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第73話 従姉妹

「陽登っ、陽登起きなさい」


日曜の朝。扉がドンドンと叩かれる。俺は耳を塞ぐ。


「起きなさいよ!」


扉が開く音、誰かが入ってくる足音。やめろ、やめるんだ。


「陽登、起きろーっ」


「……何してくれるんすか」


毛布を奪われて体が外気に触れる。まぁ毛布なくても別段寒さは感じねーから別にいいよ。問題はそこじゃねぇ。人の快適な睡眠を妨げやがって。このクソお嬢様が。

ベッドに横たわる俺を見下ろすお嬢様。両手を腰について大きく鼻を鳴らし、目はパッチリと開いている。


「夜這いするならもっと早く来てくださいよ」


「違うわよ。いいから起きなさい」


朝弱いお嬢様が俺を起こしに来るなんて何事だ。

少しずつ覚醒していく脳、それに抗うニート精神。こんな奴は無視して二度寝しようぜと肩組んで誘ってくる。あぁ、そうだよなもう一回寝るべきだよな。日曜は昼起きがセオリーだ。


「まっ、ニートに平日も休日も関係ないけどなっ!」


「何いきなり叫んでいるのよ。いいから! いい加減! 起きなさい!」


ふと思った。ラノベの、空想の、素敵な光景を。

家が隣同士の可愛い幼馴染が、お母さんおはようございます~と言いながら部屋に入ってきて主人公の男を起こす。頬を膨らませ、ポカポカと可愛く精一杯殴って、でも主人公を見つめる顔は恋する女の子で……。

だが現実はどうだ。キレ気味の女が俺の腹に何発も蹴りを入れてくる。腹蹴りで起こしにかかるとか何これ。


「ちっ、わーかりました。起きますよ、起きればいいんでしょ」


腹蹴りが嫌なので上体を起こしてお嬢様と向き合う。

ふんわりした水色のタックスカート、純白のブラウスとシンプルな組み合わせたお洋服姿。髪を後ろに結ってサラサラのポニーテールが滑らかに宙を舞う。


「また外出ですか?」


「違うわ、今日は従姉妹が来るのっ」


従姉妹……あぁ、そういえば前に言っていましたね。来年の小学校入学祝いの時に渡すプレゼント選びに付き合わされたからよーく覚えているよ。


「それで?」


じゃあお前は従姉妹と会ってこいよ。俺は睡眠に勤しむから。


「陽登にも会わせてあげるわ」


「うっわ、ドがつく程のありがた迷惑。吐きそう、ウザ過ぎて吐くよ僕~」


「……ムカつくわね」


こっちもムカついているぞ。別に俺は会いたくないんだよ。お前の従姉妹なんて知らねーよ。


「すごく可愛いのよっ。そんな子に会えるなんて陽登はとても幸せだわ、光栄に思いなさい一生の宝にしなさい」


とんでもなく上から目線だな。天界人ぐらい上からだぞ。

いやいや、小学生にもなっていない子なんだろ。クソガキじゃん。


「俺ガキ嫌いなんですよ。ガキの使いは好きですけど」


「何言ってるのよ」


「ヒクソン、ギターを弾くそんと平成のパピプペポがお気に入りっすね」


「何言ってるのよ!」


何って、ハイテンションシリーズだろ。どうせお前みてーなのは年末のやつしか観てないんだろ。あめーんだよ毎週観ろカスが。アタリ回とハズレ回の落差感じろ。


「アンタと会話していたらキリがないわ。とにかく急いで準備して下に降りてきなさい!」


お嬢様は部屋から出ていき、ドアを勢いよく閉めた。

最後までうるさい奴だったな。嵐かよ。俺紅白は観ないからー、残念。


「はぁ……着替えるか」






気怠いテンションのまま一階のリビングに降りれば慌ただしく動き回っている雨音お嬢様がいた。ポニーテールがゆらゆら揺れる。


「プレゼントは用意したし、紅茶を……でも苦いかもしれないし、どうしよう」


「俺は塩サイダーでいいですよ」


「アンタの飲みたいものは聞いてない。それに何よ塩サイダーって。不味そう」


んだと塩サイダーを馬鹿にしてんのか。ちょっとしょっぱくて炭酸の効いた大人味なサイダーなんだぞ。毎日は飲めないけどたまに飲むと「あぁサイダーの新しい世界が広がった」と少し新鮮な気持ちに浸れるのだ。

よって今日は塩サイダーをオーダーする、って話聞いてる? 俺のことを無視してお嬢様はまたあっちこっちに動き回っている。どうした情緒不安定か。某野球ゲームで言うと安定感2みたいな感じだ。あの特殊能力イマイチ効果が分からない。


「ねぇ、紅茶で大丈夫かな?」


「クソガキには分からない味かもですね」


「クソガキって言うな!」


小学生未満の子供なんて全てクソガキだよ。自我があるかさえ疑わしい。

それにしてもこいつ張り切っているなぁ。従姉妹に会うのが余程楽しみなのだろう。どことなく両親と会えるってなった時と同じテンションを感じる。まっ、お嬢様が楽しみにしているなんて俺には関係ない。

