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第68話 単純なこと

学校の正門とは反対側の裏門。ここからも生徒は登下校しており、裏門を出て住宅街を抜けた先には空き地がある。

久しぶりの全力疾走で乱れた息を整え、額の汗を拭って空き地の中へと入れば、そこにいたのは三人。三人とも、見たことある顔だった。

ブスエイリアンとブスプレデターとヒステリック女、この三人が俺を睨んできている。


「わぁ、どこかで会ったことありますよね。久しぶり~」


「よくそんな舐めた態度が取れるなお前」


この中では一番マシな面をした癇癪持ちクソ女が口を開く。憎しみにも似た苛立ちと明らかな敵意。その矛先はまっすぐビンビンに俺へと向けられている。

こっちは穏やかに話しかけたってのに、何やら向こうサイドは快く思っていないようです。イライラが伝わってくる。生理かな?


「舐めた態度と言われてもさぁ、そもそもなんで俺の電話番号知っているんですか」


記憶が確かならば携帯電話をシャカシャカ振って連絡先を交換したことはない。

そう、お互いに連絡を取る手段なんてなかったはずだ。あるとすれば、残された選択肢を辿れば、


「お前と私達の接点ぐらい分かるだろ。誰が、関係しているか」


……まぁ、そういうことだよな。だから俺は柄にもなく全力疾走した。

こいつらブス女と共通の知り合いと言えば、木下さんだ。こいつらは木下さんに俺の連絡先を聞いたに違いない。

いや、聞いたとか優しい言い方ではないよな。脅して、無理矢理聞いたんだろ。


「そこまでして俺と会いたいとはねー。モテるってのも困りものだな」


「ぃやちげーし」


「お前なんてウチらどーでもいいし」


「テメーらブス二人は論外だよ。俺の方こそどーでもいいわ、帰ってリスカしてろ」


なんだと!とギャル二匹がキレる。相変わらず下品な叫び声しか出せない奴らみたいだな。

そんなブス二人をなだめるように手で制して耳クソ女が一歩前に出る。


「ミキとカオリ落ち着いて。おい、火村陽登」


はい何でしょうか。


「お前のその余裕いつまで持つかな?」


心の汚れたクソ女はニヤリと笑う。ギャル二匹とは違ってこいつは落ち着いている。俺への敵意は剥き出しだが。


「三人で俺をボコボコする的な流れみたいだな」


お礼参りってやつか。反感を買った覚えはないんだけどなー、なんでだろー。

はぁ、わざわざ来てやったのにそんなことかよ。付き合ってられませんわ。


「覚悟しろや」


「いやいや逃げるに決まってるやん」


モンスターとはいえ性別メスを殴るつもりはないし、一対三は……うん、ちょっと。それ程体格差がない上に数で負けている以上、こちらが頑張る必要はない。

となりゃ迷わず、とんずらだ。画面右下のコマンドにカーソルを合わせて……


「逃すわけねぇだろ。おい、出てこいよ」


……っ! ちっ、クソが……そんなことだろうと思っていたが。

視界に映る、女の子。嫌な予感が当たった瞬間だった。



「ひ、ひ、火村君……」


ギャルの後ろ、物陰から出てきたのは木下さんだった。

普通に考えてこいつらが連絡先を聞いただけで木下さんを解放するわけがない。人質にして最初から俺を逃さないつもりなのだろう。沸点低い馬鹿とギャル馬鹿二人にしては考えてんな。

だがな、そんなのどうでもいい。今、目の前で、木下さんの怯えた表情から目が離せない。

汚れた服、乱れた髪、痛々しげな頬の痣が、目に焼きついて心がざわざわと騒ぐ。俺が来る前に何が起きたのか、木下さんが何をされたか、それを考えただけで、あぁ、もう駄目だ。


