第41話 笑う今、笑わない昔
「……あー、あー」
「何喘いでいるのよ次行くわよ」
大きな荷物を両脇に置いてベンチに沈む俺。お嬢様は俺の辛そうな顔なんて知るか馬鹿と言わんばかりの、もうテンションアゲアゲどんだけ~な勢いで次のお店に行こうとしている。
両親と会う時に着たい服を買いに来たお嬢様。
案の定、とてつもなく買い物が長い。もう三時間は見て回っている。……帰りたい。
「あっ、この服可愛い。ねぇどう思う?」
「マーベラスですね」
「ちゃんと意見出しなさいよ!」
怒られた。げんなりだ。
もうね、この人頭おかしい。俺が両手で持つ荷物が見えねーの? お前はもう十分に服を買ってしまったんだよ。これ以上何を買うんだこれ以上何を見る必要があるんだ。俺には分からない。やけに種類の多いガチャガチャの意味ぐらい分からない。どこにニーズがあるの?といったガチャがあるよね。コップのソコ子とか。
「ほら早く言いなさいよ」
さらに嫌なのがこいつは俺に意見を求めてくる。
ただの荷物持ちなら一万こ、あ、違う、一万歩譲って我慢してやるがいちいち俺に聞いてくるなよ。
服見て意見求めて悩んで、そこまでして結局買わないことが多く次の店へ行く。この繰り返しを幾度したことか。
あまりの過酷さに発狂寸前だ。脇の下舐めたい。
「雨音お嬢様、買い物はもう十分でしょう。あまり遅くなると晩ご飯を作って待っているシェフが可哀想です。あと俺がしんどい帰りたい」
「あっ、こっちのも良いわね!」
「うっへへへぇこいつ頭沸いてるぜぇえぇ」
その後も買い物は続き、屋敷へ帰ったのは九時を過ぎた頃になった。
車の中、笑顔ニコニコお嬢様の横で俺は猛烈な吐き気に襲われている。
車酔いではない、あまりのハードな執務もとい買い物に付き合って体が限界を迎えたのだ。
今ならイケる、指を喉に突っ込めば存分に吐き散らせる。マジでやってやろうかな。
「ふふっ、明後日が楽しみね」
「……」
「無視しないでよ」
お前は俺の嘆願を無視したのに俺には些細な言葉にも反応しろと? それはね、暴論だよ。お前がお嬢様じゃなければ棍棒でぶん殴ってやるところだわ。
「ねぇ火村ってば」
「あ゛ー、はいそうですね楽しみですね」
「早く帰って来ないかなぁ。明後日は学校終わり次第すぐ帰るわよ。いいわね黒山!」
「は、はいかしこまりました」
運転手さんはビクビクしながら了承する。あなたも大変ですね。
学校から帰宅する時は不機嫌だったお嬢様が今は超元気、あまりの高低差にたまったものではないだろう。
つーかお前はいつもすぐ帰るだろうが帰宅部ボッチ。車で帰るから帰宅部の中でもトップクラスで早い。すごいね雨音ちゃん!
……そんなに両親と会うのが嬉しいのかよ。
仕事で忙しい親に、たまにしか会えないから? 愛されているから?
まあ別にいいけどさ。お前らの家族が仲良いのは。
だけど、だけどなぁ……。
「ま……いいや。今更言うことでもねーし」
「……? 何よ急に」
思わず出た言葉がお嬢様に拾われた。テメェ、こんな時だけ反応するなよ。
「いえ別に。両親と会えるのがそんなに嬉しいんだなぁって思っただけだよ」
「はぁ? 当たり前でしょ」
当たり前、ねぇ。
そりゃそうだな。庭師のおっさんの娘みたいに思春期はノーカンとして、一般的に考えて両親のことが嫌いな奴なんて少ない。大抵は一定の関係を築いている。中にはとても仲良い親子だっている。
でも俺は違う。
思い浮かぶ、あの頃。
誰もいない暗い部屋で待ち続ける自分が……。
「……火村?」
「あ? もっと可愛い声音で呼んでください」
「なんで私がそんなサービスしなくちゃいけないのよ」
「もぉ、陽登ぉ~♪」
「自分で言うのかよっ」
軽やかにツッコミを入れてきた。やはり機嫌が良い。声に明るさがあるだけでこうも違うのか。いつもは刺々しくて小うるさいツッコミだからな。
なんちゃってテヘペロ、と謝ったら再びお嬢様のご機嫌な鼻歌がバックミュージックとして流れる。車内はとても穏やかな雰囲気。
どうにか誤魔化せたな。メイドさんと違ってお嬢様が馬鹿で助かった。
そう思う一方で、まだ頭の中には暗い部屋が映っていた。
涙を溜めて静かに待つ俺がいた。
そいつをぶん殴って脳裏から吹き飛ばし、俺はヘラヘラ笑って窓の外を眺め続ける。それが今の俺だから。




