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第44話 再会した二組の親子

「……パパとママに会えるの?」


「このまま順調に電車が走って飛行機の出発時間までに着けば会えるだろうな」


電車は走る。そりゃもう速い。

あとは新幹線に乗り換えて空港に向かう。メイドさんに聞いた話が正しければ、お前の両親の搭乗する飛行機の時間には間に合うさ。


「……いいのかな」


あ?


「学校サボって……」


顔を俯かせたお嬢様が細々とちいせぇ声で不安げに呟く。


「どうせ学校に行ったところで勉強に集中出来る精神状態じゃなかっただろ。いいんだよたまには休んだって」


皆勤賞とかクソ食らえだ。少し休んだって進級出来ればいいんだよ。健康の証と記念のボールペンをもらって何が嬉しい。そんなものより数日の休みの方が遥かに魅力的だね。


「つーか俺が休みたかったんで。都合良くお嬢様を利用してサボったに過ぎませんよ」


やってしまったことは仕方ないさ。今から引き返してもホームルームどころか一限目にすら間に合わない。今日は大人しくサボろうぜ。


「火村……」


「あ?」


「その……あの、ね」


「なんだよ」


「……お父さんが死んだのって、いつ?」


恐る恐るといった口調で尋ねてきたが、いやいや、お前デリカシー皆無か。

人の不幸について詳しく聞いてくるなんて頭おかしい。口走ってしまったのは俺だけどよ。そこに触れます普通? 常識的に考えてナイーブなところだろ。


「小学校を卒業する直前だったかな」


そして律儀に答える俺もどうかと思う。

……まぁ、話してやるよ。


「親父も母さんも仕事人間、寝る間も惜しんで働く社畜夫婦だったよ」


常に仕事、家にいることは皆無。三人揃って団欒するなんて年に数回。ろくに構ってもらった記憶がない。


「仕事仕事&仕事、さらに仕事。小学生の息子放置で仕事だよ。そら俺も捻くれるわ」


分かっていた。二人が忙しいことぐらい。


だから俺なりに頑張った。一人で出来ることはやって良い子にしていた。

洗濯や掃除にゴミ出し。少しでも二人が楽になって、一緒にいられる時間を増やそうとガキの俺なりにやった。


でもな、何も変わらなかったよ。

会えない日々が続き、それどころか親父が死んだ。


「頑張っても幸せにはなれなかった。なら無駄に頑張るのはやめだ。ダラダラとのんびり気楽に一人で過ごした方が良いに決まってる」


努力は報われるなんて嘘だ死ね、とまでは言わないさ。頑張ることが大切だというのも分かる。でも俺の場合は違うんだ。つーか努力云々とか論点がズレてる。


頑張ることに疲れた。馬鹿らしくなった。

親父が死んで、それでも働く母さんと一人ぼっちの自分を見て分かったんだ。辛い思いして健気に待っても二人は帰ってこないと。

なら俺はダラダラとヘラヘラと生きることにした。

辛い思いをしない為、ニートで自由気ままに過ごして自己満だけの世界で笑おうと。


「……アンタも私と同じだったんだね」


変な共感を持つな。


「はいこの話終わり。俺のことはどうでもいいんだよ」


外の景色に目を向けて口を閉じる。少し喋り過ぎたわ、はっず。だせーよ俺。

チラッとお嬢様を見れば、こちらを見返して時折顔を伏せる。


その姿が、動きが、昔の俺みたいだった。昔の俺にそっくりだった。

あの頃の俺と重なって見えて、またしても勝手に口が開く。


「帰ってこない親に苛立つのも分かるけどな。それでも親に対して死ねとか言うな」


普段から死ねを連呼してる俺が言っても説得力ゼロだけど。

けどなぁ、死ねとか……やめとけ。


「死ねって思って本当に死んだ時、引くぐらい泣くぞ」


「……うん、ごめん」


分かったならいいんだ。

そこからは互いに何も話さず、お嬢様は俯き、俺は横を向く。


……俺はな、逃げたんだよ。

幸せから目を背け、辛いことだと誤魔化し、一人でのんびりすることが最大限の幸福だと勝手に正当化して逃げたんだ。ヘラヘラ楽しく過ごすってのは建前に過ぎない。現実と現状、自分自身から逃げていることだと分かっている。

