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第58話 特訓開始

「では始めよう。第一回チキチキ! 自分を変えたい思春期の僕私、イエーイ!」


「い、イエーィ……うぅ」


ノリノリな俺のご機嫌なタイトルコールに続く木下さんの声は次第に小さくなって最後は赤面して俯いてしまった。


「おいおいそんなんじゃ自分を変えれないぞ。もっと声を張れぇ!」


「は、はい。頑張ります」


放課後、俺と木下さんは教室に残る。今から始めるのは木下さんを鍛える特訓だ。

気弱で上がり症な木下さんを変えるべく特別講師として俺は手伝うことにした。だらしない俺の性格にしては珍しくちゃんと制服を着て、眼鏡をクイッと上げるモーションをする。前のボタンを閉めるのは初めてだし眼鏡はかけてもいない。俺が意外とマジで取り組んでいることを理解してもらいたい。なぁ木下ゆずぅ。


「やるからには本気だ。今までの人生を否定する勢いでやらなければ本当には変われねー。分かったかクソボケ」


「は、はい」


「声が小さーい! そして返事の際は最後にイエッサーかクソボケをつけろ。分かったかクソボケ!」


「わ、わ、分かりました、ぁ、クソボケ……」


ちっ、最初だから許そう。

俺も鬼教官となり君を鍛えてあげるからな。しっかりついてこいよ。


「気の小さい自分を変えたい。話す時にどもらないようにしたい。それが君の願いだな」


「は、はいイエッサー」


「上がり症ってのはそう簡単には治らない、とネットに書いてあった。でも大丈夫。要は気の持ちようさ。変に意識して緊張するから駄目なんだ」


もっと大胆に大雑把に大股開けばオールオッケーだ。よく知らんけど大丈夫、うん。エア眼鏡をかけ直す仕草をして俺はアドバイスを続ける。


「コンプレックスを深く感じ過ぎなのさ。世の中コンプレックス抱えた人間ばかりだ」


「そ、そうなの……?」


「おう。てことで宿題だ、帰ったらビューティーコロシアム観ろ。変わりたいと願う女性は多い」


「ビューティーコロシアム……?」


首をかしげ返事に困っている態度は無知であると告げているようなもの。んだよ知らないのか。あの無駄に生々しい番組はある意味見応えあるぞ。


「そして次に、気弱な性格だな」


まさにこの教室。バキューム君に詰め寄られて完全に断りきれなかった記憶はまだ新しいはずだ。


「普段からサバサバしろとは言わない。けどいざって時は自分の意見を述べる気概も必要だ。でないとろくな人生送れねーぞ」


「そ、そうだよね……」


シュンとして涙目になっている、あわわっ。


「うわぁごめん落ち込まないで。と、とにかくだ。時にはイエスもノーもはっきり言えるってのは大事だ」


俺の薄っぺらい講義はこの辺にしておこう。木下さんの願いを叶える為に何をすべきか。俺なりに昨日の夜考えてきた。俺優しい。どうしてモテないんだろうね。ニートで性格がクズだからよね。知ってる。

ちょいと閑話休題。俺があれこれアドバイスしたりメンタル面で説いても大した効果は得られない。やはり実際に訓練するのが手っ取り早いと思う。つまり対人訓練だ。


「第一回の本日は助っ人を呼んでいる。来やがれジャガイモ野郎っ」


「どうも~、クラス一の女泣かせ土方芋助だよっ」


前の扉が開いて教室に入ってきたのはキチガイで名高い芋助。ヘラッと笑って俺の隣へやってくる。

まぁ違う意味で女泣かせだな。悲鳴が聞こえてくる。


「よろしく木下さん!」


「は、はぃ……あ、クソボケ」


「え……クソボケって言った? 俺、クソボケ? あ、死にたい」


今度は芋助が涙目になった。お前はどうでもいいから放置しておく。


「早速練習だ。今から芋助が告白する。それをちゃんと断るんだ」


以前のように強引な押しで流されては駄目だ。はっきりノー!と言う力を養う訓練だ。きゃわいい木下さんがモテないわけがない。これからも萩生君みたいな奴は多数出現するだろう。まずは自力で告白を断る力を習得すべき。


「これは訓練だし相手はクソジャガイモ野郎だ。俺も近くで見ているし一人だけで断わってみせろ」


「わ、分かった。やってみるっ」


よーし良いぞその意気込みだ。戸惑いながらも両手をグッと握ってやる気を見せる姿はグッと来るよ。

木下さんの拳がグッとなって俺の心もグッと来て俺の息子もグッと立つ。ちょっと男子ぃ安易な下ネタやめな~、と俺の中の女心が批判してきた。俺に女心が備わっていたのか。ビックリだ。別にいらないので今度ティッシュと一緒に丸めて捨てておこう。


「……あの、ハル君。俺は木下さんとお話が出来ると聞いて来たんだけど?」


「おう、そうだぞ」


「俺が告白して木下さんが断る、だよな。俺がただ傷つくだけのシナリオじゃね? 俺にメリット要素が見当たらないんだけど」


ごちゃごちゃうるせぇ。いいから立ち位置につけぇい!

