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第53話 初任給

「陽登、今日暇よね」


いいえ違います。今日は昼ドラを観る予定がありますので。はーどすけじゅーる。

朝食のトーストを飲み込みながらお嬢様に向け、二本の人差し指を交差してバツマークを作る。ノーのサインだ。


「は? 暇でしょ」


威圧的にもう一度聞いてきた。ギロッと鋭い目もセットで。普通の使用人なら主人がこのセットで問いかけてきたら顔を青ざめて高速で首を縦に振るだろう。

しかし俺を侮るなかれ。奉公の喜びに目覚めていない俺には効果がありませーん。牛乳で口内のトーストを流し込み、息をつくように溜め息一つ。めんどくせーなー。


「あのですね、友達のいないお嬢様と違って俺は暇じゃないんですよ」


「な、何よっ。私だって、その、と、もだちはいるんだから」


しどろもどろになりながらもお嬢様は言葉を返す。頬が少し赤く、照れているのが分かる。


「お言葉ですが、ぼきぼきメモリアルはゲームです。ゲームのキャラは友達とは呼ばないです」


「違うわよっ、ちゃんとクラスに友達いるもん。今日だって一緒にお昼食べたもんっ」


パリーンッ、とやけに響く音。振り返ればシェフがお皿を落としていた。棒立ちのまま固まり、口はあんぐり開いて目は大きく見開いている。驚き、驚愕、ビックリ仰天と言った顔だ。あ、全部意味同じか。いっけね♪


「はっ、も、申し訳ありません」


意識を取り戻したのか、シェフは慌てて皿の破片を拾い集めている。申し訳なさげな顔だが心なしか目は潤んで涙が溢れそう。


「ほらな」


「な、何がよ」


何って、シェフの反応見てみろ。驚きながらも嬉しさのあまり涙ぐんでいる。あなたに友達ができたという信じがたい事実を喜んでいるんだよ。


「つーか? 友達いるならそいつらと遊んでこいよ。俺は忙しいっす」


至極まともな反論を返して俺は視線をテーブルに戻す。ウインナーがジューシーだ。俺のウインナーもジュー言わせねぇよ!? はい一人で我が家ネター。

今俺が述べた通りだよなぁ。友達がいるなら友達と遊べよ。なんで俺が貴重な土曜日を潰さなくてはならんのだ。


「うるさい、いいから今日は私に付き合いなさいっ」


「シェフ、俺セル編まで読んだので今なら瞬間移動出来そうです。一瞬で箒持ってきますよ」


「無視するな額に指添えるな!」






飯を食べ終えて自室へ向かう。この長い廊下を歩くのも慣れたものだ。

結局、俺が了承するまでお嬢様のアタックは続いた。メンヘラかな。

今からお嬢様に付き合わないといけないのは大変面倒くさい。足取りが重くなるのは致し方ない。足取りが重いのはいつものことだが。


「陽登君」


「あ、どーもです」


廊下を歩いているとメイドさんとエンカウントした。

ちなみに俺はクソブスとすれ違う時、RPGでモンスターとエンカウントした音を口ずさむのが癖である。メイドさんはブスではないが何となくエンカウントしたって表現がしっくりくるんで。

俺は頭を少し下げ挨拶をする。メイドさんも微笑み返してその場に立ち止まる。


「丁度良かったです。陽登君に渡す物があります」


「解雇通知っすか!」


「そうだとしてなんで嬉しそうなのですか?」


ニートを目指す者として働くという行為自体が論外なんですよ。故に使用人として屋敷に奉仕する現状は耐え難い。クビにするならどうぞウェルカムさ。


「解雇通知ではありませんよ。お給料です」


「給料……?」


はいどうぞと渡されたのは封筒。……な、なん、だと……!?


「つーか俺って給料もらえるんすか?」


「陽登君も一応は使用人として雇われている身分ですよ。当然です」


はあ、そうなんですね。うちの母親のことだからタダ働きだと思っていたんだけど。

にしても……なんだ、この気持ちは。心が、ざわつく。


「どうかしたのですか?」


「自分でも分からないっす。嬉しいのか悲しいのか」


初めてのお給料。働いて稼いだ金に喜びを感じる一方で、あぁ俺は労働してしまったのか……とニートから遠ざかってしまった自分に嘆く気持ち。苛まれる葛藤に思わず頭を抱える。


「こんなんじゃニート王にはなれんぞ俺ェ……!」


そんな俺の様子をメイドさんは冷ややかに見つめて額を押さえている。その嘆きに満ちたリアクションやめてくれません?