それでも、あの頃の俺にはこれしか出来なかった。幸せと向き合うことを放棄して自分の気持ちを投げ捨てることしか出来なかったんだ。


でも、お嬢様よ、お前はそうならないでくれ。

毎日を楽しくグータラ過ごす中で自分の中に一つ、大切なものを持ってほしい。両親と会うことが幸せならば、それを大事にしてほしい。俺みたいにならないように。

空っぽの心のくせに楽しく過ごせるはずがないんだ。心底楽しみたいなら心が潤っていなくてどうする。

何より、両親には会ってほしい。生きているうちに。俺には、もう無理なことだから。











空港へと着き、途端に迷う。

広過ぎるのだ。圧倒的な大きさにどこへ向かえばいいか全く分からない。


「うわぁ……やっぱ帰りません?」


一気にやる気が失せた。

どこかファミレス行って飯食おうぜ。あっ、俺クーポン券とか持っていますよ。何年も前のやつですが。

使用期限が切れたらただの紙切れだよね。財布を圧迫するだけのゴミでしかない。しかもクーポン券とか捨てるタイミングが中々なくて、


「こっちよ」


うわわ、え?

お嬢様に手を引かれ、走る。まだ頭の中はクーポン券あるあるで埋まっているというのにぃ。

どこへ向かっているのやら、お嬢様は早足で進む。もしかしてお嬢様、


「どこに行けばいいのか分かんの?」


「パパ達の見送りで何度も来てるし飛行機に乗ったこともある。二人がいつも使っている航空会社も知ってるわ」


迷わず直進してエスカレーターに乗ってグングン進んでいく。

さっすがお嬢様、空港に慣れているんですね。インスタント味噌汁すら作れない駄目な女と思っていたけど少しだけ見直しました。


「その調子だぜお嬢様。あっ、あのエスカレーターみたいな動く床のやつ乗ってみたいです」


「遠回りになるから駄目よ」


「えぇそんなぁ。嫌だ嫌だ嫌だ!」


「な、何よ急に!? 駄々こねないでよっ」


残念だ。一度乗ってみたかった。テレビでよく出ているやつだよねあれ。俺からしたらアトラクションみたいなものだよ。なんとしても乗ってみたい。

しかしお嬢様のエンジンは止まらない。今朝は死んだ目をしていた奴とは思えない強い力で俺を引っ張っていき、動く床の横を抜けていく。

さらに奥へと進み、見えてきたのはゲート入口。これまたドラマでよく見る金属探知機のやつだな。


そこに、順番待ちしている数人のうち一人を、俺は知っている。肉親だからね、一応ね。

その横にはスーツを着た男性と女性。もしかしてあれが、


「ぱ……ま、ま……」


「お嬢様……って、うおっ!?」


横から飛び出てお嬢様はまっすぐ突進。美しい黒髪をなびかせて、綺麗な洋服をひらめかせ、両手を広げて、跳んだ。


「パパ、ママぁ!」


「あ、雨音!?」


「どうしてここに……わっ」


飛びついてきたお嬢様を受け止める二人。

一人は男性、高そうなスーツを着て整った口髭と精悍な顔つき。でもどこか穏やかで優しげな雰囲気を感じる。

もう一人は母親だろう。こちらもスーツに身を包んで、お嬢様によく似た優美な黒髪がキラキラと輝いている。若々しく凛としていて、いかにも仕事が出来そうなキャリアウーマンと言った感じ。


やはりこの二人が雨音お嬢様の両親か。そうか…………こいつらが……!

おっと、それは今関係ないぞ俺よ。心の底にしまっておけ。


「パパぁ、ママ……会いたかった、っ……ふえぇ……!」


「雨音……」


「わざわざ来てくれたの……?」


一目見ただけで一流貴族だと分かる二人。

その二人が今は、泣きじゃくるお嬢様を優しく抱き締めている。

どこにでもいる、ただの家族の姿……。


「ふ、ふ、ふええぇぇぇ……」


父と母どちらの服も掴んでお嬢様は声を上げる。泣いて、それでも必死に二人にしがみついて、まるで子供のように抱きつく。


……良かったな、会えて。

見ているこっちまで微笑ましくなる光景だよ。素敵やん。


「陽登……何、してるの?」


あ、ヤベ。忘れかけてた。

微笑ましい親子三人の横から出てきた女性。スーツを着て荷物を抱える女性、母さんだ。つーかババア。


「どうしてここに……あ、アンタ……!?」


困惑していた表情はすぐに消え失せ、俺を睨み突進してきたではないか。

あ、もう理解しました? さすが母上様ぁ、お元気でっすか~?


