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第63話 実戦練習

赤と藍色の二色パーカーにリジットデニムのボトム、真紅のタッセルローファーを組み合わせたオシャレなファッションの俺こと火村陽登きゅん。

カッコイイぜ~。ぶっちゃけリジットとかタッセルの意味分かってないけどね。雑誌で読んだに過ぎない。ともあれ自分の中でお気に入りの服でビシッと決めてきたのには理由がある。それは、


「木下さんとデートだからだ!」


腕を組んで仁王立ち。今、俺の後ろには大きな文字で『どんっ!』と書かれているに違いない。俺の場合は海賊王ではなくニート王だが。

木下さんの特訓が名目上の理由にしろ要はデートですよ。テンション上がるんじゃ~い。

雨音お嬢様の執拗な問いかけも躱して待ち合わせの駅前に着いた。あのメンヘラが。俺のこと好きなのかよ。お断りだね。お断り、学割、焼酎は水割り~。気分とは違ってラップのキレは不調だなぁ。


「あ、あほっ」


「あほ? 俺今アホって言われた?」


駅の改札口を抜けて俺の元へやって来た木下さんに開口一番アホと言われた、で間違いないよね。何これテンション一気に下がったんですけど。やだっ、陽登お家帰りたいっ。オカマ口調。


「ご、ごめんなさい、っ、その、噛んじゃって……!」


恒例の赤く染まる顔で木下さんは必死に謝ってくる。あーね、噛んだのね。きっと「あの」と言いたかったのかな。そうだよね。挨拶でアホはキツ過ぎる。嗚咽が止まらなくなっちゃうやつだよ。


「おう。気にすんなアホカス」


大袈裟にはへこたれず俺は気さくな感じで挨拶を返す。語尾にアホをつけたのは少しばかりの報復。根に持っている感が俺の気の小ささを物語っている。なっさっけっなーい。

それはそうと今日もオシャレですね。モスグリーン色のパーカーの上に薄いデニムジャケットを着て、膝丈の白いスカート。木下さんらしい落ち着いた清楚な雰囲気が溢れて且つカジュアル。何より目につくのは帽子。以前俺があげたキャップを被っているのだ。


「それ使ってくれているんだな」


「う、うんっ。……似合ってる、かな?」


不安なのかキャップを深く被って少しだけ俯く木下さん。ぶかぶかのキャップの下から覗かせる照れた表情はグッとくる。グッと!


「おう、似合ってるよ。上手く帽子を組み合わせたなぁと驚嘆しているくらいだ」


メンズのキャップだがバッチリ似合っていた。女の子らしいスカートながら、どこかボーイッシュな感じも出ているのだ。雑誌から飛び出してきたみたいだね、と言いたいけどそれ言うと木下さんが真っ赤になるので控えておこう。

てことで普通に褒めた。そしたら木下さんは頬を赤らめつつも顔を上げてニコッと微笑んで……て、天使かっ!


「ぐおぉぉ……!?」


「ひ、火村君どうしたの?」


天使がぁ、目の前に天使がいるぅ!

え、えぇ? 照れた表情で紅潮させながらも嬉しそうに緩んだ笑みを浮かべるなんて反則だ。可愛過ぎるだろ……っ。キュンキュンしたぞ。恋する時になる現象だからねこれ!?

俺の方まで顔が赤くなりそうだ。お、落ち着けぇ。両手で顔面を押さえ、歯を食いしばって感情の荒ぶりを鎮める。


「はぁ、はぁ……」


「火村君……?」


「ん、あぁ、ごめす。そんじゃあ行くか」


感情は限りなくゼロへ収束。気持ちを抑えることに成功した。ふっ、この俺を侮るな。一般的な童貞男子生徒ならイチコロで堕ちていたであろう木下さんの照れ笑い天使スマイル。

だが俺には効かぬ。鍛え方が違うのだ。普段からゲスな思考を巡らせ腐った視野の世界で生きている俺は一般人とは感受性の構造が根本から違う。普通なら惚れるところも俺には通用しない。

うん、理屈も理由もおかしいよね。とにかく耐えたってことだよ。頑張って意識を保ったの! オーケー!? そこのお前は? ほーけー。よし!


「そ、そのパーカーやっぱり似合っているよ」


「そりゃどうも」


このパーカーは木下さんと一緒にいる時に買ったやつだった。サイズはピッタリで着心地も良い。良い買い物でしたよホント。

薄給ながらも金は増えたし今日また服やら靴やら買おうかな。でもなぁ、金を貯めて逃亡資金か屋敷を壊すハンマーを買う予定もあるし無駄遣いは控えておくべきか。


「今日はな、何をするの?」


「んな構えなくても変なことはしないさ」


ホテルに連れ込む度胸はありません。特訓と銘打てばエロイこと出来そうだけどね。何そのエロ漫画展開。誰か描いて。


「野外訓練とでも言うのかな。実際にナンパを跳ね除ける練習だ」


俺や芋助ではなく本当にナンパ目的で来た男共を相手にする。場所はここ駅前。新幹線も停まる大きい駅の前は待ち合わせ場所として有名で、近くにはショッピングモールやら遊ぶ場所がたくさんある。

となりゃ駅を利用する人は多く、となりゃナンパされる可能性も増える。木下さんクラスの可愛い子がここで一人突っ立っていればオス共は自然と寄ってくらぁ。


「今までやってきた訓練の成果を見せる時だ。遠慮せず全力でナンパ野郎を拒絶しろ。分かったかクソボケ!」


「は、はい。あ……イエッサー!」


あたふたしながらも敬礼をする木下さん。よーし、上々だ。


「ふと思ったんだが今までナンパされた時はどうしていたんだ?」


「わ、私、その……男の人に迫られるといつも泣いちゃって……き、気づいたら誰もいなくなっています」


あぁ、なんとなく想像ついた。

二回程この子と会ったことがあるが全て一人で買い物をしていた。一人で歩けばナンパされる。男に言い寄られ、男が苦手で会話が苦手な木下さんはパニクって泣いてしまう。するとナンパ男達は自分が泣かせたと思い、周りからの目もキツくなり、慌てて逃亡すると。こういうわけですね。

本人が意図してやっているわけじゃないがナンパ撃退の方程式が形成されているみたいだ。……あれ、じゃあ特訓の意味なくね?