芋助を蹴って教室の外へ追い出す。お前に人権があると思うな。お前は俺らの都合の良い練習相手なんだよ。分かったら大人しく俺に従えファックユーイエッサー!


「あぁん痛い!」


「俺が合図したら入ってこい。そこからはお前なりの告白をするんだ。上手くいけば本当にオッケーもらえるかもしれないぞ」


「マジか、俄然やる気出てきた」


ガッツポーズをしてテンションが上がっていくのが伝わる。こいつ扱いやすいな。良い具合にピエロだ。頼むぜジャガイモ。

ピエロジャガイモが意気揚々とその場でステップする。頑張れよとテキトーに言って俺は教室の中へ戻り、後ろの方の席に座って木下さんは教壇のところで待機。準備オーケー、シチュエーション良好。それじゃあいってみよう!


「うーし、芋助入ってこい!」


「部活疲れたー……って、まだいたのか。ったく、お前って奴は」


ドアが開いて入ってくる芋助。いつもより低い声でなんか呟いた。わざとらしく木下さんを見つけた後は小さく微笑みをこぼして髪をかき上げる。この数秒でキャラを作ってきたことには感心するよ。


「俺のことは待たないでいいと言ったろ。大会前で忙しいんだ」


どこから取り出したのか、タオルを首にかけて汗を拭う仕草をする芋助。謎の演技力のせいか、汗がキラキラと伝うのが見えてきた。何こいつすごい。


「……まぁ、お前の作ってくれた蜂蜜レモン、美味かったよ」


ここまで芋助の一人演技が続く。机に手を置いて、少し間を空けたと思ったら一呼吸して木下さんの方へ歩き出す。意を決して、引き締まった真摯な表情をして前を向く。誰がそこまで細かい演技をしろと言った。アドリブ力抜群かお前。


「あの試合勝てたのも、お前のおかげかも。蜂蜜レモン、マジビタミンC」


本気で何言ってるの? マジビタミンCって何。マジ意味分からん。

ともあれ時は流れる。芋助はもう木下さんの前にまで来ていた。目と目が合う二人、差し込む夕日は深いオレンジ色。緩やかな静寂が満ちる。


「……はぁ、大会前だってのに。俺、駄目だな。練習中、お前のことばかり考えていた。そして、今も」


一歩詰め寄り、木下さんへさらに近づく。右腕が上がったと思えば一気に壁へと突き出した。壁ドンだった。お前もかいいぃぃ!


「大会に集中したい。このモヤモヤを取り除きたい。だからよ……俺を支えてくれないか? 俺だけの蜂蜜レモンになってくれ」


告白と言えるか微妙な告白しやがったよ。大会や木下さんより蜂蜜レモンの方に意識が持っていかれてるよ。

中断しようか逡巡しかけた時、芋助の息を吸い込む音。何かを叫ぼうとするのが分かった。


「俺の傍にいてくれ、俺と付き合ってくれ!」


壁ドンからの、意味不明な発言からの、最後にズバッと男らしく告白した芋助。おぉ、なんやかんやで最後は一応決まったな。中断はせずに続けるか。

条件は整った。さあ、これを断るんだ。木下さん頑張れ。大丈夫だ出来る。木下さん、まだ一回も喋ってないけど……。


「ぁ、ぁの……その……」


「お前しかいないんだ。お前だけが好きなんだ!」


「ご……ご……っ、ごめん、なさい」


木下さんは芋助を軽く突き飛ばした。途切れ途切れのクソみてーなか弱い声だったけど、ちゃんと言った。よし、今のところ及第点だ。


「駄目だ! お前は俺と付き合うんだ!」


すかさず芋助がさらに攻める。バキューム君の強引な押しが効果的だったことを知っているからだ。一歩も引かず攻めて迫っていく。キモイな。

けどこれを拒絶しなければならないんだ。引き続き頑張れ木下さん。


「……ぅ、うぅ」


後ろの席からは芋助のキモイ背中が見え、その奥に縮こまる木下さん。

顔が、完全に怯えている。え、泣いてるじゃん。


「なぁいいだろ!」


見えないけど恐らく芋助の血走った眼球が木下さんを捉えて離さないのだろう。

バキューム君以上にレイプ臭がする。エロ漫画なら脱がされる寸前のやつだ。


「げふふ、な、泣き顔も可愛いねぇ……こひゅこひゅ」


変態すら引く程の超絶気持ち悪い声を出しやがった。うおぉ、なんじゃあいつキモっ!?

ヤバイ、距離の離れた俺が気持ち悪いのだから至近距離にいる木下さんなんて……!


「ぁ、ぁ……ゃ、だ……っっ」


木下さんはガタガタ震えて顔が真っ青、両目から溢れる涙は止まらない。

おいおい新たなトラウマに襲われているよ。お化け屋敷で泣く子供のレベル以上に恐怖で泣いているじゃねーかー。


「げひひ、こ、こぽぽぉ。もう我慢出来ないぶぶぶ~」


席を立ち、早足で向かう。頭の中でドクターストップって言葉が巡る。これ以上は危険だ。木下さんのメンタルがもたないし、何よりキモ芋が暴走する寸前。

変態芋野郎の後ろに回り、両腕を使い、変態の腰を持って腹に力を込めて、


「最初とキャラが変わってるだろうがボケェェ!」


勢いよくバックドロップをかます。踏ん張る両足を崩さず芋助を思いきり床へ叩き落す!


