第71話 お久しぶりなご対面
目が覚めると同時ログインでやってきたのは全身を満遍なく襲う痛み。筋肉痛とはまた違った、ズキズキと痛む痛み。語彙力の乏しさは寝起きってことで許しテイルズオブソイソース。醤油をかける意味を知るRPG。何それクソつまらなさそう。
「ぐあぁ起きるか」
体を起こしても痛みが走る。昨日ボコボコにされた怪我の影響か。大事には至らなかったが割とキツめのパンチとキックを食らったからなぁ。
視線を下げれば両腕は包帯。包帯って変な匂いがするよねぇと思いながら頬に貼りつく絆創膏を掻いてベッドから降りる。
ちなみにここはマイスイートルーム物置部屋じゃない。怪我人ってことで来客用の部屋を使わせてもらった次第。部屋が広い、ベッドは大きい、冷房使い放題と素晴らしい本当のスイートルームですわ。やっと豪邸の快適さを体験した気がする。
「痛いけど動く分には問題ねーなー」
軽く屈伸して痛みが増す。が、別に激痛ではない。
ダラダラと足を運んで扉の方へ移動。いや、待てよ。痛いフリして寝込めばメイドさんも心配して学校休みになるのでは? やっぱ俺は天才だね~。けど気づくのが遅かった。もう扉を開いてしまった。
「あ」
「……」
ベッドに戻ろうと思ったが扉の前には人が立っており、目が合う。そこにいたのは我が主、雨音お嬢様だった。パジャマ姿で、コミカルなデザインをしたアザラシのナイトキャップを被っている。寝起きですか、って……何よ、その顔?
てゆーか久しぶりに会った気がしますね。時間の経過では表せない何かで久しい。話数的な? それタブー的な?
「陽登……顔……」
微かに揺れる瞳。不安げに震える声。
えーっと、顔と言われてもなぁ。顔面偏差値について述べているとしたらかなり辛いんですが。親の遺伝と神のいたずらとしか言えません。
「その怪我……どうしたの?」
しかしお嬢様は俺のブサイクのことを言っているわけではなかった。包帯や絆創膏や痣のことをどうやら心配されているようで。え、心配している……あの雨音お嬢様が!?
思いがけないことに困惑しかける。理不尽で自己中のクソ女が心配してくれるなんてありえるのか。と、お嬢様の手が俺の頬へと添えられて、
「痛いの?」
「ち、ちょっとだけ」
疑わしかったがこれは間違いない。お嬢様が心配してくれている。そっと指で絆創膏をなぞり、手で俺の頬を覆い、一歩前へ進んだ。近づくお嬢様の顔は少し青ざめて悲痛げに目を細めている。
こ、こんなことがあるのか……。慈愛に満ちた、優しい接し方、潤んだお目々。本当にお嬢様なのかよっ。
「ねぇ、何があったの?」
返答に困る質問ですな。むーん、どうしたものか。
真実を話し、メイドさんに証言してもらえば信じてもらえるだろう。
だがしかし、本当のことを伝える必要はあるのか。心配させて余計な気遣いをされるくらいなら嘘を言って誤魔化した方が良いのでは? 心配をさせたくない、その思いが強くなった。
「パンチラ眺めていたら階段から落ちました。だけどパンチラの主がクソブスでさ、もう最悪でしたよ~」
「……はあ?」
おっと目が変わりましたよ。それは人を軽蔑する時の目だねっ。
こいつ頭おかしいんじゃない?って顔をして俺から一歩離れる雨音お嬢様。見事に嘘をつくことに成功。そして見事に引かれることに成功。
「アンタ何言ってるの」
「後ろ姿が良さげで正面に回ったら顔はブスでガッカリすること多いですよね。あれホント罪ですよ、クライムブスです」
「本気で何言ってるの」
「お嬢様も性格はクライムブスですからね」
「ふざけんな」
その声と共にお嬢様の拳が腹にめり込む。昨日耳クソ女に殴られたところだ。
がああ、またしても腹筋が痙攣するぅ。げぼ、おげっ、吐きそう。
「もういい。様子見に来たのが馬鹿だった」
「そうっすねお嬢様はクソ馬鹿です」
「死ね」
「ぐごっ!?」
に、二発目は駄目。マジで腹が痛い。腹が痛くて腹イタリア。クソ面白くない。
雨音お嬢様は「ふんっ」と踵を返してスタスタと歩いていった。それまではふざけたリアクションで立っていた俺だが、お嬢様が見えなくなったところで床に片膝をつく。
あの、マジで意識飛びそうだった。
「あのクソお嬢め……いつもとは違うんだよ、けほっ」
同じところを二回も殴りやがって。本気で痛がって倒れたらまた心配されるから必死に耐えていた俺の気持ちも知らないでよ。まぁ知らないでいいんだけどさ。
だがその甲斐もあってお嬢様は去った。俺がいつもの調子でアホなことをしたと思ってくれたみたいだ。無駄な心配はさせたくねーからな。あと説明めんどい。
「痛てて……はぁ、学校行くか」
体調悪いフリしてサボりたかったがそれしたらさっきの嘘が台無しになってしまう。あのクソ主人を心配させない為にも頑張って登校するか。いつも真面目に登校しろっつー話なんですけどね~。
ふー、痛いけど今日もヘラヘラと笑っていきましょう。陽登君頑張っテイルズオブウスター。ウスターソースの使いにくさを思い知るRPG。




