第67話 突然の電話
今日も授業が終わって清々しい気分。僕ね、とてもハッピーだよ~。今はね~、トイレの個室でケツ丸出しの状態なの~。
「んんんっ!」
クソぉ、クソが出ない。突如として襲ってきた腹痛。ホームルームが終わると同時にトイレに直行した。
俺が何をしたというのだ。たまにあるよね、謎の腹痛。現在こうして気張っているのだが出る気配は全くない。だがケツを仕舞うわけにもいかない。なんか、もう少しで出ると思うんだ。
「か、代わってくれないか?」
コンコン、と目の前のドアをノックする音と聞き覚えのある声。
これは、クラスメイトの東大田原君か。どうやら彼も排便しに来たようだ。しかも急を要するみたい。
「黙れモブキャラ。テメーはその場で脱糞しろ」
しかし俺に慈悲の心はない。この個室を譲るつもりもない。
ドアの向こうにいるであろう東大田原君に冷徹な言葉を打ち込む。
「ひ、火村くぅん……」
そんな弱々しい掠れた声を出すんじゃない。男だろ、ならば堂々と脱糞するぐらいの気概を見せなさいよ。俺は絶対しないけど。
あっ、あっ!と発作みたいな喘ぎ声は無視して携帯電話を起動させる。これは恐らく長期戦になるとみた。俺とうんこの熾烈な戦い。うんこだけにクソな試合を待ってもらうのは申し訳ないので運転手さんへメッセージを送信。
先に帰ってもらって結構ですよ。一応お嬢様にも送信しておくがあいつは見ないだろう。携帯電話を自室の机の中に仕舞っているんだぜ? 見るわけがない。
「運転手さんは見てくれるから別にいいんだけどね……って、お?」
す、少し出ちゃったよ火村くぅん!と叫び狂う声はスルーするとして、知らない番号から着信が来た。
誰だこれ? 画面に映る番号に、ちょっとだけ興味が出たので応答してみる。うんこ出るまでの暇つぶしには丁度良いかな。
「はーいこちら火村。最近好きな言葉は『孕む』でーす」
『……おい』
携帯の向こうから聞こえる声、どこかで聞いたことあるような……。
声音の高い唸り声、恐らくだが女性の声だと思う。お嬢様、いや違う。あいつはもっと綺麗な声をしている。じゃあ、誰だ?
『相変わらず舐めた態度だな火村陽登』
「舐めた? いやいや舐めるのトレンドは終わったよ。今は孕むがイチオシです。女の子を孕ませたいんだよぉ~」
『そのムカつく話し方やめろ。おい火村陽登、今すぐ来い』
キレた口調で命令されて素直に従うとでも思ってんのか。
俺みたいな天邪鬼ボーイはそういうこと言われると嫌な気持ちになるんだわ。よって従わない。つーか、
「お前誰だよ」
『ちっ、分かってなかったのかよ。……私だよ、テメーのせいで喫茶店を出禁になった、木下ゆずの同級生と言えば分かるよな』
「……んあぁ、耳クソ女か」
どこかで聞いたことある声だと思ったが、あいつか。
木下さんと喫茶店にいた時、木下さんを馬鹿にしてきた耳クソ女だ。男勝りな喋り方とヤンキー気質溢れる態度をした、非常にムカつく奴。
「耳クソ女が俺に何の用かな」
『場所はテメーの学校裏の空き地だ。今すぐ来いよ』
おいおい相変わらず耳クソ溜まってんのかぁ? 人の話を聞こうな。会話が出来てねぇよ。
……クソ。状況が分かってきた。こいつが俺に何の用があるか。俺の番号を誰に聞いたか。頭に思い浮かぶ、最近仲の良い女の子の姿。
『言っておくがお前一人で来い。誰か連れてきたら……分かってるよな?』
「あっ、あっ、も、漏れりゅうぅぅぶりゅうぅぅぅっ!?」
『……今の声は何だ』
「今のは東大田原君が脱糞した声だ。ドアの向こうからうんこの臭いがするよ」
『お前どこにいるんだよ!?』
高校の四階、男子トレイの個室です。
限界を迎えたクラスメイトは泣き叫び、ぶりぶりぃ!と屁と共に何かを出しているみたい。俺まだ出してないのに臭いよ~。
『と、とにかくだ! 早く来ないとテメーの連れがどうなるか覚悟しておけよ!』
「んあー、出来るだけ急ぐわ。俺もうんこの途中だし」
『て、テメ』
画面をタップして通話を終了させる。デカイ声を出すんじゃない。不快な気持ちで快便は無理なんですから。
はぁ~……事態は思ったよりヤバイな。通話ではボケ倒したが、本当に急がないと。じゃないと、あの子が、
「木下さんがなにをされるか……っ」
パンツとズボンを履き、扉を開ける。すぐ目の前には、尻を抑えて脂汗滲ませた絶命寸前顔の東大田原君がいた。
ぶっ、あっ、ぶぶっ、あっあっ、と喘ぎ声と放屁が織りなすシンフォニーな演奏は汚くて耳を塞ぎたくなる。
「まだいたのかね君は。高校生でうんこ漏らすのはどうかと思うよ」
「は、半分だけだから。半分しか出てないから!」
歯を食いしばって狂い叫ぶ東大田原君はゾンビのように地面を這いずって個室へと入っていった。
半分だけって、いやそれアウトだから。今日からお前の名前は東うんこ大田原君だ。高校生で脱糞するのが流行っているのかな? この池沼が。
「さて、クソな話は終わりとして……行くか」
トイレを出て廊下を駆けていく。ろくに運動させていない両足を齷齪と動かし、全速力で走る。教師から注意されようが人にぶつかろうが関係ない。急がなくては。
待っていてくれ、木下さん……!