「母さん会いたかったよ!」


俺もお嬢様みたいに両手を広げてみる。感動の再会だねママ!

そこへ母さんが迫り、手前で跳躍、


「何しとんじゃこの馬鹿息子ぉ!」


「ぶべぬくっちゅ!?」


四十代とは思えぬジャンプから放たれる高い位置からの膝蹴りが俺の顔面を捉える。右の頬骨から鼻にかけて抉り込む蹴りの衝撃に耐えることなど不可能で俺は吹っ飛んだ。


「この、この馬鹿アホ息子ぉ!」


背中から倒れ込んだ俺に跨って母さんは両拳で殴りかかってきた。凄まじいラッシュが俺の顔面に追撃をかける。

おいおいこのババア本気で殺しにかかってるぞ。死ぬ、死ぬって! 意識が飛びかけているんだけど。ヤバイヤバイヤバイヤバイ!?


「パパ、ママ、ううぅ……」


「母さん……げほっ」


見てよこの違い。感動の再会をするお嬢様と瀕死の俺。は、鼻血が止まらん。

俺も泣きそうだよ。お嬢様とは違う意味の涙が溢れそうだよ。顔面はボコボコに腫れ、リアルに星が視界の中を旋回している。

こ、これ顔面ヤバイことになっているんじゃないの。せっかくのイケメンフェイスが台無しだよ。このクソマザー、全力パンチじゃねーか。


「雨音さんを無理矢理連れてきたのね……このぉ、人前で歩けないぐらい顔面ボコボコにしてやるわ!」


もうされているんですが。これ以上ボコボコにされるのは人権剥奪と同義になるレベルになりますよ母さん。

キラキラ回るお星様の奥で、一つの固く握られた拳が振りかざされていた。あっ、殺される……。


「お、落ち着いてください火村さん」


俺のイケメン人生にピリオドを打たんとする拳を抑えてくれたのはお嬢様の母親。鼻息荒く歯を剥き出しにする母さんを抑えてくれている。

あ、どうもです助かりました。でも手遅れです、鼻血が止まりません。


「ですが奥様、こいつが雨音さんを連れてきたに違いないのですよ。学校をサボって……!」


「少し待ちなさい。屋敷に確認を取ってみるから」


今度は父親の方が制してくれた。横には腕に絡みつくお嬢様。ニヤニヤと嬉しそうに笑ってだらしない顔だ。幸せそうな顔しやがって、なんだおい。

お嬢様の父親は携帯で通話を始める。恐らく相手はメイドさんかな。

通話はすぐに終わり、こっちを見る。


「二人が登校してないと学校から連絡があり月潟も困っておるそうだ」


「やっぱこいつのせいか!」


ちょいちょい落ち着いて母さぁーん。これ以上はアレだよ、俺の顔面がクレーターになっちゃうって。あだ名が顔面クレーターとか月の表面になったら俺生きていけねーよ。ガチで引きこもってしまうぞ。


