第28話 五日目・落ち込むお嬢様
芋助のラブレター作戦第二弾は本人の知らないところで大失敗を迎えた。
低レベルと言うことすらおこがましい内容の手紙だ、成功するわけがない。
ま、俺は面白いものを見れて満足だ。今日は気持ち良く眠れそう。
「何なのよもう……っ!」
上機嫌な俺とは対照的、お嬢様の機嫌は最悪だ。
三十秒に一度は舌打ちをして歯を噛み合わせてギリギリ音を唸らせている。歯に悪いっすよー、やめましょうねー。
「あれ送った奴絶対許さないんだから……!」
かなりご立腹の様子。殺戮者のような血走った眼をしている。
俺と芋助が書いたとバレたらヤバイな。あとで芋助に事情を説明して口裏を合わせておこう。水曜日の時のように何も知らない芋助が真実を言ってしまう恐れがある。椅子攻撃は二度と勘弁だ。
「あぁもうイライラする!」
「と、到着しました」
雨音お嬢様にビビって萎縮した運転手さんの震える声、可哀想。
運転手さんは何も悪くないだろふざけんな!
「沙耶、今日はお稽古休む」
玄関を開けて出迎えてくれたメイドさんに向けてお嬢様はキレ気味で話す。最早それは叫び声に近い。猛獣かな?
「体調が優れないのですか?」
「気分が優れないわ」
「先生は既にお待ちです。帰ってもらうのは申し訳ないですしお稽古は受けてください」
「でも……」
「ワガママはいけませんよ。さ、早く」
サボることは出来ないみたいだ。
最初こそ叫んで物言わさない態度だったが、表情崩さないメイドさんの頑な申し出にお嬢様の方が折れた。
「……分かった」
お嬢様は大きく溜め息を吐いて気怠げに自分の部屋に向かっていった。
イライラしたまま、ぶつけることの出来ない怒りを抱えて。
「陽登君」
メイドさんが声をかけてきた。お嬢様の鞄を渡す。
「いやー、金曜っすね。俺テンション上がってきましたよ」
「そんなことより今日学校で何かありましたか? お嬢様の様子がおかしいのですが」
無視かーい。何気ないトークしようとした俺の気持ち返せ。
そこまで仲良くない奴と下校していて、なんとか会話しようと話題振ってみるけど相手の反応が悪い時にイラっとくるのと同じ心境だ。じゃあテメーは何か話せるのかよ無言のくせによぉ、と思う。
「陽登君、聞いてますかー?」
「あ、はい。そうですねー……」
お嬢様の様子がおかしい、ねぇ……完全に芋助のせいだな。俺も要因の一端ではあるが。
つーか、俺のせい? あっ、だよねぇ確かに元凶は最初にラブレター送った芋助だけど二枚目に関しては百パーセント俺が悪い。
なのでメイドさん、お嬢様の様子がおかしいのは俺が原因です。ものすごい嫌がらせをしてきました。
「特に思い当たる節がないです」
けど言わない。知らないフリしておこう。それがいい。
「どうせサボりだけでしょ。駄目な奴ですよ」
それどころか逆にお嬢様を責める。
ク ズ の 極 み !
「うーん、そうですか。何かあれば報告してくださいね」
「ラジャーブラジャー欲しいんじゃー」
「今日は屋敷の掃除をしてくださいー」
それだけ言ってメイドさんはその場を去る。
あ、ちょ、待っ、ごめ……え、マジ?
決意しなくてはならない。もう下ネタは言わないと。
掃除機を走らせて屋敷の中を徘徊しまくった。しんどい。んだよこの豪邸広過ぎるんだよ。廊下だけで一時間かかったぞ。勝手に掃除してくれるロボット型の掃除機でも常に置いておけよクソが。
または全自動掃除機を買うべきだ。その上に猫を乗せて写真を撮って投稿して皆から『いいね!』をもらう。ここまでしたい。俺SNSやってないけど。
「疲れた。もういいだろ」
部屋の中の装飾品や鹿の角を磨く気にはなれない。もうね、せっかくの金曜日が台無しだよ。でも明日は土曜日~。
さっさと片付けて部屋に戻ろう。飯食って風呂入ってティッシュ数枚ドローしてアレして寝よう。
「……ん?」
掃除機を片付けて廊下を歩いていると何やら声が聞こえる。すぐ横の部屋からだ。
ここは確か、お嬢様がお稽古している部屋だったか?
「いい加減になさい。あなた全然集中出来ていませんわよ」
ババアの声が聞こえる。ババアだ。これババアだ。妙に甲高いババアの声だ。
そっとドアに近づき、聞き耳を立てる。
「……ごめんなさい」
これは雨音お嬢様の声だな。
いつもの生意気で張りのある声ではなく、なんか……辛そうな声だった。
「もう結構です。今日はここまでにしておきます」
こっちに来てる?
ヤベ、慌ててその場を離れて廊下の端に隠れる。スネークの気分。
扉が開いて中からおばさんが一人出てきた。
あれがダンスの先生か。声もババアだったら姿もババアだ。ざます、とか言いそう。あだ名はざますババアだ。
「もっと真剣にやってもらわないと教える気になりませんわ」
ざますって言えよババア。
いかにもって感じのダンスの先生は鼻息荒く廊下を歩いていった。こっち側に来なくて良かったですわ。
と、お嬢様が部屋から出てきた。
さっきまではキレ気味の険しい表情だったお嬢様のに、今は……
ぎゅっと口を閉じて俯く。
その表情は……辛そうだった。
「何よ……もう……っ」
泣きそうな声が辛うじて俺のところにまで届く。
俺はお嬢様から目を背けてその場に座り込む。天井を見上げて、何かが込み上げてくる。
「あー……俺のせい?」




