第46話 罰だからこそサボるべき
汚れた軍手。嗅げば土の匂いがする。
体は軋み、腰に蓄積された痛みと全身に浸り尽くす疲労感。首にかけたタオルで額の汗を拭って大きく一息つき、俺は一言呟く。
「やっぱ労働ってクソだな……」
地べたに座り込んでゴミ袋に背中を預ける。積まれた数個のゴミ袋の中には雑草がぎっしりだ。これ全部俺が積み上げた。
学校をサボって雨音お嬢様と空港へ行った日の翌日、俺を待っていたのは草むしり。
お嬢様を連れ出した罰だとメイドさんに言われた。ちなみに昨日の夜も屋敷を掃除させられた。銀の飾り物とか磨かされたよ。Agが嫌いになりました。
「陽登君終わりましたか? 次は物置小屋の掃除をしてください」
ニコッと笑っているが命令はえげつない。俺を休ませないつもりだ。このドSお姉さんが。
確かに俺のやったことは良くないことだったけどさ、結果的に親子三人会えて幸せってこれだったんだね的なハッピーエンドで収まったんだからそれでいいじゃん。お嬢様の機嫌が良くなってメイドさんも気が楽になったでしょうが。
なぜ俺ピンポイントでペナルティ? すごく不本意なのでやはり今一度抗議をしておくべきだ。
「やっぱおかしいっすよね。なんでこんなことを俺が」
「急がないと晩ご飯に間に合わなくてご飯抜きになりますよ~」
「物置小屋ですね了解です」
即座に立ち上がって移動する。
さすがに飯抜きはヤバイ。死ねる。さっさと片付けよう。文句言っている暇すらねーぜ! ふぉう! イエーイ!
……はぁー、やっぱ無理。テンション上げてみたけど無理。すごーく面倒くさい。
どうして、この、俺が、雑用を、しなくちゃ、いけないん、だ。声のボリューム最大にしてシャウトしてやりたいこの気持ち。
俺は将来ニート王として後世に名を残す男なんだぞ。堕落色の覇気使いだ。そんなのはない。
俺は何もせずぼーっと過ごして天寿を全うする生涯を送るつもりだ。それなのに、なーぜ掃除なんてしているんだ。吐き気がする。ついでにうんこ漏れそう。
「ちっ、いつかこの屋敷内で脱糞してやるから覚悟しておけよ」
クソだけにクソみてーな宣言をして俺は物置小屋に辿り着く。物置小屋と言ったがはっきり言ってその枠に収まるような大きさではない。
倉庫、と言った方がしっくりくる。屋敷の裏側にあるこの物置小屋ですら立派だ。大きな扉には南京錠があって上には監視カメラも設置されてある。
ここまでして中には特に大した物は入っていないんだと。この前メイドさんに聞いた。要は捨てられないガラクタを収納している巨大な蔵と思えばいい。
「げほっ、げほ、埃ぃ!」
埃に半ギレしつつ中へと入れば、静まり返って暗くひんやりしていた。埃が多いのが気に食わないが暗くて静かな空間は要塞を彷彿とさせて引きこもりの俺は落ち着く。
捨てられない物を置いておく場所ってのは現俺の部屋と同じ環境だからな。落ち着くのは当然のことなのか。なんて悲しい。俺には埃かぶった場所がお似合いってか。ファックだよ、超ファックだよ。
愚痴を言っても始まらない。早くしないと飯抜きにされてしまう、さっさと掃除するか。
タオルを口元に巻き、はたきと箒を構えて、俺はその場に倒れ込む。そして目を閉じる。
「寝るか」
罰を受けている最中、急がないと晩飯がない、こんな埃だらけの場所で、俺は何も臆せず堂々とサボることにした。
な、なんだこいつは。凄すぎるぜ。ただ面倒くさい、その思いだけで躊躇いもなくサボっているのだ。頭おかしい、それと同時に素晴らしい! マーベラス! マーベラスエンターテイメント! ルーンファクトリー!
「罰なんてクソ食らえだ。それじゃおやすみなさい〜」
「おはようございますー」
返事が返ってきた。閉じていた目が開く。
あれ、今の声、メイドさんでは……
「なーにやっているんですか陽登君~?」
倉庫の入口、ニコニコと笑いながらも全身から黒いオーラを出しているメイドさんが立っていた。目元はピクピクと動き、額には怒りマークが見える。漫画の世界かな?
あー……まさか俺もサボり開始十秒で見つかるとは思っていなかったです。
これはマズイ。かなり焦る。
「お昼寝をしています。メイドさんもどうですか。陽登の横、空いてますよ?」
焦っているにも関わらず気さくにサラッとボケに移行出来る自分が大好きだよ。さすが俺。
世界を変える時代の人間ってこういった常軌を逸する人だと思うんだわ。俺も世界を変えるのかな。いや面倒くさいから引きこもっておきます。
「掃除しないで寝ているのはどういうことなのかな~」
メイドさんの声に苛立ちが増す。あ、これマジで怒られそう。
だがそれでやめる俺ではない。舐めるな小僧。俺はニトニトの実のニート人間だ。そんなのはない。
「ここ涼しいですよ。一緒に寝ましょう」
「もっと良い場所で誘うべきじゃないですか?」
「もっと良い場所ならオッケーしてもらえるってことでオッケー?」
「そんなわけないよね何を言っているの?」
「オーケー、俺はほーけー」
「本当に何言っているの?」
変なラップもやめてください、と追加で述べてメイドさんは俺を足蹴りしてきた。
や、やめ、脇腹蹴るのやめて。くすぐったいよ~あぁん。
「マジで晩ご飯抜きにしますよ」
「メイドさんに添い寝してもらえるなら我慢出来ます」
「一日三回し続ければ陽登君を餓死させられるのは魅力的なんですけどねー」
あ、あなたも急に何を言っているの? しれっと酷い死因に追い込もうとするのやめてくださいよ。
この間も足蹴りは続いている。痛くはないけどくすぐったいしマゾヒストに目覚めたくないので起き上がることにした。はいはい、ちゃんと働けばいいんでしょ。めんーどーくーさーいー。
「陽登君」
「何ですかー?」
「……」
あん? なぜに黙る。
無言に引きつけられて振り返った先にはメイドさんが微笑をやめ、真剣な眼差しで俺を見つめていた。珍しい表情で、何を思っているのか分からない。
「ありが……いえ、なんでもないです」
「? はぁ、そうすか。もしかしてやっぱり一緒に寝たくなったとか?」
「寝たくないです。そして陽登君は晩ご飯抜き決定ですー」
添い寝してもらえないのに飯抜きだと!? 何気に暴挙だよ酷いよファック連呼だよ。
メイドさんは踵を返し、俺の方は振り向くことなくスタスタと屋敷に戻っていく。……最後の真面目な顔は何だったのだろうか。少し気になる。
「ありが……って、もしかしたらお礼を言うつもりじゃあ」
いや、それはないな。何に対しての礼か分からないしされる義理もない。そしてやっぱ別に気にならないわ。さぁ元気良く、気にならないわ! なぜ元気良く言ったのかは特に理由ナッシング。
晩飯がもらえないのが決定したことだし、これ以上頑張りたくないので再び寝ることにしよう。




