第72話 夏服最高
ジメジメとした梅雨はまだ続く。憂鬱です。梅雨が終わっても次にやって来るのは暑い夏の季節。嫌ですねぇ。
「行くわよ」
「うーす」
お嬢様と俺は車を降りて学校の中へと入っていく。
周りの奴ら、そして俺らの服装は以前とは違うものに変わっていた。衣替え、制服は夏バージョンへ変わる時期だ。半袖のシャツと薄いズボンは涼しくて過ごしやすいですー。メイドさんの真似ですー。
何より女子が薄着になったことは大変喜ばしい。背中を凝視すればブラ線が見えそうだし日差しの加減によってはスカートも透けそうだ。男子諸君、本気で目を凝らしてみろ。スカートの端が透けて太股が見えてエロイですよ。
「夏服サイコー」
「いきなり叫ばないでよこの変態」
隣を歩くお嬢様がこちらを不快げな目で見つめてくる。何を言われようが夏服ぐへへの理は変わりない。
俺のことを変態と罵るお嬢様もその対象だ。
雨音お嬢様はかなりスタイルが良い。お胸は程良く大きく、薄着とあってはラインが出て見事な曲線を描いている。むむっ、歩く度にぷるんぷるんと揺れているように見えるぞっ。
「ジロジロ見るなエロ陽登」
エロイと思っていた矢先、拳が迫ってきた。まっすぐ俺の顔面へ。避けられず鼻柱に激痛が走る。
「痛たた……っ、テメ、怪我人を殴るか普通」
俺の体を見てみろ。両腕には包帯が巻かれて顔には絆創膏、加えて鼻血なう。エロイ目で見ていた俺に過失があるにせよグーパンは酷くないすか?
恨めしげに睨み返すがお嬢様は無反応、ツーンとそっぽ向いて歩いていった。
「昨日優しかったのはやはり偽の姿か。このクソ女め」
学校内を清掃してくれるおばちゃんが掃除道具を持って歩く横へ大量の唾を吐きつけて俺も校内に入る。今日もタラタラと過ごすか。
ちなみにおばちゃんが殺意の目を向けてきたがスルーしてやった。
夏服ってのは素晴らしい。廊下を歩いて再度実感した。
あぁ、目が潤う。し、あ、わ、せ、草。って、それは野球ゲームの皮を被ったトラウマ生産ゲームやないかーい。
「おはようハル! 今日から夏服で俺はウハウ、ハ……?」
教室の中に入れば真っ先にやって来る芋助。鼻の下を伸ばしてキモイ顔を浮かべていたが一瞬にして真顔に変わった。俺をじぃー、と見つめてくる。
どうしたアホ助、俺はブラしてないから何も見えないぞ。いやらしい目はやめてくれ。
「ハル、どうしたその腕」
「これのことか。実はだな」
「中二病にかかったのかお前ぇ! 腕に包帯巻くとか、うわキモイ」
芋助は一歩下がって引きつった顔をする。口を尖らせて目をヒクヒクとさせている。
一つ言っておこう。俺はね、キモイ奴にキモイと言われることが大嫌いなんだわ。
「しかも両腕。うぇ、くっさ。黒炎龍が二匹も封印されてんの? ハルの体でドラゴンがルームシェアしてんのかよキモ!」
不快げな、小馬鹿にした、ドン引き、それらが混ざり合った瞳をした芋助からの罵声は止まない。
おい拳よ、昨日耳クソ女を殴った時の感覚は覚えているよな。あれと同等もしくはそれを超える威力のパンチ、こいつに撃ち込んでやろうぜ。
「ハルは高二病の疑いがあったけどまさか中二の方とはね。友達だけど引くわぁ。しかも両腕、両腕て! 肉眼では見えない異世界ゲートはどこでちゅかー?」
「二頭を持つキング・レックスの攻撃!」
「だいなそー!?」
両腕を突き出してダブルパンチを放つ。顎を挟む形でパンチはヒット、芋助は後方へ吹き飛んだ。
「痛い! な、何するんだ!」
「プレイヤーへのダイレクトアタックだ。誰の腕が疼くだって? 誰がチート勇者に転生したけど義妹ハーレムで身動き取れない件についてだって?」
俺は中二病でもなければ高二病でもない。放課後の教室で異世界の呪文を唱えたりしないし、やれやれ日常はうるさいなと空を仰いだりしない。そんな恥ずかしくて痛い真似が出来るか。キモイんだよカス共。
はい、今ので全国の中高生を敵に回した。上等だよかかってこいや尻の穴に魚肉ソーセージぶち込んでやらぁ。
「朝から不快な思いをさせるのは控えろ」
「は? 殴っておいて何様だハルのくせに」
「運が良かったな。俺が魚肉ソーセージを持っていたらお前は死んでいたよ」
「ぎ、魚肉ソーセージ? なんで? なんで俺は魚肉ソーセージで絶命する危機があるの?」
騒がしい芋助は放置して自分の席へと座る。今日も教室は平穏です。俺が芋助をぶん殴ったのに誰も気にしていない。慣れってすごいね。魚肉ソーセージで尻の穴を襲いだしたらビックリするかな? あれ、なんだか本気でやりたくなってきた。帰りスーパーに寄ろう。
