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第64話 笑ってほしいから

その後も実戦練習を繰り返し、最初は泣いてばかりの木下さんだったが途中からは自分一人でなんとかしようと頑張って最後には俺が行かずしてナンパ男を退けた。


「と、友達を待っているのでやめてくださいボケ!」


「う、うわあぁあん! ハルには笑顔見せるくせにぃ~!」


ボケと言われて男は絶叫しながら走り去っていった。

今のって芋助に似ていたような。まぁいいか。別にどうでもいい。

んだよ、やれば出来るじゃねーか木下ぁ。うちの子はやれば出来る子なんです、とよく母親が言っているが大抵の子供はそんなもんだよ。やらないことが駄目で、自らやろうと思う自主性を培わせなかった母親が悪い。テメーは旦那とヤっていろ。ヤればできるよ、子供が。これ微妙に上手くね?


「お疲れさん。一旦休むか」


一時間程ここでナンパ撃退をやってきた。そろそろ疲れてきただろう。俺は疲れた。暑いんだよボケコラァ。太陽殺すぞ。

木下さんが立ち上がったのを確認して向かうは近くのファミリーレストラン。疲れた疲れた、休憩しよう。


「最後のは良かったぞ」


「あ、ありがとう」


ちゃんと誉めることを忘れない俺マジで有能。教師に向いているのではと思いつつ公務員なぞクソ食らえ~。

実のところ結構気分が良い。ナンパ男を退けられない木下さんを助けるべく彼氏のフリを装っていたのが「あ、今ちょっと俺カッコイイ?」と思えて快楽にも似た優越感を与えてくれたのだ。こんな可愛い彼女がいるんですよと周りに自慢しているみたいでさ、すっごく気持ち良い。ドヤ顔ですよ。


ルンルン気分でムーンウォークしちゃう。木下さんが驚き、すごい!と喜んでくれる中、ファミレスへと到着。

禁煙席へと案内してもらってクールにメニュー表を開いてクールにめくっていく俺クール。木下さんが決まったのを確認し、鍵盤を滑らかに弾くかの如く指でテーブルを叩いていき端の呼び出しボタンを手の甲でプッシュ。超クール。敢えて手の甲で押すのマジでクール。イッツァクール。


「オムライスビーフシチューソースとさっぱり大葉おろしの和風ハンバーグのAセットで」


滑舌良く言いながら且つメニュー表を指差して店員さんに分かりやすく注文する俺マジクール。クールオブクール。熱いは英語でホット、では冷たいは? クールだ。ちなみに学校は英語で言うと? ス、クールだ!


「わ、私の分も注文してくれてありがとう」


俺が脳内でクソつまらないネタを繰り広げていると木下さんがペコペコと頭を下げてお礼を述べてきた。律儀な子だね。そんなことでいちいち感謝する必要はない。うちのお嬢様なんて当然と言わんばかりに鼻を鳴らすぞ。あの馬鹿ムカつく。

料理が届くまで暫し雑談。猫を集めるアプリについて喋り、ぼんやりと木下さんを見つめる。この子はねー、ホント癒しですよ。

冷笑で微笑むドSメイド、アホの芋、社畜母さん、高飛車ワガママ生意気お嬢様に振り回されてばかりの日々で俺の心を潤わせてくれる木下さんはただのオアシスだ。高校に入学させられて唯一の良い点と言えるだろう。この子いなかったら俺は逃亡していたかもしれない。


「あ、あうぅ……そんなに見つめないでください」


じぃ~と見つめ過ぎたせいか、目の前の天使は顔を赤らめてモジモジと俯いてしまった。はいはいごめんね、見つめ合うと素直にお喋り出来ない子だったね。

照れてキョどるのは変わらず。それでも前と比べれば自分からしっかり発言出来るようになっている。十分な進歩だ。よく頑張っているよお前。


「な、何か言いたいことがあるの?」


「いや特にない。強いて言えば、もう俺がいなくても大丈夫かなと思っただけ」


「え……」


自分の気持ちを表せるようになったし、上がり症な性格も少しずつ改善されている。ナンパに至っては正直な話、泣いてしまえば撃退することが出来る。

そうとなりゃ、もう俺のお節介はいらないと思う。本日をもって特訓は終了しても問題ないでしょ。そうだなー、後は今までの報酬としてホテルに連れ込むことぐらいかな。俺の観察眼から見るに実は隠れ巨にゅ、


