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第55話 エンジョイカラオケ

受付を済ませて部屋に入る。狭い室内はどことなく安心感を与え、L字のソファーは固くどっしり、天井から下げられたミラーボールがクルクルと回る。スタンダートな普通のカラオケ屋って感じだな。

けれどお嬢様は普通の反応をしていなかった。


「こ、これがカラオケ……ほえぇ」


室内をキョロキョロ、照明を見てソワソワ、マイクを手に取ってジロジロ観察している。そのマイクをにぎにぎする動作やめ。なんかいやらしい行為をしているように見えるだろ。お前は俺にティッシュを何枚消費させるつもり?

入室してからの行動と視線の動き、さらには先程の入店時の態度からして一つ分かることがある。俺はそれを躊躇いなく声に出すことに。


「お嬢様カラオケ初めてなんですね」


「ち、違うわ。女子高生なんだからカラオケぐらい何度も来ているわ」


バッとこちらを振り向いて声をまくり立てる雨音お嬢様。定まらない視線とプルプル震える唇のくせして何を嘘おっしゃいますやら。

初めて来たのは明々白々だ。分かりやす過ぎる。それにさ、ボッチだったお前が来るとは到底思えないんで。

噛みつかんとばかりに見つめてくる大きな瞳を無視して俺はソファーの端に腰を下ろす。


「陽登こそ来たことあるの?」


「ネカフェにカラオケもあったんで何度か」


漫画や雑誌に読み飽きたらカラオケしていたよ。あぁ懐かしい。オープン席からカラオケ席に移る時のスムーズさならば世界最速だよ俺。

それに中学生の頃にウゼー奴が誘ってきた。けっ、無駄に懐かしい記憶だぜ。真面目なくせしてよく遊びに誘う奴だった。そう、あいつは……


まぁそれはいい。昔の話さ。思い出を振り返るのは同窓会と死に際で十分だ。うち一つ、同窓会なんぞに参加する気は毛頭ない俺は死ぬ時に全力で思い出を振り返ろう! 何この宣言?

中学時代の思い出を掻き消しつつ俺はデンモクを取ってお嬢様に差し出す。キョトンとするお嬢様。ほらね、何も分かっていない。


「先に歌っていいですよ」


「こ、これで歌うの? マイクは?」


「ぼふっ」


や、ヤベェ、ツボに入った……!

笑いが止まらず腹が痛い。その場で俺は悶え苦しむ。腹筋が死にそう。


「な、何笑ってるのよ!?」


いやこれは笑うだろ。ぶぶっ、お金持ちってすげぇ。ボッチってヤベェ。こいつ、俺の腹筋を壊すつもりか、っ、あっははは。

デンモクでどうやって歌うんだよ。DSのマイク的なノリですか? 画面のワンちゃんに話しかけるのかな? ニンテンドックス懐かしいよね。

爆笑のあまり滲み出る涙を拭いながら俺は必死に言葉を吐き出す。口角が上がりまくって上手く喋れないよ。っ、腹筋が痙攣してきた。こ、呼吸が。


「何度も来ているから知っているとは思いますが、このリモコンで曲を選ぶんですよ」


「ぇ…………あ、し、知ってるもん!」


ですよねー知ってますよねーいやーさすがは女子高生だーJKだー。

お嬢様は俺から機械をひったくると荒々しくソファーに座って睨めっこ開始。唸りながらリモコンの画面を見つめ、手に持つタッチペンが小刻みに震えている。テスト用紙に向き合っている時並みの真剣さだ。

あーあ、聞いてくれたら教えるのにさ。変なプライドが邪魔して俺に聞こうという選択肢は見えていないご様子で。

聞かれないなら俺もアドバイスはせずジンジャエールを飲む。口に流れ込む微炭酸に舌が痺れる。この程良い炭酸が素晴らしい。


「ううぅ、ぬぬう……!」


睨めっこ開始から十分は経った。未だに歌わない雨音お嬢様。顔をしかめて苦しげな唸り声を上げている。

テレビ画面流れるCMみたいのも見飽きた。賑やかな空間なのに沈黙が続く謎の時間。


「アイスコーヒー美味いわー」


ファーストドリンクを飲み干して二杯目をおかわりした後もお嬢様はまだ悩んでいた。アホの子なのかな?

