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第26話 五日目・ラブレター二枚目

昼休み、芋助の姿が見当たらない。

本当に学校を抜け出して手紙を買いに行ったのか? だとしたら相当のアホだぞ。


「今日はダンスの稽古があるのよ。嫌になるわ」


「そーですか」


休み時間は寝たフリばかりだがお昼休みはちゃんと起きて弁当を食べる雨音お嬢様。また今日も付き合わされている俺。

さっきから愚痴をブーブー言ってくる。やっぱこいつ意外と喋る。


「社交界なんて面倒くさいもん、はぁ……嫌だなぁ」


「マジでそんなのがあるのかよ」


「あるわよ。大きな会場でドレス着て踊るのよ。ホント、ウザイだけの最悪な集まり……」


大変イラついたご様子ですね。気持ちは分かるような気もするけど。

金持ちの人間が集まってそれら全員にニコニコと笑ってダンスを踊る。うん、反吐が出る。そんなクソ食らえイベント、俺なら絶対出たくない。

金持ちってのも大変なんだな。やっぱニートが至高だわ、ニート万歳。


「ごちそーさまでしたー」


「ご馳走様。火村、ここにいなさい」


お互いに食べ終わり、自分の席に戻ろうとしたらお嬢様に制された。


「まーだ愚痴を聞かされるんすかー?」


「本読むからそこにいて何かテキトーに話をして」


なんつー自分勝手な命令だ。

机から借りた本を取り出し、読書を始める雨音お嬢様。

そして俺は一人で漫談でもしろってか? ふざけんな俺はBGM代わりか。


「ねぇ早くして。それとも面白い話の一つもないのかしら?」


あぁ? テメーこのクソ性格ブス女。それで煽っているつもりか。

クソがつく程ムカついたがそう容易に俺が挑発に乗ると思ったら大間違いだ。


「あれは二年前、俺がまだ中学生の頃の話だ」


結局やるんかーい!と自分自身ツッコミを入れてしまう。

なんで素直に話を始めているの? とっておきの話とかあるのかよ俺。

……そうだなぁ、今こうして高校生になってみると、中学時代のことを思い出す。


「義務教育というクソみてーな制度に縛られた俺は、いつかは家出して平穏な暮らしを夢見ていた。その思いは日が経つにつれ増していき、本気で実現しようと決意するに至った」


「アンタがクズなのは二年前から変わってないことは分かったわ」


どうでも良さげにお嬢様は呟いてページをめくっている。聞く気ないだろこのアマ。命令しておいてこの態度、許せぬ。

まぁ話続けますね。


「だが当時、高貴で素晴らしいニート生活を目指す俺を邪魔する奴がいた」


今でも思い出す、あの忌々しい奴。

背が高く、凛とした立ち姿、クソ真面目な品のある性格に似合った眼鏡。


「小学校からの知り合いだが、そいつは何かと俺に絡んできやがる。俺が掃除係の時は自分も残って俺を見張ったり、遅刻させない為に俺の家まで起こしに来て、挙句には弁当を作ってきたりした。そういや晩飯も作りに来てたわ。何かにつけて俺に絡んできやがった」


