第36話 クソゲーは本当に酷い
お嬢様がプンスカ怒って手がつけられなかったが今は落ち着いて二人並んでテレビの前に座っている。
見る方向は一緒、『ぼきぼきメモリアル』と映ったタイトル画面。
「ニューゲームだな」
「そうね」
コントローラーはお嬢様に渡して俺は横で見ているだけ。
このお嬢様のコミュニケーション能力をじっくり見させてもらおう。
『名前を入力してねっ』
鉄パイプを捻じ曲げながらショートヘアの可愛い女の子が喋った。
なんでこいつ常に鉄パイプを持っているんだよ。
「名前どうしよ?」
「お嬢様の名前でいいっすよ」
「でも主人公って男でしょ」
う~ん、と悩んでいる雨音お嬢様。こんなところで悩むな、ゲームなんだからテキトーでいいんだよ。
だがお嬢様は中々ボタンを押さず、あれこれ考えている模様。
時間がもったいない。『ああああ』とかでも大丈夫だから。神ゲーなら後半の泣ける展開で萎えるって場合もあるがこのゲームに泣ける要素があるとは思えないので。
「むー、うぅ~」
「二人でプレイすることだし俺達の名前を合わせてみます?」
小さい頃よくやったよ。自分と友達の名前を一文字ずつ交互に入力して名前決める方法。
勇者『はまるさとや』みたいな感じになるんだよね。当時はあれで腹抱えて笑ったものだ。
「それ良いわね」
俺の方式を採用したらしくお嬢様は文字を入力していく。
画面には『天水陽登』の文字。…………ん?
『これでいいのね?』
「オッケーよ早くしなさいゲームキャラのくせに」
ゲームのキャラクターにも生意気な態度のお嬢様。
いやいや、そうじゃなくて……
「あの、俺が言いたかったのは俺達の名前を一文字ずつ交互に入力するって意味で、これだとまるで……」
まるで俺とお嬢様が結婚してるみたいな名前になっているんだけど。俺が婿入りしている形だし。
「ぁ……」
お嬢様の顔が赤くなり目を大きく見開き、ちょ、痛い。なぜ俺を叩く。
おいクソアマ、暴力やめろや。お前が勘違いしたんだろうが。
「う、うるさいっ。もう決定ボタン押しちゃったからこれでいくの!」
まぁ別にいいけどさ。特に気にしないよ。
名前入力が終わって次に出たのは、
『あだ名ボイス機能をオンにする?』
「ボイス機能って何よ」
「たぶん設定した名前をキャラクターが呼んでくれる機能ですよ」
某野球ゲームでもそういった機能があった気がする。
昔のやつは対応してない名前だと変なイントネーションになるんだよね。あれだけで一時間は騒いでいた小学生の頃。
「名前呼んでもらえるなら設定しようぜ」
「はるとでいいかしら……いや、あだ名って書いてあるしあだ名決めるわよ」
あだ名、ねぇ。
俺は当時なんて呼ばれていたかなー……ヤベ、思い出せない。でも小学生の頃からあいつには、
「クソボケで良くない?」
そう言ってお嬢様は勝手に入力していく。って、待て待て。
「なんでクソボケなんだよ」
「アンタいつも言ってるじゃない。お似合いよ」
決定ボタン押してゲームが進んでいく。
あだ名がクソボケって……イジメの対象じゃないか。リアルで呼ばれたら傷つくぞ。この前リアルで言われたから分かる俺。
最初のプロフィール設定は終わったらしく、画面が切り替わってプロローグ的なやつが始まる。
「ふん、私にかかればこんなゲーム楽勝よ」
ボッチが何言ってやがる。
真っ黒の画面は教室の景色に変わり、穏やかなBGMが流れる。教室にいる子供達を見るに、ここは小学校か。
「最初は幼少期編からプレイするんだな」
すると目の前に女の子が現れた。手には真っ直ぐ伸びた鉄パイプ。
こいつパッケージのあいつじゃん。いきなり鉄パイプ持っているのかよ。
『陽登(クソボケ)ちゃん、一緒に帰ろ!』
可愛らしい声でクソボケと言われた。地味に傷つく。
なんだこれ、既に心折れそうなんだけど。
「ふーん、選択肢を選んで喋ればいいわけね」
画面に表示される複数の選択肢。この中から選んで女の子と喋ることでゲームを進行していくスタイルらしい。
選択肢によってヒロインの好感度が、って……
『うん、一緒に帰ろう』
『ごめん今からヨガ教室あるから無理』
『今日は他の女と帰るわ』
『ふざけんな彼女面すんなよクソボケ』
何この選択肢……酷過ぎる。
一つ目以外おかしいだろ。つーか最後に至ってはクソボケって言ってるよ。クソボケなのはお前だろ!
