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第74話 幼女に好かれました

すごく嫌だが後を追うか。重たい足取りで部屋へと向かう。

はぁ、めんどくせー。運動会の行進の練習ぐらい面倒くさい。ちゃんと出来たら一回で終わりますよ。よーしみんな頑張るぞ。頑張った結果、今の良かったけど一度練習します。は? ぶっ殺すぞクソ教師。


「はい泉ちゃん、カフェオレよ~」


「わーい、ありがとっ」


俺が昔の思い出に浸っている間に、雨音お嬢様は女の子に紅茶を差し出していた。

だらしない緩んだ笑顔のお嬢様はなんとまぁ滑稽だ。写真撮ってクラスの奴らに見せてやりたい。え、これが天水さん!?と驚かせたい。ビューティーコロシアムの比じゃない変貌ぶりだからな。


「陽登君もカフェオレ飲みますか?」


俺が入ってきたことに気づいたメイドさんが尋ねてきた。お前まだいたのか、とお嬢様がこちらをチラッと見てきたが俺はめげない。


「カフェオレなんて半端に甘いガキの飲み物なんて飲みません。ホットココアを一つ頼む」


「お前の方がガキだわ!」


お嬢様には言ってないんですがねぇ。

二人が座るテーブルの反対側へと回り込んで端の椅子に腰かける。すると漫画大好きシェフがココアを持ってきてくれた。あざま。うーん、この甘ったるさ最高。塩サイダー? 何それクソ不味そう。


「カフェオレ美味しいよね~。ココアなんかよりずっと美味しいわ」


テーブルを挟んで向こう側にはお嬢様と従姉妹の女の子。カフェオレを優雅に飲んでお嬢様は上機嫌だ。だけどさりげなくココアをディスるのはやめなさい。

前から思っていたがお嬢様は人によってコロコロ態度変えるよな。媚びた意味ではなくあくまで自分の気持ちを中心に。両親に対してもこんな感じだった。俺に対しては汚物の見る目で見てくるくせに。


「何こっち見てるのよ」


「見てないです。それは自意識過剰、俺は純情、人生順調♪」


「何その引くぐらい完成度低いラップは!?」


んだと、即興にしてはクオリティ高い方だろ。自意識過剰、お前は処女、そそる煽情そこから援交。とか言っても良かったんだぞ。小さなお子さんがいるから控えた俺のナイス采配も評価してほしいところだ。


「……これ、苦い」


「「え?」」


コップを両手で持った女の子、泉お嬢様がぽつりと呟く。どうやらカフェオレが口に合わないみたい。小さな口をぎゅ~!と閉じて辛そうな顔をしている。

すると雨音お嬢様、


「ど、どどどどどうして? な、な、なななな何が駄目だったたたたの!?」


信じられない程のパニック状態に陥った。それ逆に言いにくいんじゃね?

お嬢様は宙にアタフタと文字が浮かび上がりそうなくらいアタフタしている。女の子の周りを動き回ってまたしてもポニーテールが忙しなく舞う。


「もういらない……」


カフェオレの入ったコップをテーブルに置き、女の子はしょぼんとしている。

まぁガキにはカフェオレでも苦いと感じてしまうか。それを考慮しないとさ。なぁお嬢……


「あばばばばばばばば」


混乱のあまり奇声を上げる雨音お嬢様。見る先は定まらず天井を見上げて軽く痙攣している。き、キモイ。おいおい落ち着け、エクソシストみたいになってるぞ。

リーガン、じゃなくて雨音お嬢様は意識不明になり、女の子はテンション下がっている。メイドさんは我関せずといった様子でどこか遠くを眺めている。

流れる不穏な空気、冷え込む場の雰囲気。……え、俺がフォローしなくちゃいけない感じ?