「逃げたらどうなるか分かるよな」


「ぎゃはは、ナツミってば残酷ぅ~」


「きゃははぁ」


目尻が熱い、歯が軋む、腸煮えくり返って吐く息は湯気のよう。握りしめた拳が痛くて、でもさらに力がこもる。

こいつら、許せねぇ。木下さんを怖い目に遭わせやがって、危害を加えやがって。口を開く。熱を帯びた唸り声が出てきた。


「殴りたいのは俺なんだろ。木下さんは関係ない」


「へぇ、少しはマジな顔も出来るんだな」


「黙れ。木下さんを返せ」


ここまでムカつくのは初めてかもしれない。今すぐこいつら三人ボコボコに殴ってドブ川に沈めてやりたい。


「あぁ木下は解放する。お前をボコボコにした後でな」


お前らも俺をボコボコにしたいんだな。こんなことになるなら、あまり煽らなければ良かったな。感情に身を任せるのも抑えないと。

……ふぅ、落ち着け。そんな反省は後でいい。今この場をどうするかを考えろ。


「ぎゃははっ、覚悟しろし」


こいつらは俺に報復がしたい。俺が逃げれば木下さんに危害が及ぶ。俺は何も抵抗せず大人しくボロ雑巾になれ、と。

大丈夫だ落ち着け。陽登、テメーなら冷静になれるだろ。熱くなって思考と視野を狭めてどうする。出来ることを考えろ。クズの俺だからこそ出来る選択がある。


「じゃあこっちに来……」


「あ、俺帰るんで」


「「え?」」


モンスターギャルが目を見開き、盛りまくりのまつ毛が反り上がっている。


「これ以上ブスの顔見ていたら胸やけするわ。帰って女子アナ観るんで」


踵を返し、三人と木下さんから目を背ける。気怠げに髪の毛掻き毟りながらゆっくり歩く。

そうさ、こんなめんどいこと関わることすら嫌だ。やはり逃げるのがベスト。


「ち、ちょっと待てや! テメェ、こいつがどうなってもいいのか!?」


耳クソ女が喚きだした。すぐに大声出しやがって、生理周期と同じで音量調節も自分で出来ないのかよ。


「木下さんのこと? 別にぃ、勝手にしろよ。とりあえず俺は殴られたくないんで逃げます~」


木下さんを人質にすれば俺が逃げないとでも思ったか。甘いんだよ。

元ニート、性格はクズの俺が大人しく言うこと聞くわけないっしょ。自分が一番可愛いし。俺ちょープリティ。マイボスの時の新垣さんぐらい可愛い。


全ては自分の為、俺が逃げることで木下さんがまた殴られることになっても関係ありませーん知りませーん。


「じゃあなブス三姉妹。顔面修理したらまた呼んでなー」


「ま、待てし!」


「逃げんなし!」


知らないですねぇ。さぁて帰ってニュース番組観よう。ニュースに興味はないけど女子アナには興味ありまくりあそこビンビンしまくり~、げへへ。




……なんてね。本当に逃げ帰るつもりはない。

あいつらの目的は俺。俺を逃さない為に木下さんを捕まえた。俺が逃げて木下さんに危害が及ぶ可能性もあるが今のところは大丈夫。俺が本当に帰って戸惑っているはずだ。

隙を見て木下さんを取り戻す。こっちを追ってきたタイミングで突進して三人まとめて突き飛ばせばいい。あいつらが油断したところを狙い、木下さんを回収して全力で逃げる。我ながら完璧な作戦だ。


大きな欠伸を噛み殺し、のそのそと歩く。ほらほら~、お前らの獲物が逃げていくぞー。早く追っかけて来いやー。


「ふざけんなお前! それでも男か!?」


「テメーみたいな男か女か分からないゴリラと一緒にすんな耳クソ。ちんこ見せればいいの?」


「そういうことじゃねぇ! 人質を置いて逃げるなんて男のすることじゃないって言っているんだよ!」


耳クソ女は狂ったように叫び散らし、木下さんの髪を掴んだ。小さく漏れる悲鳴、木下さんが目を閉じて涙がボロボロと溢れる、っ。

……クソが。沸点低いんだよ。木下さんの超綺麗な髪の毛を乱暴に扱ってんじゃねぇ……!