ストローを回してガムシロップを混ぜていると何やら視線を感じる。横を向けばお嬢様が俺を見ていた。助けを求めるような子供の目をして。


「ねぇ、は、陽登」


「お呼びでしょうか?」


「……なんでもないっ」


開きかけた口を閉じ、ぷいっと目を逸らした。そして画面との睨めっこを再開。

はぁー、プライドが高いってのも問題だな。素直に聞いてこいよ。このままでは閉店までこの調子だろう。昼寝してもいいが金払っているのだから少しは歌いたいぞ。

埒が明かない。はあー、しょうがない奴め。頭をガシガシと掻きつつ席を立ち、お嬢様の隣に移動する。


「な、何よ」


「見せてください。やり方教えます」


曲を探していたのか知らないが、なぜか履歴を表示していた。違うその項目じゃない。歌う曲探す時のヒントとして使うことはあるが今じゃない。いつ見るの? 今でしょ? ノンノン、連れが知らない且つ盛り上がらない曲を熱唱して自分が暇な時に見るんです。

ちなみに前の客はアニソン縛りでやっていたみたいだ。ハガレン好きなのね。履歴のページは消してー♪


「曲名か歌手名で調べればすぐ出ますよ」


「で、出ないもん」


「曲名を間違っているか新曲はまだ入っていない場合があります。アーティスト名は?」


「……えっと」


ボソボソと喋る微かな声は聞きにくいが言われた通りにタッチパネルを押して入力していき検索。はい、すぐに出てきた。すぐ隣で顔を覗かせていたお嬢様が「あ」と小さく声を漏らす。


「こ、これ。これよ」


「後は転送すればオッケーです」


ピピッと電子音が鳴ってテレビ画面が変わる。やっと一曲目だよ。

テレビ画面に映るのは派手な衣装を身に纏った若い女共の映像。最近流行りのアイドルの歌だ。若者に人気のアーティストなのでミュージックムービー付き。


「やった!」


先程とは打って変わり、お嬢様は嬉しそうに立ち上がると歌い出す。


「~♪」


初カラオケだが稽古や習い事をやってきたので音楽関連は達者のはず。お嬢様の歌は上手だった。つーか激ウマ。なんだこいつ。これで初カラオケかよ。

両手でマイクを持って姿勢良く歌う姿は見ていて微笑ましい。何より、精一杯歌って画面の歌詞を目で追いかけるお嬢様は、あぁカラオケ楽しんでいるなぁと思えた。いやぶっちゃけ画面に映るアイドルよりお嬢様の方が可愛くて素敵だよ。初々しさがヤバイよ。……ズルいなぁ、こいつ。

曲が終わるのか、次第に音が小さくなっていきお嬢様はやり遂げたと言わんばかりに胸を撫で下ろしている。画面下に消費カロリーという「これ別にいらなくね?」といつも思ってしまう謎の数値が出たところでお嬢様は安堵に満ちた顔でソファーに座り込んだ。息遣いは乱れ、興奮した目は今もギラギラと輝いている。


「お、おぉ……これがカラオケ……!」


「カラオケデビューおめでとうございます」


「うん、ありが……あ、違うカラオケ初めてじゃないもん!」


もうそれいいから。バレバレだから。初カラオケでも選曲に十分以上悩まねーよ。いるとしても最初に歌うのが嫌だから曲選ぶの悩むわー、と時間稼ぎをする中学生ぐらいだよ。


「で、どうしてカラオケに行こうと思ったのですか?」


尋ねつつ視線はデンモク。曲を探す。何歌おうかな~。


「……クラスの人にカラオケ行こうって誘われた」


「友達の前で恥かきたくないからその前にカラオケに来たってことですね」


「そうよ、悪い!?」


キレないでください。今日はやたらと俺に噛みついてきますよねやめてくださいファックしますよ。ホント、素直になれない奴だなぁ。


「別に悪くねーよ。それならそうと早く言ってください。一応俺は使用人なんでお嬢様のお手伝いしますよ」


さっき給料もらったことだし、嫌々だけど働いてやるよ。カラオケ行くのが仕事だとは思えないけどな。そして給料は酷い有様だったけどな。


「……ありがと」


「礼はいらないんでマイク貸してください」


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