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第43話 会いたいなら会いに行けばいい

朝の食堂、重苦しい。息が詰まって居心地が悪い。


「……」


それもこれも目の前で落ち込んでいるお嬢様のせいだ。

不貞腐れて表情は暗く、虚ろな瞳には何も映っていないようだ。無気力に箸を持つだけでご飯には手をつけない。


「雨音お嬢様、早く食べないと学校に遅れますよ」


「……」


メイドさんに注意されても何一つ言葉を発せず、ついには箸を置く。口を閉ざしたまま死んだような表情をしてて、どこか寂しげ。

昨日の夜からずっとこの調子。メイドさんが何を言っても反応はなく、ひたすら無言。あの生意気で高飛車で不機嫌な顔じゃなくて不貞腐れた顔。


「お嬢様っ、いい加減にしてください。旦那様と奥様も仕方ないことなんです」


メイドさんの語気が強くなる。けれどお嬢様はピクリとも動かない。

こいつ、本気でへこんでいる。いや、というよりはやっぱ悲しんでいるのか。

両親に会えない、それがこいつにとっては耐え難く辛いこと。そして両親と会えることが何よりの幸せ。


「……陽登君からも何か言ってください」


「あ、俺は食べ終わったんで着替えてきまーす」


こんな気まずい空気の中にいたくない。吐き気がするね。

お嬢様には一瞥もくれず席を立ってその場から離れる。後ろからメイドさんが俺を呼び止めているが無視だ。そこの魂抜けた奴を説くのは任せました。


「さて、と」






「……行ってらっしゃいませ」


メイドさんが見送る。が、お嬢様は相変わらず無反応でノロノロと鈍い動作で車の中に入ろうとしている。メイドさんは目を伏せて溜め息を吐く。


「いやぁ、大変だすなぁ~」


「……」


恨めしげに俺を見つめてこないでください。さっきは悪かったですって。

そしてクソ女、お前はさっさと入れ。ダラダラするな。俺が言うのも何だけど。


「まっ、後は俺に任せてくださいですだぁ」


「その変な語尾やめてくださいイラッとします」


「すんませんだぁ」


「……」


ただでさえ疲れているメイドさんへ追撃も出来たことだし車に乗り込もう。

人が滅入っている時って楽しい。もっと苦しめとか思っちゃう。

そんな僕は病気の可能性があるねっ! 頭おかしい系男子だ。これ流行るかな? 救世主として異世界に召喚されたけど頭おかしくて周りから冷たい目で見られる主人公とかどうよ。きっと面白くないね。やっぱチートで。


「行ってきまーす」


「はぁ……ん、その荷物は何ですか?」


俯いていたメイドさんの視線が俺の手元で止まる。俺の手には大きな紙袋。


「あぁ、友達に借りた服を返そうと思って」


そうですか、と力弱く納得するメイドさんに向けて満面の笑みで手を振る。

メイドさんはやつれた顔のまま微笑むことも出来ずに屋敷の中へと入っていった。あの人も辛そ~。ドンマイ♪


やっとお嬢様が乗車してくれたので俺も乗り込んで扉を閉める。運転手のおっさんに声をかければ車は発進、緩やかに門を出ていく。

さてさて今日も一日頑張らないでいきましょ~。そして明日はもっと頑張らないでいようよ。ね、ハム太郎。へけっ!


「運転手さん。学校には行かず駅に行ってもらっていいですか?」


「えっ?」


「今日はお嬢様の友達と一緒に歩いて登校しようと約束してるんですよ」


「そうなのですか……?」


運転手さんは困惑した声で返すがお嬢様は動かない。

心ここになし、ってか。都合が良いね。そのまま魂抜けてろ。


「それにたまには歩いて登校したいですよねお嬢様」


「ぇえそうね火村ぁ」


裏声でお嬢様の声を演じてみた。喉にかかる負担がキツイ。そして全然似てない。


「わ、分かりました。では駅に向かいます」


明らかに疑われているが一応は出し抜けた。

車はいつもの道を通らず駅へと向かっていく。


「……」


その間もお嬢様は一言も喋らず、ぼーっと外の景色を眺めている。植物人間だな。

まるで生きる意味を見失った悲劇のヒロインみたいなノリだな。

怒ってコップを割られるよりはこっちの方がマシだけど、それにしても空気は最悪だ。

いやいつも賑やかで楽しいってわけじゃなかったけどさ、何ですかこのお通夜を彷彿とさせる暗く重たいどんよりした空気。並の人間なら精神崩壊しているぞ。運転手さんとか今にも逝きそうだよ。気絶寸前じゃないか。


……自分だけが不幸みたいな顔しやがって。






駅に着き、お嬢様を引きずり降ろす。

普段なら激怒されるが今のこいつは怒るどころか反応すらなく俺にされるがまま。旧劇のシンジ君みてーに脱力しやがって。少しは何かしらのリアクションを起こせ。


「じゃ、またです~」


車を見送り、俺は袋をお嬢様に突きつける。



さぁ、ここからはマジだ。


こいつにとって両親とは何だ。

愛し愛されたい存在? 愛おしくて仕方なく、自分のことを見てくれる最愛の二人?