「クソボケはアンタのことよ」
お嬢様も同じツッコミを入れる。全くもってその通りだよ。
「で、どうするんだ?」
「一番目ね。他は論外だわ」
ボッチでもさすがにこれは分かるらしい。お嬢様は迷わず一番目の選択肢を選ぶ。
『えへへ、やったぁ』
嬉しそうに笑う女の子。手に鉄パイプを持っていなければ素直に微笑ましいのにな。
小学校から出て道を歩いていると前から何やら迫ってきている。え、え、何?
それは次第に大きくなって……黒い影の巨体が画面いっぱいに映る。
『うふふ初めまして陽登(クソボケ)様。私、姫野ジュンレンと申しますわ』
こいつが姫野ジュンレンかっ!
芋助の言った通り、これはかなり……ブスだわ。
人間とは思えない体格、肉がつきまくり頬が膨れ上がって小さ過ぎる眼鏡は顔面に埋め込まれているかのようだ。セーラー服を着ているのがシュールで恐怖すら感じる。
「モンスターが現れたわ。戦えばいいの?」
お嬢様の言う通りだわ。こいつ倒す対象だろ。
おいヒロイン、鉄パイプ貸せ。このモンスターぶっ倒すから。
するとまたしても選択肢が現れる。
『に、逃げよう!』
『お金はありません勘弁してください』
『僕ヨガ教室あるので失礼します』
『この女を献上するので僕は見逃してください』
またしてもろくな選択肢がねぇ。この主人公俺より酷いぞ?
こんなの選ぶの一つだろ。
『に、逃げよう!』
俺と同じ選択肢を選んでくれたお嬢様。
主人公はヒロインの手を取って姫野ジュンレンから逃げる。
『待ってください陽登(クソボケ)様~!』
「やっぱボイス機能オフにしない? 俺の名前でクソボケって言われるのキツイんだけど!」
「待って、なんかミニゲームが始まったわ」
『ボタンを連打して姫野ジュンレンから逃げろ!』と表示されて突如スクロールアクションが始まっ、おいおいおい!?
これ恋愛シミュレーションだよな? 開始数分でモンスターから逃走する状態なんだけど!?
『待ってください愛しのダーリン~!』
つーかジュンレンにボイスつけんなよ! 今のところヒロインよりこいつの方が喋ってるぞ。野太い声しか聞いてねーぞ!
「とりあえず連打だ」
「分かってるわよっ」
お嬢様が必死にボタンを押してモンスターから逃げる。なぜか前から転がってくる丸太を避けながらひたすら逃げる。
……俺達、何しているんだ?
『きゃ!』
と、ここで女の子がコケた。さっきのお嬢様と同じコケ方。
いや、待っ……ひ、姫野ジュンレンが。
『私の王子様に近づく雌ブタが。引き裂いてくれるわ』
「ブタはテメーだろふざけんな」
「あ、戦闘が始まったわ」
主人公のクソボケが戻ってきてヒロインを庇うように立つと画面が割れて戦闘画面に切り替わった。
画面の下には体力ゲージや数字、コマンドが表示される。
……いや、俺ら何のゲームしているんだマジで。
「とりあえず戦うわね」
『たたかう』のコマンドを押したら主人公がジュンレンをポカポカ殴り、ヒロインが鉄パイプで叩く。『6』『9』とダメージ値が出る。全然効いてない気がする。
『愛に障害はつきものですわ~』
テメーは頭に障害あるだろうが。
しかしそんなこと言っている暇はなく、ジュンレンの攻撃が襲いかかる。
激しい爆音とエフェクトで主人公達に大ダメージが入る。体力ゲージはゼロ、全滅した……。
「負けイベントみたいね」
ところでなんでお前は冷静なんだよ。俺だったらもう電源切ってディスク割り終わっているところだぞ。
ともあれ話が進む。
『うふふ、今日のところは満足ですわ。またお会いしましょう陽登(クソボケ)様』
ご丁寧に豪快な足音が流れて姫野ジュンレンは去って行った。
……クソゲー臭がヤバイな。何が有名作だよ。今すぐにでも製作会社にクレームの電話をかけてやりたい。
『だ、大丈夫?』
『私は平気。ごめんね、私が弱いばかりに』
気にするところそこじゃねーよ。
しばらくの無言、女の子は意を決した表情で喋りだす。
『決めたっ、私強くなるよ。そして陽登(クソボケ)ちゃんを守ってみせる!』
そういった台詞は本来主人公が言うものなんだけど。
『その後、僕は遠くに引っ越すことになった。思い出の詰まった街と離れ、あの子と別れて……』
「急にナレーション入ったぞ!?」
「火村黙って、幼少期編ラストよ」
マジかよもう終わりかよ。
普通なら約束や思い出の場所を作って、本編での伏線になるんじゃないのか? 化け物から逃げて戦闘しただけだぞ。
車の窓に映る景色が流れていき、暗転した。
そして、オープニングが始まった。
「……」
言葉が出ない。
曲が流れてムービーが始まったと思いきや、映るのは鉄パイプ持ったあの女の子の姿ばかり。
鉄パイプで素振りしたりダンベルを持ち上げたり夕日の中を走っている。夏の日も雨の日も雪降る日も、毎日特訓するヒロイン。
そして月日は流れ、主人公は街に戻ってきて高校に入学した。
教室にいたのは、あの頃と変わらない可愛らしい笑顔で鉄パイプを捻じ曲げるヒロインだった。
「……う、嘘だろ。オープニングムービーただの修行シーンじゃねぇか。もっと他のヒロインとか映せよ!」
変なところピックアップするな。つーか幼少期のあれが理由でこいつは鉄パイプ捻じ曲げられるようになったのかよ! いらねーよそんな伏線! もっと他にあるだろうが!
