第60話 ワガママお嬢様
「陽登、帰るわよ」
ホームルーム終わると同時にお嬢様がやって来た。友達ができても即帰宅は相変わらずのようで。
普段なら喜んで帰るところだが今日は無理だ。やることがある。
「すいません、俺ちょっと用事あるんで。先帰ってもらって結構ですよ」
屋敷の場所は分かったからバスと歩きで帰れる。楽勝だよボケカスボケェ。
「……また? 最近多くない?」
ジロッと睨んできて不機嫌な声を出すお嬢様。その目やめろ。
最近は木下さんの特訓に付き合っているからお嬢様には先に帰ってもらっている。それを怪しく思うのか、お嬢様の追及は続く。
「部活でも始めたの?」
「この俺がそんなわけないでしょ」
「……じゃあ、まさか、彼女できたの……?」
やけに重たい声だったな今の。いやいや、何の心配してんの?
俺に彼女がいるとでも思ったか。テメーの使用人って肩書きのせいで俺はまだ周りから浮いているんだよ。東大田原君なんて目が合うと怯えた表情をするんだぞ。それは俺のせいか。
木下さん以外に友達はいないし彼女なんてありえない。彼女いない歴イコール年齢の俺を傷つける発言は控えてもらいたい。
「彼女いねーよ。用事があるだけ」
「用事って何よ」
「まぁまぁ、それはね? とにかく帰っていいですよ」
「……用事って何?」
こいつしつこいな。用事と言われても追及しない人が好かれる世の中で、しつこく聞いてくるお前は嫌われるタイプ筆頭だぞ。
はぁ~、めんどくせー。テキトーに理由言っておくか。苛立ちは表に出さず極力愛想の良い笑顔でお嬢様の方を向く。
「友達と遊びます。よろしいでしょうか?」
あながち嘘ではないことを返す。
お嬢様は口を閉じ、じっと見つめてくる。これで納得してもらえるかな。
しかし目の前の女子は突如、目を細めて俺を恨めしげに睨んできた。眉をひそめた表情はまるで拗ねた子供のよう。
「駄目。私が暇なんだもん」
「はあ?」
「帰るわよ」
ぐいっと腕を引っ張ってきた。せいせいせい、苛立ちが止まらない。
「ちょ、何してんの。俺の話聞いてた?」
「うん。でも駄目」
なるほどー、俺が今から用事があることを分かった上で自分が暇だから俺を連れて帰ろうと。そゆことね。頭おかしいね。クレイジーの極みだね。
「んだよ。一人でゲームしてろや」
「うるさい。アンタも一緒に帰りなさい。これは命令よ」
引きずれていくうちに気づけば廊下に出ていた。尚もお嬢様は俺の腕を離さない。このまま連れて行かれてなるものか。
「やめてください自由時間を奪わないでください」
こうしている今も木下さんは待っているんだ。クソお嬢様のワガママに振り回されるなんて嫌だわ。
「陽登は私の使用人でしょ。用事より私の命令を優先しなさい」
「お前を最優先にしろってか。笑えない冗談はやめてください、パンツしゃぶりますよ」
「急に何言い出すのよ。あとアンタしゃぶる系好きなの!?」
まぁシャーペンしゃぶったのは俺じゃなくて萩生君だけど。
授業中ふと見たらお嬢様がそのシャーペンを普通に使っていてウケた。萩生君はそれを見てガタガタ震えていてさらにウケた。
「いいからっ、帰るわよ」
「ぐいぐい引っ張るな。俺ら完全にバカップルみたいになってるぞ」
俺の右腕をお嬢様は両腕で引っ張る。
まるで彼氏の腕に彼女が抱きつくような形だ。あぁん腕に柔らかい感触が~……これはこれで幸せ。うふふ。
ともあれ今この状態、マジでカップルだ。ほら周りから見られているだろ。後から入学してきた謎の男子と学年トップクラスの美少女が腕を組んでいる、こう言えば割と注目度の高い組み合わせかも。実際は使用人と主人の関係だが。
それでも周りからは興味ありげな視線が向けられており、それに気づいたお嬢様は見る見るうちに顔が赤くなって……
「なっ……っ、うるさいうるさい! アンタが素直について来ないからでしょ!」
真っ赤な顔のまま、まだ腕を離してはくれない。そこまでして俺を連れて帰りたいのかよ。
はぁ~……こいつを甘やかした両親とメイドさんを叱りつけたい。ワガママに仕上がり過ぎだろ。もっと寛容で上品で清楚なお嬢様の執事になりたかった。
「むぅ、いいから来て!」
「へいへい、分かりましたよ。帰って一緒にラピュタ観ましょうか」
「ふふんっ、分かればいいのよ」
観念したらお嬢様は満足げに笑う。
俺が折れてあげたことに感謝して自分は恵まれていることを本当に自覚しろお前は。
……あと、了承したのにまだ腕は離してくれないのね。別に俺はいいですけど。本当カップルみてーな状態だよ。俺達ただの主従関係だろ。
空いている手でメールを作成、木下さんに謝罪と今日は中止の旨を送信。ホントごめんな木下さん。うちのワガママお嬢のせいで今日は行けません。
「あの地平線~、ふふっ♪」
まぁお嬢様の機嫌が良くなったからいいか。