お嬢様が両親のことをどう思っているか、どんな想いを持っているか。はっきり言ってどうでもいい。マザコンだろうがファザコンだろうか知るか。

そんなのは、今はどうでもいいはずだ。


そうじゃない。会えないことで苦しみ、触れ合えないことが悲しく、他のものにすがることも逃げることも出来ないことが寂しくて、全て一人で抱え込んで黙って不貞腐れて。

お前がしたいのはそんなことかよ。違うだろ。もっと単純に考えろ。


「……」


「いい加減にしろよ。両親の前でもそんな顔するつもりかよ。さっさと、それに着替えろ」


「ぇ……?」


ようやく反応したか。

小さく、微かに、虫の鳴く声で返事して俺を見つめる。弱々しい光の瞳に生気はなくて……あぁウゼェ!


「いいから着替えろ。お前が両親と会う用に買った服だよ」


「なんで……」


なんで? んなの決まってるだろ。


「会いに行くぞ。お前の両親に」


「…………えっ?」


「ちっ、時間がないから着替えるのは後だ。行くぞ!」


お嬢様の手を取って走り出す。急がないと間に合わないからな。


「ちょ、ちょっと? どういうことよ!?」


「あぁ? お前、両親に会いたいんだろ。だから会わせてやるよ」


販売機で二人分の乗車券を購入してホームを突っ走る。

人混みの中をすり抜け、周りの人に鞄を当てながら強引に突き進む。


「い、今から!?」


そうだよ。今から会いに行くんだよ。

学校? ははっ、サボるに決まってるだぁ~。


「なんで、なんで……?」


理由なんていらないはずだ。

落ち込んでいるお前が今一番欲しいものは何だ。会えるはずが会えなくて、はい残念でしたの一言で終わっているんだぞ。

死んだように過ごすくらいなら少しは抗ってみせろ。自分がヘラヘラ笑う為に、自分の為だけに動くことの何が悪い。

自分が楽しく面白く幸せに過ごす。辛い世の中で誰しもそう思っているはずだ。

お嬢様にとって幸せなこと。両親と会うこと。


だから俺は、お前に、お前には……両親と会ってほしい。


「一度しか言わないし別に覚えなくてもいいけどさ!」


困惑するお嬢様の手を引いて走りながら自然と俺の口は動く。

あの頃の記憶が脳裏で動くのと共に口が語り出す。言葉が溢れる。


「俺の両親も仕事がクソ忙しくてな、三人一緒に過ごした記憶なんてほとんどないんだ」


「……火村も?」


「毎日親の帰りを待っていた。待って、でも帰ってこなくて、夜はいつも家で一人だったよ」


親父も母さんも毎日仕事だった。

今では親父の顔を覚えているかすら危うい。それ程の、淡く微かな記憶しかない。


「それでも待ち続ければいつか会えると思ってた。ひたすら待ったよ。待って、親父は過労で死んだ」


あぁ、そうだ。親父の顔は覚えている。

葬式ん時に見た遺影。そして母さんの泣く顔。どちらも、俺はちゃんと覚えている。


「……」


「ホントにな、ろくな記憶がねーよ。気づいたら死んでいて母親もいつか死ぬんじゃないかと毎日不安だった」


階段の上にから鳴る音。電車が到着した。あれに乗らないと間に合わない。

階段を蹴り、手を握る力が強くなる。


「昔の俺の話だよ。だからってわけじゃねーけどさ。……お前は両親に会いたいんだろ? だったら、会えるうちに会っておけ」


俺みたいに嫌な思いをするな。家族と過ごせる時間を、俺の分まで味わってくれ。

口から出そうになったその言葉。飲み込んで腹ん中に閉じ込めて、代わりに息を吐き散らす。


「てことで行くぞ!」


会いたいなら会いに行けばいい。俺に出来なかったことを。せめてお前は、失った俺の分まで幸せと向き合ってくれ。

お嬢様の手を引き、開いた扉に飛び込んだ。


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