「いや細けぇことはいい! 今日は泣かずちゃんと言葉で断れぇ!」


木下さんをズバッと指差して俺は吠える。せっかくの休日を使っているんだ。価値ある一日にしよう。

昨日の自分より成長、明日への繋がる前進。まともな人間がよく言っている言葉だ。俺には全っ然響かない!


「駅前の広場のベンチに座っていろ。呼んでもないのに男共が群がってくるだろう。ちゃんと断るんだぞ」


「う、うん!」


返事は良くなってきたな貴様ぁ。その調子で上手くいけばいいね。

意気込む木下さんに背を向け、俺は移動を開始する。


「ひ、火村君は帰るの?」


「帰らんわ。どこか近くで様子見てる。ヤバかったら助けに行くから安心しろボケカス」


でぇーじょうだ、オラがついてる!と付け加えて俺は広場の端に向かう。木下さんとは反対側のベンチ、なんかカップルが座っているけど気にせず同じベンチに座った。あぁ? 公共のもんだろ嫌ならテメーらが消えろ、とオーラで威圧する。

この位置なら木下さんの様子も見やすくすぐ助けに向かえる。中々に良いポジショニングだよ俺。隣からカップルの嫌そうな声が聞こえるが無視だ。


「うし、始まったな」


木下さんもベンチに座り、さあ始まりました初の野外訓練。

青空の下、木下選手は果たしてどんな対応を見せつけるのかっ。実況は私、火村陽……あぁダルイ。キモ。実況のノリ飽きたわ。早くナンパ来ないかなー。

開始して二分経ったぐらい、歩いていた男二人組が立ち止まり、二人で少し相談した後木下さんの所へ歩いていった。二人して笑顔で何やらペチャクチャ喋っている。


「いやいや……速すぎるだろっ!?」


俺のツッコミに隣のカップルがビックリしている気にしなーい。

嘘だろマジかよビックリですわ。こんなすぐにナンパされちゃったよ。竿を投げてすぐに魚ヒットしたみたいな勢いだぞおい。

さすが癒し系最強クラスの木下さん。開始直後にして早速ナンパに捕まりました。さてさて佐天さん、ここからどう対応するのか?


男二人組はどこにでもいそうな大学生。限りなく黒に近い茶髪と黒縁眼鏡。

対する木下さんは何とか口を動かして抵抗の意を見せているが……あぁ、あかん。完全にビビっている。おまけに目には涙が。しょーがね、助けに行くか。


「うーっす、遅れてごめん。待った?」


小走りで向かい爽やかな言葉をかけると同時に「あれ、こいつら誰?」といった目でナンパ野郎二人を見つめる。そう、まるで俺と木下さんは待ち合わせをしていた風を装う。

木下さんはパッと立ち上がって俺の後ろへ隠れて服の端を掴む。その姿を見てウェイウェイ大学生達はバツが悪そうに慌てて去っていった。お前らにワンチャンはない。大人しくバイトとボランティアやってろ。


「た、助けてくれてありがとう」


「おう、最初だからな。次からは頑張れよ」


それだけ言って俺は反対側のベンチに戻る。「またあいつ来たわよ……!」と彼女さんの不満げな声が聞こえてきたので反撃と言わんばかりにボイスパーカッションを披露してやる。やったことないのでクソ下手だが。


「とぅとぅとうー、とぅとぅとうー」


「な、何よこいつ!?」


俺のボイパに畏怖してカップルが逃げたのでベンチを独占。足を組んで監視を再開する。

にしてもナンパされるの速すぎだろ。幸先良いと言えば聞こえは良い、のか? ナンパされることが良いことか悪いことか判断しかねるがとりあえず次来るのを待っ……て、てて、あれ、なんか男が木下さんのところへ向かって……


「ねぇ君、良かったらお茶でもしない?」


またかよ! 二番目にお待ちのお客様こちらのレジでどうぞ的な流れでナンパが来たぞ! なんだこの例えツッコミ、自分でも意味不明だわっ。

と、とにかく、えー……木下さんってそんなにナンパされるの? どんだけ可愛いんだよ。どんだけ男引き寄せるつもり? 田舎の森の蜜を塗った木に群がるカブトムシですか。だから例えツッコミおかしいぞ俺。


「あ、あの……ご、ご、うぅ……」


そして木下さん。またしても俯いて全然喋れていない。今日までしてきた特訓はどうした。練習と本番は違うと言うが酷いですぞ。チラチラと俺の方を見てヘルプを求めてきているし。

はぁー。仕方ない。まだ座り直して五分も経っていないのに再び立ち上がって向こうのベンチに小走りアンド、ボイスパーカッション。


「とぅとぅとうー、とぅとぅとうー」


「な、なんだこいつ」


「こいつ俺の彼女、いたいけな少女。お前はアホ、そしてケツの穴は処女~!」


「韻踏んでいるようで全然踏めてないけど!?」


うるせー、いいから帰れカスが。マジトーンで「俺の彼女に手を出すな」と言ってナンパ男を追い払う。

横を向けば涙目でぷるぷる震えている木下さん。……はぁ~。


「次は頑張ろうな」


「う、うんっ」


たぶん次も無理だなこれ。


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