやいや無理。
「陽登君は執事としてお嬢様に付き添ってもらいます」
「あぁ、踊らなくていいんですね。それでもクソ嫌ですけど」
セレブの集会なんて見たくもないわ。
どうせ札束を扇子代わりにして札束をハンカチ代わりにして札束燃やして暖をとるような連中だろ。ジジイに囲まれて将棋指す方がマシだね。
「それと舞踏会には別の目的もありますよ。自分の執事がいかに優秀か、それを見せつける場でもあります」
そう言ってメイドさんは俺を見てくる。何ですかその期待出来ねぇなぁ的な細目は。
「陽登君は……たぶん浮きますね」
「俺も同感です」
「ですが旦那様と奥様が是非陽登君に付き添ってもらいたいとのことです」
旦那様と奥様が? 一度しか会ったことないけど?
俺のこと買い被ってんのかよ。もしくは俺を公開処刑にさせるつもりか。恥をかかせて精神的に追い込むつもりかーコノヤロー。
「私も陽登君が良いと思います、なんとなく」
なぜかメイドさんも推してきた。その隣でシェフが頷く。シェフもかよっ。
「嫌ですよ、なんかウルトラ面倒くさそうですし」
「舞踏会は来週末です。せめて食事の作法だけでも学びましょうね」
「俺の意思届いてる? 行きたくないんですが?」
「仮にも天水家の使用人代表として行ってもらうので最低限のマナーは修めてください」
これ届いてねーな。おいおいおいおいマジで俺も行く流れになっているよね。すごく嫌だよ激しく嫌だよ……うん、嫌だよ!?
だがメイドさんには届くことなく、テーブルマナーを叩き込まれることになった。す、寿司食べたい……。