あー、ウザイ。クソガキ共は電気鼠のアニメやキュアブロッサムでも観てはしゃいでいろ。そういや今は妖怪が流行っているんだったかな? 確か踊りもあったはず。


「雨音お嬢様、お見えになりましたよ」


メイドさんがやって来た。今日もメイド服だ。


「妖怪~妖怪~妖怪~」


「陽登君は私に喧嘩売っているのですか?」


メイドさんの方を向いて踊ったら笑顔なのに冷たい目で睨まれた。

い、いや、これ流行ってるから今のうちに練習しておこうと思ってですね。


「嘘っ、もうそんな時間?」


「ウオッチッチ!」


「陽登うるさい! お出迎えしなくちゃ、行くわよ」


腕を掴まれて引っ張られる。えー、やっぱ俺も行くの? 激しく嫌なんですが。

しかしお嬢様はお構いなしにリビングを飛び出た。腕を掴まれた俺もそれに続くしかない。

無駄に広い玄関に到着してスタンバイ。隣の雨音さんはソワソワしており頻繁に前髪を整えている。少女漫画での彼氏とのデート前の女子か。例えがくどいよ俺。


「いいわね、従姉妹はまだ小さいんだから変なこと言わないでよ」


「下ネタはありですか?」


「話聞いてた? 駄目に決まっているでしょ」


「了解です、グレーゾーン攻めていきますね」


「話聞いてた!?」


するとベルが鳴った。お嬢様の背すじがピーンッと伸びて、かと思えばダッシュで扉の元へ。


「いらっしゃ~い泉ちゃん!」


開いたドアから入ってきたのは小さな女の子。

目はクリッと大きく、頬がピンク色でぷにぷと柔らかそう。お嬢様と同じ黒のサラサラ髪の毛、まるでお人形さんのように可愛い子だ。


「雨音お姉ちゃんっ」


天使か!とツッコミたくなる程の可愛さ。汚れを知らない純粋な瞳が溢れんばかりにキラキラしていて眩しい。純粋無垢ってこういう子のことを指すんだろうね。

泉ちゃんと呼ばれた女の子は雨音お嬢様に飛びつく。子供らしい高くて澄みきった声を出して。


「こんにちは雨音お姉ちゃん!」


「こんにちは泉ちゃん。元気にしてた?」


学校では暗くて不機嫌なオーラを放つあのクソ女とは思えない明るい声。そして女の子を優しく受け止めてゆっくりたっぷり愛おしげに頭をナデナデしているではないか。キャラ変わり過ぎだろ。


「や~ん~、本当に可愛いんだからぁ」


「お姉ちゃんくすぐったいよぉ」


抱き合ってイチャイチャしている。丸々一分はやっている。仲良いってか仲良過ぎるだろ。

その間俺は何も喋らずその光景を見続けている。暇なんですけど。


「雨音お姉ちゃん、後ろの人誰?」


と、ここで女の子がこちらを見た。

目が合い、綺麗でピュアな瞳が俺をまっすぐ見つめてくるのでなんか背けたくなる。子供ってずっと見続けてくるよなー、ホントやめて。ヤンキーとガンつけ合う方がマシだよ。


「この人はね、私の新しい下僕なのよ~。ほら早く自己紹介しなさい!」


女の子には優しく穏やかな口調で、俺の方を振り向いて厳しく荒々しい言葉を浴びせてきやがった。思わず目を細める。

なんだねこの落差は。あと俺は下僕じゃない、使用人だ。いや使用人ってのも認めていないけどな。


「えーと」


どう喋ろうかなと考えているとお嬢様の鋭い眼光が突き刺さってきた。「テメェ、変なこと言ったらどうなるか分かってんだろうなあぁん!?」と無言の圧力がかかる。

はいはい分かりましたよ。息を吸って吐いて、女の子に向けてニコッと笑ってみせる。


「初めまして泉お嬢様。私、火村陽登と申します。雨音お嬢様に仕えておりゅりゅましゅ」


「あぁん!?」


「違う違う今のはマジで噛んだ! マジごめんて!」


だってその子とんでもなく純粋な瞳で見つめてくるんだよ。緊張するだろ。

お嬢様がキレ気味だし大人しく挨拶に徹しよう。小学校の卒業式前にやらされる事前練習のように姿勢正しく丁寧に頭を下げる。いち、に、さんで頭を上げる。はいもう一度練習しましょう。は? 殺すぞ?


「ごめんね泉ちゃん、こいつ頭おかしいの」


テメーも十分に頭イかれているだろ。


「こいつのことは気にしなくていいわよ。さ、こっちで遊ぼ~!」


「うんっ」


ニコリと無垢な笑みで答える女の子と手を繋いだお嬢様。一瞬、俺と目が合う時は顔をキツくしかめて「どけよ」と言って突き飛ばしてきやがった。

雨音お嬢様と泉お嬢様、二人は仲良くリビングへと入っていく。


……残された俺は思う。


「俺、いらなくね?」



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