「良かったらココア飲む?」


飲みかけのココアを差し出す。女の子は俺をじっと見る。だからそんなしつこく見てこないでよ。


「……いただきます」


恐る恐るといった具合でココアを飲む女の子。その後ろでお嬢様はラリったまま。いい加減正気に戻れ。白目やめろ。

女の子はココアを飲み、そして再び顔が明るくなる。夏の燦々とした日差しを浴びるヒマワリの花みたいに。


「美味しい!」


お気に召したようで良かった。まぁココア嫌いな子供なんていないよ。もしいたとしてもミロを飲ませてやる。あれは絶対誰でも好きなはず。


「ありがとっ、えっと……」


「火村陽登。好きなように呼んでいいぞ」


「じゃあ陽登お兄ちゃん!」


うほぉ、何この気持ち。ゾワゾワとまでいかないが妙に心くすぐるこの感じは一体何だろう。

幼女にお兄ちゃんと呼ばれた、その威力だと言うのか。一気にこの子が愛おしく思えてきた。


「あのね、私は天水泉って言うの。よろしくね陽登お兄ちゃんっ」


守りたいこの笑顔。


「……はっ、私は何を……?」


ようやく現実世界に帰ってきたか。お前の方が頭おかしいからな。鼻にミロぶち込むぞ。


「雨音お姉ちゃん、ココア美味しぃ」


「ココア……陽登!」


現状を把握したお嬢様は俺の名を叫ぶ。説教は勘弁してくだせぇ。

罵詈雑言かかってこいや、と構えていたが雨音お嬢様は……やけに良い笑顔で俺に向けて親指を立てる。口は動くが声は出していない。だが俺の耳には届いた、グッジョブ!と。態度一変したなこいつ。


「あ、クッキーもあるのよ。一緒に食べましょ」


「うんっ、陽登お兄ちゃんも食べよっ」


僕は君を食べちゃいたいグププ~、と言いたいのを飲み込んで笑顔でちゃんと応答する。


「クッキー美味しい」


「良かったぁ、泉ちゃんの為に買ってきたんだよ」


お嬢様も調子を取り戻してまたニコニコして泉ちゃんに夢中だ。

ちなみに言っとくがクッキーを買ってきたのはメイドさんだからな。テメーの功績じゃねぇ。


「ねぇねぇ陽登お兄ちゃん」


「どした?」


さすがに幼女の前で口悪く罵るわけにないかない。クズでも暗黙のルールは分かる。暗黙のルール、幼女は大切に。


「これ何本?」


泉ちゃんは櫛を持っていた。どこにでもありそうな櫛。それを手に持ち、指を使って櫛の歯を広げている。

俺は考えた、結構考えた。恐らく指で広げた櫛の真ん中の歯の数を聞いてきたのだろう。天才か俺。


「えーと三本、かな?」


「三本っ、正解ー!」


とても楽しげにケラケラと笑う泉ちゃん。……ん? これ楽しいの?