頬杖ついてぼんやり教室を眺めていると芋助が目の前にやってきた。しつこいなお前。
「待ちたまえハルよ。もう一度言うが夏服の季節になったんだよ。ウハウハだよ」
「ウホウホの間違いじゃね?」
「ウホウホ夏服嬉しいゴリ~、って馬鹿野郎っ」
ノリツッコミだ。全然面白くない。寒過ぎて風邪引くわ。
とはいえテメーの言いたいことは分かる。夏服は素晴らしい。薄いスカート最高。一理どころか千里はある意見を述べた芋助は言葉を続ける。
「周りを見てみろよ、A組の可愛い女子ランキング上位の佐山さんや堀崎さんも夏服だ。こりゃたまらんぜ」
「誰だよそいつら知らねーよ」
「なんでクラスメイトなのに知らないんだよ。ほらあそこでお喋りしている二人だ」
「あぁ東大田原君のやや後ろにいる清楚ちゃんと短髪ボーイッシュのことか。確かにあの二人は顔面整っているよな」
「あ、顔は把握しているんだね。というか東大田原って誰」
「貴様、うちのクラスが誇る英傑東大田原君を知らないとはどういうことだ。学園生活を共にする級友を何だと思ってやがる!」
膝を落として腰を据え、下っ腹に力を込めて右拳を芋助の腹に叩き込む。
唸る衝撃音、吐き出る嗚咽。
「ぐごお!? 腹パンはやめて! 朝食リバースする! つーかやっぱ東大田原なんていないよ級友の名前ろくに覚えていないお前に言われる筋合いはないわ!」
「中々良い悲鳴上げるじゃないか芋野郎。だが次は左の黒炎龍の封印を解く。果たしてこれは耐えられるかな」
「中二病フルスロットルじゃねーか!」
お前のツッコミもフルスロットルだよ。俺達ボケとツッコミが上手く機能しているね。こいつとなら漫才の大会に出たら良いところまで行けるかも。
いや無理だ。自分達が面白いと思っているのか知らんが出場して薄ら寒い漫才をする大学生と同じになってしまう。それは駄目だ。
でもそういや昔アマチュアで決勝までいった人もいたなぁ等と思っている間も芋助はハイテンションを維持したまま、もう一つ咳込んだ後に「じゃあこっちはどうだぁ!」と指差す方向にいるのは、
「雨音お嬢様か?」
席に座って本を読んでいる雨音お嬢様がいた。時折、雑談している女子数人の方をチラチラと見ている。
お嬢様、会話に混ざりたいなら待つのではなく自分から行かないと駄目ですよ。心の中でそっとアドバイスを送る。俺優しい〜。
「我がクラスが誇るのは東大田原じゃなく天水さんだ。見ろよあの可憐さと上品な佇まい、あぁんやっぱり大好きだ~チュッチュしたい」
俺のことをキモイと罵っていたが今のお前の方がよっぽど気持ち悪いわ。
目を細めて何かを抱きしめる挙動をして唇を前に突き出す芋助。この姿を写真に撮ってネットで類似検索にかけたらうんこの画像が出てきそうな、そんな顔をしている。
「いい加減諦めろって。お前じゃ絶対に付き合えない」
「わ、分からないだろっ。何かの拍子で天水さんが俺を好きになることがあるかもしれないじゃないか」
「そういやお嬢様は中二病の人が好みのタイプだと言っていたような」
「くくっ、静まれ我が暗黒の力よ。第二世界の時のようにまた大地を闇に落とすつもりか……!」
途端に右目を押さえて呻き始めた。さっきまで中二病をキモイ扱いしていた奴とは思えない変わり身の早さだなおい。
そこまでして雨音お嬢様に気に入られたいのか。あんな女のどこが良いのやら。
「聖なる大樹ユグドラシルに呼応している……? 馬鹿な、世界樹は六道魔界の結界で守られているはず。もしや奴らが動き出したのか……ぐっ!」
「ぐっ、じゃねーよ。右目が痛いなら眼科に行け。もしくは精神科に行って頭の病気治してこい」
「こ、これはキャラだろ。別に本気で中二病じゃないやい」
「中二とか関係なく元からテメーの頭はイっているんだよ。さっさと精神病院に入院しろ、そして二度と出てくるな」
「辛辣過ぎません!? ……あっ、待て、あれは!?」
元気良くツッコミをしていた芋助の表情が一変する。最初は嬉しそうな顔。それはすぐに変わり、目が大きく開いて口はあんぐり。額から汗が流れている。
「で、でへへ~」
驚き硬直した表情だったが三度変わった。鼻の下を伸ばして開いた口がだらしなく垂れ下がり、口の端からは唾液が零れる。今日一のキモさ。殴りたい、この笑顔。
芋助は俺の方、正確には俺の後ろの一点を見つめてニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべているのだ。どうしたマジで精神病院に行くか?