「もうやめようぜ」
時間の無駄だ。明日芋助ぶん殴ってやる。
「これから本編でしょ。続けるわよ」
お嬢様はハマりつつあるの?
上機嫌とはまではいかないが普段より温厚な様子だ。軽快にボタンを押している。
もう少し様子見るか……。
『久しぶりだね陽登(クソボケ)ちゃん。……カッコ良くなったね』
「高校生になってもクソボケ呼ばわりかよ」
『君こそ綺麗になったね』
『クソボケが、馴れ馴れしいんだよ』
『今日からまたよろしくね』
『お父さんの形見、まだ持っているんだね……』
そしてこの選択肢である。
今回は正解っぽいのが二つあるからマシな方かな。
「どれ選ぶんだ?」
「ここは敢えて四番目ね」
一か三が無難だけどたまには変わった選択肢もアリかもね。少し闇が見える選択肢だけど。
『うん。お父さんにもらったプレゼントだから……』
こいつの父親のセンスはどうなってやがる。娘にあげる品じゃねぇよ。
そしてお前は仮にも大切な形見を捻じ曲げんな。手持ち無沙汰で紙コップをくしゃくしゃにするノリか。
『私ね、鉄パイプ部に入ったんだ。陽登(クソボケ)ちゃんも入らない?』
とんでもない部活入っちゃたのね。お前以外に部員はいるのかよ何をする部活なんだよ!
だ、駄目だ。頭が痛くなってきた。次々と襲いかかる展開に脳が理解出来ず悲鳴を上げている。何これしんどい。
「入るわ」
入るのかよ。
『えへへ、じゃあ早速案内するね』
鉄パイプ持ったヒロインについて行って鉄パイプ部の部室へと向かう。
その道中、またしても何かが前から突進してくる。……まさか、
『私の王子様~! 感動の再会ですわ~!』
姫野ジュンレンだった。またこのパターンかい!
つーかこいつ幼少期の時と同じセーラー服だぞ。こいつ何歳!?
『来たわね姫野ジュンレン。今日こそ決着つけるわよ!』
『ふふ、雌ブタが。かかってきなさい』
画面がパリーン!と割れて戦闘が始まった。
BGMが本格的なのが余計にイラッとくる。某RPGのBGMと似ているぞ。マジで訴えるぞおい。
「あと思ったんだけどこのゲーム選択肢関係ないよね」
「見て火村っ、この子強くなってるわ!」
なぜテンション上がってんだよお嬢様ェ。
鉄パイプを振り回して姫野ジュンレンに『241』と大ダメージを与えるヒロイン。あれだけ修行したからな、小学生と比べたら強くなってるさ。
それより姫野ジュンレンの年齢はどうなってやがる。生命体として謎過ぎるわ。
『ぐっ、やりますわね』
「姫野ジュンレンって雨音お嬢様に似てますね」
「ぶっ飛ばすわよ」
いやほら、お嬢様口調が似ているって意味ですよ。
『今よ陽登(クソボケ)ちゃん!トドメの一撃よ』
『よ、ようし行くぞー!』
主人公の陽登君はポカポカと殴る。
ダメージは『6』だった。まるで成長していない……。
『や、やられましたわ~覚えてなさい!』
姫野ジュンレンの撃退に成功したようでバトルは終わった。
元の校舎の背景に戻る。
『じゃあ鉄パイプ部に行こっか!』
だからサラッと意味不明な部活名を言うなよクソボケが。世界の常識みたいに鉄パイプ振り回すなよ。
『強くなったんだね。驚いたよ』
『鉄パイプ部楽しみだ』
『ヨガ教室があるし見学はやめておくよ』
『それよりヨガしない?』
「あと主人公の謎のヨガ推しは何だよ! こいつ小学生の頃からヨガやってるよな!?」
だ、駄目。ホントに駄目。世界観についていけない。
プレイして一時間も経っていないけど気分が悪くなってきた。
「なぁやっぱもうやめようぜ」
「鉄パイプ部楽しみだ、これね!」
うわぁ、この人ハマってるよ……。