「い、嫌ですっ」


珍しい。木下さんが声を荒げた。

こちらとしては心の中を見透かされたと思ってビックリしたが、会話の前後から考えて、


「まだ俺が必要ってことか?」


「……」


揺れる視線はテーブルの上を動き回り、木下さんは口をぎゅっと閉じて小さく頷いた。なーにその仕草、ぐう可愛いんですけどー。

必要だとは思わんけどね。ぶっちゃけ、俺がいらぬ世話を焼いて木下さんにあれこれ無理矢理やらせてきただけだ。んな必要にされるとは思わなかった。

両手は膝の上、俯いたまま固まる木下さん。俺は聞こえない程度の小さな溜め息を吐いてコップを手に取る。コップの中身はただの水。俺はただのお節介者。


「木下さんが思っている程俺は良い人間じゃねーぞ。過干渉してくるありがた迷惑野郎だろ?」


「ち、違うよ。火村君のおかげで以前より人と喋られるようになったし、あと、それに……」


「ん?」


「……火村君といるの、楽しい」


最後の方はボソボソと掠れて何言ってるのか聞き取れなかったけど、まぁたぶん悪口ではないだろう。林檎飴みてーな真っ赤な顔も見慣れたものだ。盛大に顔を赤らめるゆずちゃんはチラチラと上目遣いで俺を見てくる。「だ、駄目かな?」と、訴えかける瞳に対して答える言葉は一つしかない。


「まっ、そっちが良いなら俺は構わねーよ。もうちょい特訓続けるか」


「うん!」


おうおう元気なお返事で先生嬉しいですよー。やはり俺は教師に向いている、と思いながら将来はニート~。早く復帰したいものだ。屋敷勤めなぞクソ食らえ。

ふと、前から視線を感じた。まだ少し紅潮した頬のまま、木下さんはまっすぐこちらを見つめており、その瞳は微かに揺れていた。


「ねぇ、どうして火村君は私の特訓に付き合ってくれるの……?」



コップを持つ手が止まり、息も止まる。カランと氷が涼しげに鳴る音が耳に残り、喉の奥が熱くなる。

頭に、心に、浮かんでくるあの頃の日々。いつ思い返しても一緒だ。情けなく、必死にもがく俺の哀れな姿。


「ぁ、そ、その、どうかした?」


「……小学生の時、親父が死んだ」


「っ……!」


コップを持ったまま口が動く。どうしてこう俺の口は勝手に動いちゃうのだろうか。何を言うつもりだ。やめろよ。

それでも、抑えきれない感情が体内から噴き出すように口は開いてしまう。


「過労死だよ。そんでもって母親も仕事漬け。一人で誰かの帰りを待つだけの生活だった」


親父と母さんの帰りを待って、親父は帰らぬ人に。二度と家族三人で会うことはない。それでも母さんにはやらなければならない仕事がたくさんあった。家に戻る暇なんて、俺に構う時間なんて一秒たりともなかった。

仕事に追われる母さんが、親父と同じ道を歩んでいるように感じた。俺だけが一人残されて、どこか遠くへ沈み込んでいく両親の背中が見えて、二人の顔は見えなくて。


「いつも俯いてばかりだったよ。寒さと孤独に震えて、下を向いてばかり。……木下さんが俯く姿が、その頃の俺と重なって見えた」


俺と木下さんでは境遇が違う。歩んできた人生、考え方と生き方、何一つ違うもの。

それでも、この子が下を向いて俯く姿が、あの頃の自分の姿と重なって見えてしまった。自分の気持ちを上手く言葉に出せず、目を伏せてしまう木下さんが可哀想に、そして悲しげに見えた。

……だから、この子を救いたい。この子には笑顔になってほしい。俺が出来なかったことを、俺にはもう届かないものを掴んでほしいから。……だから、


「微妙に違うけど親近感が湧いたんだよ。だからこうしてお節介焼いているんだ」


余計なお世話だし、ニート思考の俺がどうしてここまで他人の為にあれこれ行動を起こしているのか。自分でもアホだと思うよ。常に思う。

でも仕方ないだろ。この子を放っておくことが出来なかった。

自分自身すら救えなかった俺にも、救えるものがある。俯いた状態から前を向くことが出来ず、横に顔を逸らしてヘラヘラ笑うことしか出来ない俺が、誰かの為に何か出来る。理由はそれだけで十分だ。


「つーか、いきなり暗い話をしてごめんな。気持ち悪かっただろ」


手伝ってくれる理由を尋ねられたのに回答が「親父が死んだ」だぜ。引くわ。マジで引くわ。いきなり何言ってんの? 自分の黒歴史を晒してどうした。俺が言われた立場だったら顔引きつっているよ。


「そ、そんなことないっ。火村君の考えが少しだけだけど分かったし、わ、私の為にやってくれているから、嬉しい……」


引かれたと思ったが、木下さんは涙を溜めながら優しく微笑んでくれた。しっかりと、前を見て……っ。

……んだよ、やっぱ俺はもう必要ないんじゃねーの? あなただって、ちゃんと前向いてはっきり喋れているじゃん。


あぁ、あともう一つあった。俺が木下さんを手伝う理由。


「ひ、火村君? ど、どうしてニヤニヤしているの……?」


「いや別に。気にしなくていいよ」


「き、気になるよぉ~っ」


この子には、笑顔でいてほしいと思ったからだ。

人より多く俯いていたからこそ、もっともっと笑って毎日を過ごしてほしい。俺みたいな薄っぺらいヘラヘラしたものではなく、充実した本当の笑顔を。


面倒くさくても余計なお世話でも、俺は頑張ってこの子を変えてみせる。

失くした俺の分まで、今の俺には眩しい程に素敵な笑顔で笑ってほしいから。


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