「天水さんも良いけどこっちも素晴らしいなぁ……!」
「あ? 何を言っ」
後ろを振り向けば隣の席に座る、木下ゆず。
昨日色々とあった木下さんがいたのだ。同じクラスだし席は隣だから木下さんがいるのは当然のことだが、いや、待て、一大事だ。
夏服サイコーと言ってまだ新しいが、再々認識させられたよ。夏服すごい。それ以上に木下さんがすごい。胸が!
おお、胸の膨らみが確認出来るぞ。なんてことだ、雨音お嬢様よりも大きいのでは? おっぱいが制服を押し上げて自己主張している。下乳のラインまでは確認出来ないけど、豊満な存在感がそこにはあった。
これは芋助が驚いた表情するのも頷ける。深夜アニメみたいな爆乳やぽよよん巨乳ってわけじゃない。けど十分大きいしこっちの方がよりリアルでたわわで、あぁ~。
「お、おはよう火村君」
こちらの視線に気づいたのかは定かではないが木下さんがいつも通り頬を染めておどおどしながら挨拶してきた。そのキョドる感じも木下さんの個性みたいで良いよね。なでなでしたくなる。まあ昨日なでなでしたんですけどね!
「おは。昨日はホントごめんな」
「う、ううん平気だよ。昨日は本当にありがとう……」
こちらこそ素晴らしいものを見せてくれてありがとう! マジ感謝ぁ。いつかぜってぇに揉んでやるから覚悟しとけ。
「やっぱうちのクラスの最上位は天水さんと木下さんだな~。ぐへへ、でゅふふ、あのぱいぱいをツンツンしたいよぉ~」
芋助が鼻息を荒くしてゆっくりと迫ってきた。人差し指を前に突き出し、目はカメレオンのようにギョロギョロとしている。涎が顎に垂れついて床に落ちていく様は直視出来ないレベルの気持ち悪さ。
さっき今日一だと言ったが早速ニューレコードだよ、それが一番キモイ。小さなリスやウサギだったら絶命する程のキモさだ。
となれば一般人にだって害はある。俺は吐き気がしてきたし、隣の木下さんは、
「ひっ、ち、近寄らないでくださいクソボケ!」
両腕で自分自身の肩を抱いて大きく震えていた。俺と話している時は紅潮していた顔も今は真っ青になって懸命にクソボケと叫んでいる。クソボケと言っているがこれは言っても仕方ないと思う。それくらい芋野郎がおぞましい顔をしているから。
ん? なんか服が引っ張られている。
「火村君、助けて……」
木下さんが俺の制服の端を掴んでいた。クイッと引っ張ってもう片方の手は俺の背中に添えて芋助に姿を見せないよう隠れている。
「オッケー任せろ」
そんな可愛らしい頼み方されちゃあ断るわけにはいかないですな。
狂気染みた顔をした変態の前に立ち、拳を構える。
「どゅ、どきたまえハル」
「ダークエンペラーインフェルノ腹パン!」
「ぐぼががあっ!?」
またしても会心の一撃を出してしまった。
俺の拳は変態の腹をぶち抜く。変態は奇声を上げて教室の後ろへと吹き飛んでいった。ギャグ漫画かな?




