第69話 誰かの為に
面倒くさいとかだるいとか、そんなの知るか。
助けると決めた以上、絶対に助けてみせる。その為に俺がどうなろうと知ったことか。
ブス三人娘の狼狽えた表情、木下さんの驚いた顔。それらを前にして俺は地面にどっしりと座り込む。
「……カッコイイこと言っているような気がするが、いやお前、え、隠れ巨乳って、何言ってるの?」
真ん中の耳クソ女がそんなことを言ってきた。顔が強張っている。何って、事実を言っただけだろ。
「いつも俯いているから分かりにくいが恐らく木下さんは巨乳のはずだ。夏服が楽しみです」
「そういうことじゃねーよ。なんでこのタイミングでそんなこと言ったのか聞いているんだ!」
んなこと言われてもなぁ。怒りとテンション上昇で思わず口走ってしまったんだよ。要するに、俺にとって木下さんは大切な友達で大切な巨乳ってことさ。まだ触っていないんだ。触るまで良好な関係は保っていたい。何これ、最高にクズだ俺。
まっ、理由も発言もどうでもいい。俺はこうして座ってやったんだ。お前らはお前らで目的を果たせばいいだろ。
「いいじゃんナツミ、こいつボコボコにしようよ」
そうだそうだ、ブスエイリアン一号の言う通りだ。こっちは素直に殴られて蹴られてやるよ。だがなぁ、その代わり、
「木下さんには一切手を出すな」
「はいはい了解でーす。お前の大切なお友達には何もしませーん」
「よーし、ブスエイリアン二号にしては上出来な返しだ。じゃあさっさとしろやクソブス生理イライラ娘共」
こいつらの言いなりになるのはムカつくし殴られるのはクソ嫌だ。けど仕方ないね。俺がボコボコにされて木下さんが無事なら、それで十分。
地面に胡坐をかき、ヘラッと笑いを浮かべる。我ながらキモイ笑顔を作るのが上手いと思う。だって目の前の耳クソ女が苛立った顔をしているから。
「この野郎……上等だ、後悔させてやるよ」
直後、耳クソ女の蹴りが腹に突き刺さった。鋭い蹴りの衝撃が内臓まで届き、我慢しきれず嗚咽がゲロッと口から溢れ出る。
「げおぉ、がはっ……!」
ちょ、ま、マジ? いきなり腹蹴りはキツくないすか?
ガードも構えもしていなかったから思いきり食らってしまった。突然の攻撃に腹がよじれ、慌てて痙攣をし始める。い、痛ぇ……普通に痛い。
「オラオラ始まったばかりだぞ」
「ぎゃはは、カオリやっちゃおうよ~」
「いいねミキ、ボコボコにしちゃお!」
続けて両サイドのエイリアン二人も襲ってきた。うずくまる俺の背中を蹴ってくる。背中ならまだマシ、あ、駄目、背中蹴られるのも痛い。やめてやめてもうキツイ! 我慢出来ると思っていたけどこれ無理ですわ。
平穏な一年間を過ごしたニートの体がリンチに耐えられるわけがなく、開始一分足らずで全身が悲鳴を上げた。痛くて怖くてしんどくて、目も開けられない。
「ミキとカオリ、ちょっとどいてな」
忙しなく襲ってきた連撃が止んだ。おっ、解放されるか? なんてのは甘い考えだった。
恐る恐る目を開けば前方から十分な助走を経て飛び込んでくる耳クソ女の姿が映った。手に持つ、ビールの空き瓶。俺に向けて思いきり振りかぶっている。
さすがに背筋が凍った。脳が全身に緊急信号を送る。避けろと。でなければ本当にヤバイと。
「オラァ!」
元ニートが急に動けるわけがなく、必死に上げた両腕のガードの上から空き瓶が振り落された。ギャンッ!と耳覆いたくなる瓶の割れる音、微かに開いた目から見えたのは、赤い液体が飛び散る様。そして腕に響く痛烈な痛み。
「ち、ちょ待っ、さすがに空き瓶攻撃はやり過ぎ……」
頭は防げたが両腕からは出血。割れた瓶の先で切ってしまったのか。
地面に散らばる瓶の破片と血痕。最初はすごく痛いと感じていた両腕の痛みは引くことなく、それどころか次第にズキズキと増幅していった。まるで鼓動に合わせるかのように、張りつく激痛が腕の表面を掻き毟る。視界が、ぼやける。
「ぎゃははは、今更弱音かよ」
「さっきの怖い顔はどこ行ったのかな~」
割れたビール瓶を持つ耳クソ女の両端に立つギャル二人が耳障りな高笑いをし始めた。ムカつくエイリアンの鳴き声が脳の中にまで響いて頭と体がぐわんぐわんする。
自分自身で分かる。今、俺は混乱していると。痛みと恐怖と追い詰められた状況、腕からの出血に合わせてギャルの高笑いがより一層脳を不安にさせた。
血が流れている。ドロドロとヘドロみたいに溢れる血。駄目だ、本気で泣きそうだ。これ骨は折れてないよね? そこ超不安。
「オラどうした火村陽登。得意の口の悪さはどこいった?」
ちっ、耳クソ女がすごく活き活きした顔をしていやがる。報復が出来るってのもあるだろうけど根本的にこいつは弱い者をイジめるのが好きなのだろう。木下さんのこともイジめていたらしいし。
……そういや、木下さんはどこに行った?