「独特の葛藤のようですね、私には理解出来ませんー。でも喜んで良いと思いますよ。お給料はかなり、のはずです」


かなり?

その言葉を受けて自然と封筒を持つ手の力が強くなる。封筒の厚さを調べている俺のフィンガー。


「勤務を完璧にこなしたかと言えば全然ですし寧ろ問題を起こしてばかり。それでも、働いたことには間違いありません」


駄目な使用人ですいませんねぇ。ただし改善はしない!


「要するにです、お給料はかなり良いということですよ」


そう言われたら期待してしまうのが人間の性。視線を落として恐る恐る封を開けて中を覗く。

札束が入っていた……。な、なんだこれは。札束……札束だ!?


「うおぉ、大金だ」


驚き、驚愕、ビックリ仰天。今まで触れたことも生で見たこともない厚みを持つ札の束がそこにはあった。測れば僅か数ミリの厚さであっても一枚の価値を知っていれば手は震える。

こ、こんなにもらえるのか。高校生がお小遣いとして与えられる金額とは比べものにならない。すげぇ、マジすげぇ。俺の中の葛藤に決着が着く。労働の喜びが芽吹いて沸き立った。


「いやー、感無量ですね。働いて稼ぐという喜びに絶頂しそうです」


「良かったですね」


「あぁ~イクイク、イキそう」


「頭の神経イってますねー」


メイドさんの呆れ顔にも見慣れましたよ。汚物を見るようなその冷たい目が俺にとっては逆に興奮作用をもたらすことに気づいていないんだろうな。全裸を見られて性的興奮を得る露出狂に似た心境だ。

いやぁ、それにしても大した金額だ。ウハウハだよ。頬が緩むのが抑えきれない。課金ゲーム始めそうかな。ラブカストーン何個分だよ。


「陽登君の給料ですが、家賃と食費を差し引いたものからさらに大幅に減らしています」


「へぇーなるほど…………なるほど?」


悦に入ってスルーしかけたが脳が喜びスイッチを切る。少し落ち着け、今ちょっと変だったよな。良からぬ言葉が聞こえたよね。

給料から差し引いている、だと……? 目線を上げればメイドさんのきょとんとした顔。可愛いとか思っている場合じゃない。


「生活費を引かれるのは当然ですよ」


「いやいやそこじゃなくて。なんで大幅に引かれているんですか」


「陽登君のお母さんがそうしろと。無駄遣いをさせない、逃走させない為に給料は少なめにしろと言われたので」


へえーなるほど理解しましたあのクソババアぜってぇ許さない。

頭の中に浮かぶ母さんの顔。その顔面に向けてうんこを投げつける。けれど怒りは収まらない。

おいおいふざけんなよ。俺だって一応働いているんだよ。その労働に見合った金をもらうのは当然だ。それを、なんで。おいババア! クソババア!


「そしてさらに」


脳内で母さん目がけて大量のうんこを投げ込んでいるとメイドさんが俺の手から給料袋を取り上げた。中から札束を取り上げ、数枚だけを返してきた。最早封筒すらない。

……手中には福沢のおっさんが二枚と樋口のババアが一枚。ま、まさか、


「渡す金額は少なく、お給料の大半は陽登君の大学進学の為に貯金させると言っていましたよ」


芽吹いたばかりの労働精神が一瞬にして枯れた。同時にニートの猛る思いが大地から溢れ出す。


「前言撤回、労働ってクソですね」


「でも働かないと生きていけませんよね」


そういった現代社会のジレンマを聞きたいわけじゃない!

おいおいおいおいおい、何ですかこの仕打ち。マネーたくさんウハウハ明日からハーゲン食べ放題と思わせておいて渡す金額はちょっとだけ。お前のハーゲンねーから! ホームランバーちびちび舐めてろ!と言われた気分だ。上げて落とすとはこのことか。

しかも大学の為に貯金するだぁ? まるで俺が進学すること前提の話じゃないか。大学でウェイウェイするつもりはないぞ。サークル入ってボランティアするつもりはねーぞ!


「初任給、おめでとうございますっ」


「無駄に明るい笑顔やめてください。わざとでしょ……」


メイドさんのニッコリ鬼畜スマイルを見ながらマジで再認識した。労働ってクソだと。ニートがやっぱり一番だ。

それでは♪と機嫌良くスタスタと去っていくメイドさん。手にした初給料をポケットに押し込み、俺の足取りは先程以上に重たくなっていた。


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