「ぎゃああぁ頭がぁ!? し、死ぬ、頭割れて死ぬ!」


周りの机に当たって激しい音と共に悲鳴が轟く。この馬鹿が、やり過ぎなんだよ。訓練じゃなければ余裕で通報していたぞ。

床でのたうち回る芋助。この馬鹿が。唾を吐いておく。ペッ!


「頭がぁ……はっ? 脳みそ出てる!?」


「だったら喋れないわボケが。木下さん、大丈夫?」


芋助に蹴りを入れてもう一度唾を吐き、俺は木下さんの傍へ。

さすがにこれは無理だよな。俺の人選が悪かった。すまんな。


「……こ、怖かった」


「まぁそうだよな。俺も引いてる、って……」


ポスン、と軽い音が胸元から聞こえた。同時に感じる温もり。ほんわかと広がって暖かく、何やら良い匂いが鼻をくすぐる。

驚いた。なんと、木下さんが抱きついてきたのだ。


「え、え、どしたん?」


「ごめんなさい……こ、怖くて……うぅ」


俺の胸元に飛びついて木下さんは泣く。ぐすぐす、と鼻をすする音と小さな悲鳴。

あーあ、本当に嫌だったんだね。萩生君より酷かった芋助の迫り方。第一回目の特訓にしてはキツイ相手だったか。いきなり変態だもの。RPGで言ったらゲーム開始直後でいきなりセフィロスと戦うようなものだ。あいつも変態だし。


「ひ、火村君……っ」


「あー、よしよし。怖かったねー」


ここで抱きしめると俺はただの彼氏になっちゃうのでやめておく。代わりに木下さんの頭を優しく撫でて気持ちを落ち着かせることにした。

サラサラの髪の毛は撫で心地が良く、ずっと触っていたい。何これ、女の子の髪ってこんなにサラサラなの? オーバーな表現じゃなくて本当にサラサラだ。さらっさら~のさらさーてぃー。

にしてもこの俺が女子の頭を撫でることになるとは。ラノベの主人公みてーな真似はしたくなかったのに。あれでしょ、ラノベだったらこれで木下さんが俺に惚れるんでしょ。ちょろい世界だね。羨ましい。俺も転生してハーレム築いて無双したい。


「んんっ……」


撫でていると聞こえてきたのは木下さんの嬌声。胸元に顔をうずめ、くすぐったそうな声を出している。その姿は妙に艶っぽい。何この最強レベルの可愛さ。下手したら俺も告白しちゃいそうなんですけど。

まぁ最初だからな。失敗だったが大目に見てやる。次からまた頑張ろうぜ。


「まだ改善点があるな。今度はちゃんとしろよ」


「う、うん」


木下さんは顔を赤くしながらも小さく頷き、俺の制服をきゅっと握る。そこそこ密着しているけど胸同士が触れていないのが残念だ。むにゅむにゅを感じない。もっと抱きしめてきてもええんやで?

どうにかしておっぱいを触れないか考えていると芋助が起き上がった。頭を押さえて血が出ていないか確認している。


「ぐわぁ痛い……加減を知らないのかよハルの馬鹿野郎」


「馬鹿はお前だ。そして変態野郎が。明日女子全員に今日の顛末を話してお前を存在的に殺してやるよ」


「や、やめろ! 教科書ズタズタに引き裂かれちゃうだろ!?」


「つーかお前消えろや。俺は今から木下さんのおっぱいを堪能する」


と、抱きついていた木下さんが少し離れた。

あれ、なんか今、引いた? 別の意味でも引いたよね。


「い、嫌だよクソボケ」


ここでクソボケって言うんかーい。思わずズッコケそうになる。俺は芸人か。

ち、ちゃんと言えるじゃねーか。あわよくば本当に触ろうとしていたのに拒否されちゃったら何も出来ない。


「やるじゃねーか。その調子で頑張るぞ」


「う、うんっ」


涙を拭き、懸命に笑おうとする木下さんにまたしてもグッときた。

癒し系女子ってこんな子のことを指すのだろうなー。うちのお嬢様とは真逆の存在と言ってもいい。不思議と守ってあげたくなる、ニコニコとしてしまう、そんな魅力が木下さんにはある。

悪い男に引っかからないようにしないとな。俺がサポートしてやるぜ。


「とりあえず芋助はマジで二度と俺らに近づくな。マジでクラス全員にバラすぞ」


「マジでとか言わないで! マジ感がマジで出てるからマジで!」


「マジックミラー号パンチ!」


「意味が分からんマジでぐはぁ!?」


あの素敵な企画を思い浮かべながら本気でパンチを繰り出す。

吹っ飛んだ芋助は放置。木下さんと二人で教室を後にした。


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