隣の雨音お嬢様も穏やかな表情浮かべてまた親指を立ててグッジョブしている。お前そればっかりか。


「じゃあねー、これは何本?」


困惑する間もなく第二問目が始まる。今度はさっき以上に大きな間隔で櫛の歯を広げている。

さっきのは目視で数えることが出来たけど、今回のは厳しい。


「えー……いっぱい?」


とりあえず答えなくては。正確な数なんて分かるわけがないのでたくさんと答えた。だ、大丈夫かな……


「いっぱーい! あはは!」


「え、え? 笑いのツボどうなってんの?」


さっき以上に大きな声で笑っている。何が面白いのかサッパリ分からねぇっす。子供の感性ってすごいな。

ともあれ泉ちゃんの機嫌は元通り、それどころかさらにハイテンションになってきた。櫛を持って満面の笑みだ。


「ねーねー陽登お兄ちゃん。ジャンケンしよう!」


「おう、いいぞ。最初はグー、ジャンケン」


「ポイ!」


俺はグーを出して泉ちゃんはパー。すると泉ちゃん、


「やったぁ勝った!」


とても嬉しそうな様子。椅子から下りて激しく跳びはねている。あぁ~心がぴょんぴょんするんじゃぁ~。

ちなみにその隣で雨音お嬢様はパーを出していた。俺の方を見てすっげぇ優越感に浸った笑みを浮かべている。なんだお前、その勝ち誇った顔やめろや。


「ねぇもう一回やろ」


「今度は負けねーぞ」


子供はジャンケンを純粋に楽しめるんだねぇ。微笑ましいよ。

とか思っているうちに第二回戦は俺パーの泉ちゃんチョキ、ついでにお嬢様がチョキとなった。


「また私の勝ちーっ」


「ふふんっ」


泉ちゃんとお嬢様、どちらも喜んでいるのにこの差は何だろうね。片方は微笑ましくてもう片方はイラッとくる。つーか俺ジャンケン弱いなおい。


「陽登お兄ちゃんもう一回!」


え、まだやるの。






その後もジャンケンを続けて俺は六連敗を喫した。どんだけ弱いの俺。運のパラメーター低すぎ。

ジャンケンを終えた後は広いリビングでお人形遊びやお嬢様がプレゼントを渡したりと三人で楽しく過ごした。終始お嬢様がニヤニヤ顔だったのは言うまでもない。

そして、最初とは変わった点がいくつかある。


「陽登お兄ちゃんはねー、お母さんとお父さんとおばあちゃんと雨音お姉ちゃんの次に大好きっ」


「はいはい嬉しいよ」


まず泉ちゃん。最初は距離があったのに今では俺の体にしがみついてずっと喋りかけてくる。なんつーか、懐かれたって感じ?

次に俺だが、今までは子供なんて嫌いだったのに泉ちゃんのことが愛おしくてしょうがなくなってしまった。子供可愛い、心が癒される。


「むー、ホントだよっ。お母さんとお父さんとおばあちゃんと雨音お姉ちゃんの次に好きなんだもん」


「俺は泉ちゃんのことが一番好きだけどな」


「本当!? 嬉しい~!」


腹にくっつく泉ちゃんはキラキラとした目でニッコリと笑う。俺は泉ちゃんの腕を持って左右に揺らす。泉ちゃんはキャッキャと楽しげな声を出して喜ぶ。なんてことだ、これが幸せだと言うのか!?