「ぶわはは、人質取った側がする説教じゃないだろ。悪いけど俺はクズだ。正義の主人公みたく真面目にお前らの言いなりになるかよ」


我慢しろ。まだ行動に移す段階ではない。あいつらが木下さんから離れ、こちらに迫ってくるまで待つんだ。まだ、まだその時じゃない。


まだ、まだ……っっ、ぐ、冷静に、なれ……!

ニヤニヤと笑って三人を煽れ。木下さんから目を背けて怠そうな表情を浮かべろ。

耐えろ、抑えろ、熱くなるな。そう自分に言い聞かせて、握りしめた拳が燃えるように熱くなるのを感じ取る。噛みあわせた奥歯がギリギリと鳴く。それでも、耐えつづけろ。


「テメェいい加減にしないとマジでこいつボコボコにするぞ!」






耳クソ女が狂い叫び、木下さんを投げ飛ばした。

大きな音、地面に叩きつけられる木下さん。小さな体が痛々しく崩れ、声にならない嗚咽が微かに届く。


頭の中で何かが切れた、なんて安い表現じゃない。視界が真っ赤になって全身の筋肉が暴れる。キレた、完全にキレた。あああぁ、もう無理だわ、こいつ、マジで殺す。


「テメェ……!」


「やっとこっちを向いたか。さっさとその場に座れよ下ネタ野郎」


「黙れカス。テメーこそ座れや、そのムカつく顔面踏み潰してやる」


作戦とかどうでもいい。こいつ、こいつらをぶっ殺さないと気が済まない。ゆっくりと離れていった距離を戻り、あいつらの元へ突き進む。

こいつらをぶん殴ってやりたい。そう思う一方で、自分がここまでキレていることが不思議だった。そんなことを考える自分がいた。


……どうしてここまで怒っているんだ俺は。

木下さんが痛めつけられたから? たったそれだけのことで?

他人がイジめられて、それを助けようと思ったのはなんでだ。木下さんを救ってやると決めたのはどうしてだ。

俺は、どうしてこの場に立って他人の為に怒り狂っているんだ……。


「ひ、火村君……逃げ、て……」


そんなの、決まっている。

自分でも、分かっている。


「私に構わず、火村君に迷惑か、かけたくない、から……」


地面にうずくまる木下さんが必死に声を出す。目から涙が溢れて、髪の毛は土で汚れ、頬が少し腫れ上がっている。

あの子を助けるって決めた理由は、それは、


「ぎゃははは、こいつ何言ってんのー?」


「まぁ根暗の木下にしてはちゃんと喋れたじゃん~。じゃあアンタはどうなってもいいんだね~?」


俺はポケットの中の携帯電話を取り出す。起動させて画面を見れば『15:47』の数字が目に飛び込んできた。

以前、やったことがある。もし今から携帯で時間を見て、分のところが五の倍数だったら木下さんを手伝うと。あの時は本当に五の倍数で仕方なくだったけど、今は違う。五の倍数でなかろうと、どんなことがあろうと、木下さんは見捨てない。


簡単なことさ。理由って程のことでもない。ただ、木下さんが、俺にとって、


「だから黙っていろクソブスエイリアン共。それに木下さん、テメーも黙れ」


一歩前に出て、俺はその場に座り込む。両手を膝について、真っ直ぐ耳クソ女と向き合う。


「何を言われようが知るか。俺はお前を助ける。だって木下さんは、可愛い女の子で隠れ巨乳で、俺の大切な友達だからだ!」


面倒くさがりの俺だけど、こんな可愛い友達を見捨てはしない。そこまで腐っていない。

こんなクズの俺がさ、木下さんが暴力を振るわれた時にブチギレたんだぜ。その時点で気持ちは固まった。この子を絶対に助けると。

気弱で口下手で赤面症で、だけど優しく女子力高くてたまに天然あざとい素敵な木下さんの為に、俺は全力で助けてみせる!


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