左のブスに突き飛ばされ、右のブスから蹴りを受けて俺は地面に倒れ伏せる。顔が土で汚れ、腕の傷口に砂が張りつく。頭上から聞こえるゲラゲラ声を無視して、なんとか顔を上げたが木下さんの姿はなかった。
どこに行っ、いや、逃げたのか。だとしたらスーパープレイだ木下さん。三人が俺をリンチしている間に上手くこの場から離れてくれただけで十分だよ。となれば俺が攻撃を受け続ける理由もない。
チャンスを伺って残りの体力で全力逃走と決め込もう。
「ひ、火村君っ!」
駄目だ、逃げられない。
俺の背中に覆いかぶさる何か。……木下さんだった。
マジかよ、逃げたんじゃなかったのか。そしてどこから現れた。ミスディレクション?
「も、もうやめてっ」
「あ?」
「何すんのよー、木下邪魔~」
「そうだそうだ根暗は引っ込んでろぉ」
俺を庇うかのように木下さんが背中に覆いかぶさる。俺の脳内、背中に当たっているのは木下さんの腹部だと判断。視覚でも確認。残念。
いやいや、そうじゃなくて!
「おい、何してんの。今のうちに逃げるのが正解だろクソボケ」
いつの間にか顔面も蹴られていたみたいだ。喋っている時に口から何か零れたと思えば血。口の奥が切れて鼻からも何か流れ出ている感覚がある。
っ、クソが、なんで逃げなかったんだよ……!
「これ以上火村君を、わ、私の大切な友達を傷つけないで」
っ! 何を言って……
「あららぁ、根暗ちゃんにしてはちゃんと喋ったじゃん」
「よく出来まちた~。でも邪魔。そこどいて」
ギャル二匹の煽り。加えてパリッと空き瓶の破片が踏まれて弾ける音。
目の上、大きく口を開けてニヤリと笑う耳クソ女が割れたビール瓶を掲げていた。
「それとも、テメーもまとめて血祭りにしてやろうかぁ」
「……げほっ、おいおい約束がちげーぞ、クソヤンキー生理管理ガバガバ女」
俺は何もしない。テメーらの言う通りボコボコにされる。その代わり木下さんには一切手を出さないって約束だろうが。ふざけんなよ……!
覆いかぶさる木下さん。彼女の体は震えていた。きっと怖いのだろう。相手は中学時代にイジめてきた連中だ。当然か。
なのに、立ち向かった。はっきりと言葉で立ち向かって、俺を庇って……
「上等だ火村陽登。次は頭カチ割ってやろうか」
「も、もうやめてください! ひ、火村君を傷つけ、るのは私が、ゆ、許さない! このクソボケ!」
精一杯の、必死に絞り出した、弱々しい悲鳴みたいな声。
だけど響いた。はっきりと、高らかに、立派な木下さんの叫び。
「ウザイんだよ木下ゆず。じゃあまずはお前からだ!」
「っ、ひぃ……!」
木下さんへ迫るビール瓶。耳クソ女の歪んだキモイ顔。
……あーあ、めんどくせーし体中痛くて泣きそうなんですけど。ぶっちゃけ吐く寸前。
けど、やるしかない。黙って見過ごすわけにはいかない。
「こ、の……」
ウザイのはお前の顔面だよ耳クソ女。よってこのイケメン陽登君が鉄拳をぶち込んでやらぁ。
痛みを置き去りに、恐怖を拭い捨て、抑えこんだ怒りとイライラを拳に集約させて、全力で拳を突き放て。大切な友達の為に!