「ちなみに雨音お嬢様のことはガスバーナーの次に好きです」


「それ第何位よ。ちなみに私はキイロショウジョウバエの次に陽登のことが好きよ」



それ下から数えた方が圧倒的に早い順位だよなおいコラ。やっぱこいつは可愛くねーな。お前の従妹はこんなに可愛いのによ~ボケ死ねカス。


「泉お嬢様、そろそろ帰る時間ですよー」


メイドさんがやって来た。時刻を見ればお昼過ぎ。なんやかんやで二時間以上も遊んでいたのか。

ニッコリ笑っていた泉ちゃん、帰る時間と言われた途端に悲しげな顔をして大声で叫び出した。


「えー嫌だ! もっとお姉ちゃんとお兄ちゃんと遊ぶの~!」


俺にしがみついたまま大抗議してきた。なんでこんなに元気なんだろうね。子供のエネルギーって底知らず。


「お母さんがお昼ご飯作って待っているはずですよ。早く帰らないとねー」


メイドさんは柔和な笑みを浮かべて優しく説得を始める。しかし泉ちゃん、さらに顔をしかめる。


「いーやーだー! どうしてイジワルするの!」


「えーと、意地悪しているわけじゃないですよ」


泉ちゃんに睨まれてメイドさんは困った表情を浮かべる。


「ぷぷっ、メイドさん嫌われてやんのー」


「陽登君は調子乗らないでくださいー。さあ、お迎えの車も来たので帰りましょうね」


移動して屋敷の外。既に待機していた車に乗り込む泉ちゃん。その顔はとても名残惜しそう。

見送りに来た俺と雨音お嬢様とメイドさん。俺やメイドさんはいつも通りだがお嬢様は違う。顔がすごいことになっている。涙がボロボロと零れ落ちている。


「ま、またね泉ぢゃん……!」


「うん、雨音お姉ちゃんバイバイ……!」


何この二人、これが今生の別れみたいなノリだぞ。別にいつでも会えそうだしそこまで泣くことじゃないでしょ。


「は、陽登お兄ぢゃんもバイバイ、っ」


「おー、また遊びに来いよ。俺で良ければいつでも相手してやるよ」


「あ、ありがど!」


泉ちゃんは号泣だった。窓から体半分を出して千切れんばかりに腕を振っている。泣いている時のルフィみたいな顔になっているぞ、作画尾田先生か。

隣ではそげキングみたいな顔で大泣きするお嬢様と、半笑い顔で「陽登君がまともなこと言っているー」と呟くメイドさん。俺だって幼女には優しく接しますよ。いや決してロリコンってわけじゃないから勘違いしないでよねっ。ツンデレな俺~。


「ま、またね~!」


「泉ぢゃ~ん!」


「じゃあのー」


泉お嬢様を乗せた車は発進して屋敷から出て行った。空を見上げれば真っ白な雲がフワフワと浮かんでいた。

まぁ、最初は嫌だったけど泉ちゃんに会えて良かったよ。幼女との触れ合いって心を潤してくれるんだね。紹介してくれてありがとう雨音お嬢さ、って、


「ぶ、ぶぇ~ん泉ちゃん帰っちゃったー!」


お嬢様は声を上げて泣き続けていた。目から液体、鼻からも液体が噴き出して止まる気配がない。脱水症状引き起こしそう。


「んな泣くなよ。また会えるだろ」


「う、うるざい馬鹿陽登~!」


泣きながら怒るなよ。涙の溜まった瞳で精一杯睨んでくるお嬢様の姿はちょっとだけ可愛く見えた。ちょっとだけね。

はぁ……またフォローしなくちゃならんのか。俺は溜め息を吐いて、そっと手をお嬢様の頭に乗せる。


「ふえ……?」


「次会う時までそうしているつもりかよ。今日みたいにニヤニヤ笑って泉ちゃんを出迎えたいなら泣くのやめろ。別れが悲しいならさっさと切り替えて次会う時はどんな風に遊ぶのかでも考えろよ。その方が楽しいし、楽しみだろ?」


「……うん、そうね」


そうそう切り替えは大事だぞ。お嬢様は目を拭って、それでも涙は落ちるけど、口元は緩ませてヘラッと微笑んだ。


「さすが俺の主人だな。そうやってヘラヘラ笑っていようぜ」


お嬢様の頭を優しくポンポンと叩いて俺もニヤッと笑ってみせる。

いつまでも号泣顔されていたら尾田先生に怒られそうなんでな。それにお前は不機嫌な顔や泣き顔よりも笑っている方が似合っているよ。って、俺はラノベのモテモテ主人公かーい。頭を撫でてなんか言って女の子を惚れさせる、現実にいたらヤバイ奴だよ。


「じゃ、泉お嬢様も帰ったことですし俺は寝ますわ」


「陽登君、午後からは電灯を交換する仕事がありますよー」


部屋に帰ろうとしたらメイドさんに腕を掴まれた。意外と力強いこの人!

つーか電灯替えるって、この屋敷に一体どれだけの電灯やらシャンデリアがあると思ってやがる。無理だろ。


「駄目よ。陽登は今から私と一緒に買い物行くんだから」


「いやいやお前も腕掴むな。痛いから、なんで俺の腕をねじ切る力で掴むの?」


そして買い物は行かない。どうせ泉ちゃんが次来た時に渡すプレゼントを買いに行くとか言うんだろ。入学式に渡すつもりだったハンカチを今日渡したもんなぁ。


「さあ陽登君」


「行くわよ陽登っ」


両腕を掴まれ絞られ、ねじ切れそうな両腕の悲鳴が痛みとなって駆け巡る中で俺の頭には泉ちゃんの笑みが浮かんでいた。

ああ、幼女食べたい。


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