「空港ですから、火村さん怒りを沈めて」


荒ぶる母さんをなだめてくれる奥様マジありがとぅ。


「ふーっ、ふーっ……!」


「そうだぞババア、ただでさえ多いシワがさらに増えてるぞ」


「があぁあぁこいつぶん殴る!」


「お、落ち着いて。君もなんで煽るの!?」


なんででしょうね、俺にも分かりません。きっと面白いからですわ。やり過ぎると本気で殺されそうだけど。


「火村君もその辺にしなさい。さて……火村君の息子の……陽登君だったかな」


母さんの前に立ち、俺と向かい合う旦那様。

俺が住み込みで働き、仕えるお屋敷の持ち主がこの人だ。

……ようやく会えた。どーも。そうですよ、火村家の息子ですよ。


気品良い立ち姿と威厳ある目つきと物腰静かな佇まいはザ・大人、お金持ちオーラもすごいことになっている。

けど今はお嬢様がしがみついて微笑ましい状態だがな。そちらの娘さん今とてつもなく悦に浸った顔していますよ。デレデレですね。


「新しい使用人とは君のことで間違いないね」


「そうっす、よろぴくです。早速お願いなんですが屋敷半分ぐらい破壊しません? 掃除するの大変なんすよ」


「陽登ぉ! 旦那様になんて口聞いてるのぉ鈍器で殴るわよ!」


拳から鈍器にレベルアップしちゃったよ。実の息子を再起不能にする気満々か。


「割と強めの願望なんですがまぁ今はいいです。旦那様、雨音お嬢様をここへ連れて来たのは俺です。すいません」


旦那様に頭を下げる。

事実だし、言い逃れ出来ないから素直に謝っておこう。諦めの良いことは良いことだ。うんうん。


「パパ、違うの」


と、ここで口を開いたのはお嬢様。未だに父親の腕に抱きついているが意識は戻ったようだ。


「私、パパ達に会いたかった。火村はそれを叶えてくれたの。だから火村は悪くない、殺さないで」


え、俺殺されるところだったの?


「いや殺さないよ?」


何を言っているんだと驚く旦那様。うんそうだよな良かった。何を突然変なこと言いやがるクソ女。髪の毛にガムつけるぞ!


「……色々とあるが、まずは雨音。すまなかったね」


「ごめんなさいね」


旦那様は優しくお嬢様の頭を撫で、奥様は後ろから抱きしめる。

両親に挟まれてお嬢様の顔は再びとろけたへにゃへにゃ顔になった。だらしねぇな。


「陽登君、雨音を連れて来てくれてありがとう」


「旦那様っ、何を言っているんですか。私の馬鹿アホ息子はとんでもないことをしたんですよ!?」


ボロクソ言われてるんだけど。母さん会ってからずっと俺を貶してばかりだね。

陽登ちゃん涙が出そう、くすん。実際は鼻血が出まくりですが。


「いいえ、彼のおかげで雨音に会うことが出来ました。……これ以上に嬉しいことはありません」


奥様の聞き取りやすい声。凛とした姿に加えて母親らしい穏やかな雰囲気。俺もあんな優しい母さんが欲しかったなー、あーあー!


「ママぁ」


「雨音、いつも寂しい思いをさせてごめんね」


「パパぁ」


「大きくなって、また綺麗になった。さすが私の自慢の娘だ」


「えへへ」


お嬢様は、本当に幸せそうだった。いつも俺に見せる不機嫌で怖い顔ではなく、ただ純粋に幸福に満ちた表情。幸せを噛みしめて実感しているのがひしひしと伝わってくる。

そして、やっぱ微笑ましい光景だ。家族って、こんなんだなと思う。


おいクソ生意気お嬢様。……会えて良かったな。本当に、良かった。


「陽登、行くわよ」


気づけば隣に母さんが立っていた。また殴られると思い、反射で両腕を前に出してガードの構えをする。ビッグ・シールド・ガードナーの気分。守備力2600!


「何してるの。早く行きましょ」


「え、殴ってこねぇの。つーか行くって?」


「親子三人、今はそっとしてあげなさい」


母さんに耳を掴まれ引きずられる。痛い痛い耳もげる。やめろカスが!


「はぁ、また変なことして。使用人としての自覚はないのか」


「ニートから急に働いて完璧に執務こなせるかよ」


無理だね、そう、無理だね。

これでも屋敷ではお掃除やら草むしりやら雑務をこなしているんですよ俺。メイドさんから報告とか受けていないのかクソババア。俺だって少しは頑張っているぞい。それ以上にクズな行いをしているが、な・い・しょ♪


「……自分の姿と重ねたの?」


「……なーに言ってんの。俺はただサボりたかっただけだよ」


耳から痛みは消え、母さんの足が止まる。

母さんは俺の方は見ず、俺も決して母さんの顔を見ようとしない。けれど、なんとなく向かい合って話している感覚になった。


……周りは騒がしいはずなのに、なぜか静かに感じる。母さんの声だけが、よく聞こえる。目の奥がじんじんと熱くなるのが分かる。


「私も謝らないとね……」


「だから違うって深読みすんなよ」


「ごめんね陽登。今度、一緒にお父さんのお墓参り行きましょう」


「……おう」


それからはお互いに無言のまま、遠くで寄り添い合っている三人の幸せな姿を眺めた。


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[良い点] この母親嫌いだわ。死ねば
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