第61話 芋が吹き飛ぶ
昼休み、ざぁざぁと降る雨を眺めながら弁当を食らう。
ローストビーフが美味い。弁当にローストビーフが入っているんだぜ? ローストビーフで白米を食える喜びに舌鼓。屋敷に勤めるってのも悪くないね。
いや、悪い。断じて悪い!
働かないでローストビーフを食べるのがベストなはずだ。楽して甘い蜜だけ啜りたい、それこそニートのモットーだ。マジでローストビーフ最高。ローストビーフ超リスペクト。俺は何回ローストビーフと呟き続けるのだろうか。
「もし俺が雨だったなら、俺は永遠に交わることのない空と大地を繋ぎ留めるように誰かの心を繋ぎ留めることが出来るのかなぁ」
目の前ではハッシュドポテトをモサモサ頬張っている土方芋助。やけに澄んだ目で窓の方を見つめ、物憂げな表情で何やらポエムっぽいのを呟いている。
SNSで投稿されていたら是非いいね!を押してやりたい一品だ。ひどく残念なことに俺はその類の自慢公開日記サイトに登録していない。代わりにグーパンチをしておこう。
「ぶりーち!?」
口からハッシュドポテトが吹き出るのと同時に謎の悲鳴も出てきた。汚いんだよ芋野郎。何テメーごときがオサレなポエムを詠んでいやがる。パクリだろうが。
殴られた頬をさすり、芋助は俺を恨めしげに睨んできた。
「な、何するんだよハル。暴力反対だぞ」
「俺はお前の生存権に反対だよ」
「い、生きてはいけないと!?」
驚愕、恐怖、歪んで引きつる芋助の変顔は軽くホラーだった。国が国なら断罪されているレベルだ。決して笑えないけどすごくキモくて不快感を与えてくる、そんな変顔。
「嫌だ俺は生きたい。助けてアシタカ!」
「生きろ、そなたは美しいと言ってほしいのか? 死ね、割と今すぐ死ね」
「原形留めていないんだけど!? ヤックルもビックリだよ!? いや別にヤックルじゃなくてもビックリするだろうね!」
芋助が大絶叫でツッコミを入れてくる。先程の曇りなき眼はどこいったのか、今は血走った眼球をギョロギョロさせ、大きな口から唾と芋と言葉を吐き散らしている。お見事、こりゃ気持ち悪い。
雨音お嬢様がクラスメイトと昼飯食うようになってから俺はこいつと食う回数が増えてしまった。こんなキモイお芋とランチするなんて非常に不快だ。食欲が失せる。
「もぉ~嫌。ハルのせいでげんなりだよ」
それはこっちの台詞じゃアホ。お前の顔面もハッシュドポテトのように潰してやろうか。
「で、最近どうなんだよ」
食事を再開する芋助が不意に尋ねてきた。ひどく曖昧で大雑把な質問。
俺は何のことを言っているか分からないので芋助の頬を叩く。口からジャーマンポテトが溢れ出てきた。
「痛い、どうして俺の頬を叩く!?」
「というかお前の弁当はどうなってやがる。芋料理しかねーの?」
覗きこめば弁当箱の半分は白米で、残りのスペースにありとあらゆる芋料理が敷き詰められている。もれなく黄色のジャガイモばかり。お前、親から虐待されているの?
「別にいいだろ。全部俺の好物なんだよ」
「味覚終わってんなぁお前。死ね、割と今すぐ死ね」
「リピートしやがったよこいつ!?」
目を見開くな。指先がこいつの眼球を潰したいと疼いてしまう。俺ヤバイ人か。
どうしてこの芋野郎は常にハイテンションなんだよ。ガキ使に出ろや。またあの企画やってくれねーかな。結構好きなんだよね。
「ところでハル。最近どうなんだい?」
ポテトサラダを頬張り、芋助がこちらを見つめてくる。キモイ目しやがって。やっぱ眼球を潰してやりたい。
つーか、最近どうなんだって……何が?
「木下さんの特訓は順調なのかってことだよ」
俺の疑問を察したのか芋助が言葉を続ける。
木下さんの名前が出て、俺の視線は自然と横へ流れていく。その先、木下さんがクラスの女子達と輪になってお弁当を食べていた。
女子がペラペラと話す女子力高そうなトークに耳を傾けて、うんうんと頷いている。穏やかな光景ですね。あそこに乱入して恥部を露出したい欲求は心の奥に閉じ込めておく。俺ホントいつか捕まるかも。
「俺が見るに、木下さんは変わってきたなと思うぜ」
芋助が一方的に話すのを聞き流しつつ、ふと木下さんと目が合った。パッチリとした瞳、愛でたい気持ちにさせる童顔がこちらを見て、伏し目がちになりながらも胸元で小さく手を振ってくれた。以前までは目を逸らされていたことを考えれば随分と成長したものだ。
そして周りの女子達がキャーキャー!と楽しげにはしゃいでいる。なぜ俺の方も見てくる? その好奇に満ちた眼差しは何よ。
「以前と比べて笑うことが多くなったというか、表情が柔らかくなった気がするよ」
「マジか。お前如きでも分かるのか」
「お前如きっていう罵り方は新しいな。割と傷つくわ……」
しょんぼりする芋助。知ったこっちゃない。
同じクラスの芋助が気づく程に木下さんは変わっている。その変化が良いことか悪いことか、そんなのは特に気にしない。
でもまぁ、今の木下さんを見ていると思うことがあるよ。以前までのおどおどした態度で下向いていた時よりも今の方が楽しそうにしている。それで十分だ。
「ハルのおかげかな」
「あぁ俺のおかげだよ」
「謙遜の心は皆無か! けど、ハルにしてはやけに協力的だよな」
あ? どういうことだよ。
何やら興味津々な様子で質問攻めしている女子達と、赤い顔で口をパクパクさせている木下さんから目線を変えて芋助を睨む。
なんでハルは俺に刺々しいの!?と涙ぐむ芋助に向けて拳を振りかざすと、慌ててジャガイモは言葉を吐く。
「おおお落ち着けって。いやさ、面倒くさがりでグータラしているハルが他人の為にここまでするのは珍しいなぁと思ったんだよ」
「んだとぉ、俺がお前の為に何回も手伝ったのを忘れたか。はい殴るの決定ー」
拳を掲げて芋助に放……ピタッと止まる。
自分で自分の拳を見つめ、その奥には狼狽した芋助の顔。
「は、ハル……?」
「ん、お前の言う通りだな」
めんどーなことはしたくない。ニートを目指す俺がどうして他人の為にあれこれ頑張っているのだろうか。他人なんて関係ない。自分だけが楽をして生きていければいいのに。
全くもって同意見だよ芋野郎。何を無駄に張りきって他人の世話を焼いているんだか。
……ちゃんと理由はある。
まー、なんやかんやあってね、木下さんとは友達になった。クソお嬢様の相手に疲れた俺を癒してくれる木下さんはオアシス的存在だ。あと仲良くなっていればエロイことが出来そうだから。これ大事。
「それに……」
「ん?」
下を向き、俯いてばかりの姿が……昔の俺と、
「やっぱ何でもない。つーかお前如きに俺の何が分かる。珍しいとかそんなこと言われる仲じゃねーよ」
「また出たお前如き! いやいや俺達もう親友だろ?」
「いいね!」
「そう言いながらなぜ殴ってくるぐああぁ!?」
吹き飛ぶ芋助とジャガイモ料理を見ながら俺は小さく笑った。