「クソボケがああぁぁああぁ!」
「ぁ、がはっ!?」
自分の骨と相手の頬骨がぶつかる。それは一瞬のこと、二瞬目には耳クソ女の潰れた顔、三瞬目には拳に伝わる心地好い感触を楽しみつつ腕を思いきり振るいきった。
「な、な……」
「ナツミ!?」
俺の放った拳は見事なまでに耳クソ女の顔面にヒット。そのまま顔面を引き裂く勢いで腕をフルスイングして耳クソ女を吹き飛ばした。
吹き飛んで地面に叩きつけられた耳クソ女の傍へ血相変えて近寄るギャル二匹。対して俺は、
「き、気持ち良いぃぃいぃ!」
人を殴った快感を得ていた。うっわ、ヤッベ、全力で人を殴るの超楽しいんですけどー。オナオナするのより気持ち良いかも。拳に伝わる小気味良い感触が……ぐ、ぐへへへぇ。
それと、すげー飛んだなーあいつ。漫画みたいにぶっ飛んだぞ。俺がすごいのか? 俺は上条さんだったのか? 誰もが笑って誰もが望む最っ高のなんたらかんたら。
「ひ、火村君……」
「木下さん」
「う、うん?」
こんな時に言うのはおかしいけど、でも言わせてもらおう。
土で汚れた木下さんの髪を、俺の血と土でクソ汚れた手でぐしゃぐしゃと撫でる。
「自分の気持ち、ちゃんと言えるじゃねーか。やったな」
思わずニヤッと笑ってしまった。俺の助けなしではっきりしっかり自分の言いたいこと言えたじゃん。すげーよ。
一瞬キョトンとしていた木下さん。だけど、俺の方を見て、嬉しそうにニコッと微笑んだ。
そうそう、その笑顔。やっぱ笑っている方が似合っている。
「こ、の……テメェ火村陽登ぉ!」
あ、忘れかけてた。そう言えばこいつがいた。
両サイドのブスに支えられながら耳クソ女は起き上がる。その顔は、とてもじゃないが俺の語彙力では言い表せない程に歪みまくっていた。頬は腫れて、目は大きく見開いて赤く血走り、歯も歯茎も剥き出し、女の子のする顔じゃないよそれ。
「な、な、殴りやがったなこの野郎!」
「え、なんだって? ごめん俺難聴系だから。それとモンスターの雄叫びは聞きたくない系なの」
「何もしないって言っただろうがあぁあぁぁあ!」
耳クソ女改めモンスター女は醜い顔のまま叫び散らす。発狂していますねぇ。マジで魔物みたいな顔だぞ。鳥山先生監修?
確かに抵抗しないと約束した。んで同時に言ったよな、木下さんに手を出すなと。楽しげな表情で木下さん目がけて瓶を振り下ろした時点で約束もクソもあるか。先に破ったのはそっちだバーカ。
「うるさいから叫ぶなニフラム連呼するぞ。木下さんに手を出すつもりなら容赦はしない」
「な、なんだと」
「大体さ、俺の横に木下さんいるじゃん。人質を放置ってどうなの? もう俺を縛るものは何もねーぜ」
三人で寄ってたかって蹴りやがって。おかげで木下さんはフリーだった。今こうして俺の隣にいる以上、人質として機能していない。テメーらに大人しくリンチされる必要はなくなったんだよ。
口を拭えば手の甲には血、両腕からは血。何これ血だらけじゃん。R指定ですかコノヤロー。
「やられた分、三倍にして返してやるよブス三人娘」
自分なりに最高の笑顔を向けてやる。きっと楽しげな顔しているんだろうなぁ俺。俺もどっちかっつーとSなんでね。
ギャル二人が苦い顔して後ずさりする。だが真ん中の耳クソ女は動かない。動かず、依然として鬼の形相を浮かべている。こいつはまだやる気みたいだ。
「テメェ、絶対に許さねぇ殺してやる!」
女の子が殺すとか物騒なこと言わないでくだせぇ。
……とは言え、実際のところヤバイよな。木下さんを救出したものの相手は三人。一斉にかかって来られたら太刀打ち出来ないし再び木下さんを人質にされたら今度こそ動けない。何より耳クソ女は頭に血が昇って激昂状態だ。殺されはしないけど大怪我しちゃうかも。
おまけに、っ、痛ぇ……意外とダメージ食らって俺は激しく動けそうにない。結構キツイ蹴りもらったしビール瓶攻撃だぜ? 寧ろよく立っている方でしょ。
「覚悟しろよ……!」
クソ、どうする。木下さんだけでも逃がさないと……!
