第49話 それぞれのお昼
「天水さん、良かったら一緒にお昼食べない?」
「え、ええ。いいわよ」
戸惑いながらも席を立つお嬢様とその周りでキャピキャピと嬉しそうにはしゃぐ女子が数人。
ここ最近、お嬢様の表情が柔らかくなった。俺のスーパーがつく程のアシストのおかげもあるが、やはりお嬢様自身が変わったのが一番の要因だろう。
「わぁ、天水さんのお弁当美味しそう」
「ふん、当然よ。うちの一流シェフが作ったのだからっ」
……相変わらず高飛車で偉そうな態度は変わってねーけど。
ああいった性格だから優しく生温い目で見守ってと伝えてあるからクラスメイトも怒らないで接してくれるだろう。
ちなみに以前、女子二人が俺に話しかけてくれたことがあったが、あれは俺と話したいのではなくお嬢様と話したかっただけらしい。俺を通じてお嬢様と仲良くなりたかった、だったとさ。
あんなにツンツンしてたクソ女とも仲良くなりたいというウチのクラスの女子の寛大さに拍手を送る一方、俺が可哀想でしかない。ぐすん。端的に言えばぶっ殺すぞ女共。
まぁ色々あったが、遂にお嬢様に友達ができた。
あの日を境に、両親に会ってからあいつは変わった。不機嫌な顔をする回数が減り、ピリピリと尖っていた雰囲気は削れて丸くなった。
それは自分の中で一つの答えを出した結果だろう。一人でイライラしているより、開き直って明るくヘラヘラした方が楽しいはずだ。そうした方が今度両親と会った時により楽しく過ごせると分かったから。日々の生活を我慢して耐えるより、ストレスを溜めず気楽に過ごして待つ方が遥かに良いに決まっている。
両親と会える幸せを知っているから。両親だけに囚われず今の自分にあるものを俯瞰した目で見て、今を過ごすことが出来る。
「でも皆のお弁当も質素だけど美味しそうよ。私のには足元も及ばないけど」
良かったな、友達ができて。あとはその態度治そうな。できたばかりの友達失うぞ。
さて、お嬢様は女子と飯食うみたいだし俺は一人ボッチ飯を堪能しよう。
「わぁ、ハル君のお弁当美味しそう」
開いた弁当からハンバーグを奪っていく芋助。
俺の許可なく口内へ放り込み、ソースのついた指をペロペロ舐めている。
「うんっ、美味しいね!」
恍惚とした顔がムカつき、メインのおかずを奪われたことが激しくムカつき、俺の拳はグーになる。唸れ、しなれ、襲いかかれ、我が鉄拳。
「ふぅ、イキそう……ぶべぇ!?」
テメーがハンバーグで絶頂迎える変態野郎とか関係ねーよ。
芋助の顔面に拳を撃ち込んで吹き飛ばす。おかずを奪った罪、万死に値する。
「な、殴ることはないだろー」
「ふざけんなクソ虫、人様のハンバーグ食って許されると思うな」
まだ殴り足りない。こいつの顔面をクレーターにする程に殴り散らしてやる。
俺が指の骨を鳴らしながら睨みつけると、芋助は頬をさすり渋々といった様子で自分の弁当箱を開けた。
「お前今日は弁当持参か」
「たまにはね。分かったよハル、代わりに俺のメインおかずをあげよう」
俺に差し出される肉じゃがの芋。肉ではなく芋。ジャガイモ。
……。
俺はそれを手で受け取る。片足で立ち、上半身を捻らせ、引き伸ばされた筋肉の反発を解き放つように右手を大きく振るい、
「おらぁ!」
ジャガイモを思いきり机の上に投げつける。
「俺のジャガイモーっ!?」
飛び散るは肉じゃがの汁、轟き響くは芋助のシャウト。教室に満ちる、あいつら何やってるの?感。
だが俺は本気だ。本気で怒っている。激おこだよ。ぷんぷん丸だよ。
「お、お、おま、おっ、おま」
「んこ?」
「何言ってるの!? いやいやお前ぇ! 俺のあげたジャガイモを投げつけるってどういうことだよ。しかもトルネード投法で!」
芋助も怒っているのか、俺に詰め寄ってくる。近づくな、芋の臭いがキモイんだよ。
「だからふざけんなクソ虫が。こんな芋きれ一つでハンバーグと釣り合うわけないだろ」
せめて肉じゃがだろ。なんで芋だけなんだよ。投げつける以外に用途がないだろうが。
「俺にとってはかけがえのないおかずだぞ」
「俺はワカパイかな」
「そっちのおかずじゃねーよ。つーか古っ、いつの世代!?」
テレビで観たことはないです。ネットの画像ですね。
「そうじゃなくて……あーぁ、お芋さんが可哀想。食べ物を粗末にするなんて見損なったぞハル!」
「確かにワカパイはリアルタイムで見損なったけどさ」
「まだワカパイのこと言ってるの!? いつまで夜のおかずトークしてんの? いやだから食べ物粗末にするなって言いたいんだよ」
「だったらお前が食べろよ」
「え?」
机に叩きつけられたジャガイモは崩れていない。まだ食べられる。
「粗末にするなと言うならお前が食べろ。まさか人に言っておいて自分は食べないとかありえないよなぁ?」
「と、当然だ。寧ろ嬉しいくらいさ」
じゃあいただきます、と箸を持つ芋助の手。俺はその手を箸ごとぶん殴る。
痛っ、と叫ぶ声に続いて箸が宙を舞って教室後ろの壁まで飛んだ。芋助の顔が困惑で歪んでいく。
「え、え?」
「お前のメインおかずなんだろ。手や箸なんて使わず直接口で食べろよ」
「……え!?」
自らの手を見て、後ろを振り返り床に落ちた箸を確認し、最後に俺を見る芋助。
しばらくの沈黙、やがて口を開く。
「……箸をあそこまで弾き飛ばす必要性を見出せないんだけど」
「さ、食べようか」
「さっきからハルとまともに会話している気がしないんだけど!?」
「いいから食べろよ。まさかお前、人様に言っておいて自分は食べないとか言わないだろうな」
歯を食いしばってぐぬぬと唸っている。が、一つ呼吸をして芋助は口を開いた。
「上等だ。黄土色に輝く野菜界のトパーズを食らってやる」
馬鹿って扱いやすい。テキトーなこと言ったのに煽られたと思って本気で実行するあたり馬鹿だ。
芋助が顔を机に近づけていく。その口先がジャガイモに触れるところで、俺は芋助の頭を掴んで机に押しつける。そりゃもう全力で。
「もがもがっ!?」
「オラオラさっさと食えよクソ虫がー。卑しく豚のように喚けボケェ」
暴れる芋野郎の頭を決して離さずグリグリと押し込む。必死こいてもがけオラァ。
「ぶ、ぶひぃー! ぶひひ〜っ」
やりすぎかと思ったが、芋助はかなりノリノリで豚になりきった。こいつホント馬鹿だな。