しかし考えている暇なんてなく、檻から解き放たれた猛獣の如く耳クソ女が突撃してきて……っ、クッソ……どうすれば!?
「そこまでですよー」
「なっ!?」
視界の両端から現れた黒い影。それが人だと認識した時には二人の黒服の男が耳クソ女を地面に抑えこみ終えていた。
呻くモンスター、驚くギャル二人、困惑する俺と木下さん。え、誰この人ら?
それに、今聞こえた声って……まさか、
「うちの使用人に何をしているんですかー?」
冷静で淡々として語尾の伸びた声。後ろを振り向けば、そこに立っていたのは……俺の上司で、お屋敷に勤める、メイドの月潟沙耶さんだった。
「め、メイドさん? どうしてここに……」
「運転手さんから連絡がありました。迎えに来たけど陽登君がいないと。いつもなら放って置くのですが、嫌な予感がして陽登君の携帯電話のGPSを頼りにここへ来ました」
長々と説明をし終えてメイドさんはニコッと微笑む。いつも見せる、あの微笑みだった。め、メイドさん、ファインプレーですよ……!
やけに都合良く勘が働くとか、いつの間に俺の携帯はGPS搭載されていたのとか疑問は尽きないけど今は気にしない。メイドさんが来てくれた。これ程の安心感はない。
「だ、誰だテメェら……っ」
耳クソ女はジタバタと暴れるが男二人の拘束から逃れられないでいる。黒いスーツを着てグラサンかけた男達。なんだかSPみたい。
と、メイドさんが俺の横を通り過ぎて耳クソ女の前に立つ。奥のブス二匹は困惑した表情のまま固まっている。
「私達が誰とか、あなたが誰とか関係ないですー。ただ一つ、うちの使用人に手を出すことは許しません。これ以上暴れるなら……」
指揮者が曲の始まりを導くように、メイドさんが凛と緩やかに手を上げれば夥しい数の黒服が現れた。瞬く間にメイドさんの後ろに並ぶ黒服グラサン。これは現実か?と思わず口があんぐり開いてしまう光景が広がっていた。
「容赦はしませんよー?」
声だけで分かる。今、メイドさんはとても良い笑顔をしていると。笑っているのに恐怖を突き立てる冷笑がそこにあると。
抵抗していた耳クソ女の顔が一気に青ざめた。状況を理解し、目の前に君臨する二十四歳の恐ろしさに気づいたのだろう。後ろのブスエイリアンは言わずもがな。ガタガタと震えて黒い涙を流している。
「す、す」
す?
「「「すいませんでしたー!」」」
三人娘はメイクの落ちた黒い涙を垂れ流しながら逃げ出していった。あれ程威勢の良かった耳クソ女が泣いて逃げるとは、やはりメイドさんは怒らせたら怖いんだな。
何はともあれ助かった。ま、まぁ気になる点があるとしたらSPの多さ? こんな大人数のSPがいたんですね。こいつらだけで護衛軍が編成出来そうだ。改めて天水家の財力にビックリ。
俺で仰天なのだから木下さんはそれ以上だ。木下さんはカチコチに固まって微振動していた。なんか口から魂みたいのが出ているけど!?
「さて陽登君、何があったか詳しく聞きたいです。が、その前に傷の手当てをしましょうか」
「え、傷?」
突然の出来事に忘れていた。自分が結構な怪我をしていることに。確認する、引くぐらい赤く染まった腕と痙攣している足。
確認して、流れた血の量を見て、そして隣に立つ大切な友達の無事な姿を見て、全身がめんどくせーと強制的にシャットダウンした。
地面に倒れ込む間際、息を吐き空を見上げ、自分の中で誰かが「お疲れさん」と声かけてくれた気がした。