「……え、それって」


「あの頃は心底ウザかったが今思えばあいつは俺のことを心配してくれていた。そして俺自身もあいつのことが……」


ん? 携帯が震えている。見れば芋助からメッセージが届いていた。


『買ってきた! 今すぐ男子トイレに来て!』


どうやらマジで手紙を買ってきたようだ。

本当に銀色の手紙を買ってきたのかよすげーな。


「火村? それで、続きは……? アンタはその子のことをどう思っていたの?」


「すいませんトイレ行ってきまーす」


「はぁ!? ちょ、ま、待ちなさいよっ」


ごめんなさいね、芋の友が呼んでいるんで。

ぎゃあぎゃあ騒ぐお嬢様は放置して教室を出る。別に大した話じゃないし気にしなくてええんじゃよ。


「おぉハル、来てくれたか」


男子トイレに入れば芋助がいた。

手にはビニール袋。そしてもう片方の手でコロッケパンをモッサモサ食べている。


「トイレ飯とは惨めだなクソ芋」


「時間がないんだ。それに教室には天水さんがいて落ち着いて話せない」


別にあいつは寝たフリか読書しているだけだから気にしなくてええんじゃよ。


「それで、買ってきたんだよな?」


俺がお前に伝えたお嬢様の好きな色の手紙は買えたのだろうか。まぁ銀色ってのは真っ赤な嘘なんだけど。

目的の品を買ったはずなのに芋助はなぜか腑に落ちない顔をしていた。浮かない表情、下を向く。


「裏門から脱出して駅二つ離れた先のホームセンターまで行ってきたぞ。昼休み終わるまでによく戻ってこれたなぁと自分でも驚いている。ただなぁ、銀色の紙なんて売ってなくて……」


パンを全部口に放り込んでモッサモサモッサモサと食べきった芋助はビニール袋から何かを取り出す。


「仕方ないからアルミホイル買ってきた。これでも大丈夫かな?」


「アルミホイル!? 馬鹿か!?」


おいおいどこの世界にアルミホイル製のラブレターがあるんだよ。

芋助が取り出したのはどこにでも売ってありそうな市販のアルミホイル。

こいつ、本当のアホだ。


「や、やっぱ変かな?」


当たり前だろ。お前は鮭のホイル焼きでも作るつもりか。

これでラブレターを作る? そんなの靴箱に入っていたら「え、え?」と戸惑うこと必至だ。


「で、でも他になかったんだよぉ。どうしよ……今日はやめて今度にしようかな」


「いや、これでいこう」


「え、アルミホイルでもいいのか?」


ああ、そっちの方が面白い。

アルミホイル製のラブレターを見てお嬢様がどんな反応するか楽しみだ。

どーせ俺には関係ないし。やるならとことんやろうぜ、悪い方向で。


「耐熱性に優れたラブレターなんて素敵、抱いて!となること間違いなしだ」


「ほ、本当か!」


「ああ、これは期待出来るぞ」


ある意味な。


「そ、そうか。えへへ~、これで天水さんのハートをガッツリ掴むぜ」


ニヤニヤとクソキモイ笑みを浮かべてアルミホイルを胸に抱える芋助。こいつ、最高にピエロっすわ~。

笑いそうになるが我慢して真面目な顔をしておく。


「よっしゃ、そうとなりゃ急いで文章を考えなくては! ハル、手伝ってくれるか?」


「任せろ全力でサポートしてやるぜ」


これは面白くなってきたぜ。






午後の授業が始まり、黒板の前で担任のババア直前がxやyを使って数式でペラペラ喋っている。

意味分かんね、数学大嫌い。


「この問題の因数分解だけど、火村君言っ」


「分かりません」


「すごい食い気味で拒絶したね。教科書見たらちゃんと書いてあ」


「分かりませんーっ」


「授業への関心なし、と。結構ですもう喋らないで」


「イェーイ見捨てられたぜぇ~!」


「何この子テンションの強弱おかしい」


見事に授業を荒らしてやった。だが後悔も反省もしてない。

担任の呆れ顔、周りのこいつヤベェ感。たまらないね。


この授業中、芋助はラブレターを書くそうだ。

是が非でも成功させたい、天水さんのハートをキャッチ&ホールドしたい、そう言った芋助。斜め横を見れば今も必死にペンを走らせている彼の姿が映る。

そして俺にも書いてほしいと頼まれた。

自分と俺がそれぞれ書いた恋文の良い部分を合わせ、より素晴らしい文章を作りたいんだってさ。


俺からすれば鼻クソが腐るぐらい面倒くさいことだが面白さの為だ。協力してやることにした。

てことで授業を無視して文章作成に励む。


『あなたを見ているとドキがムネムネ、おっぱいばいんばいんです。僕と付き合ってください。あとおっぱい揉ませてください』


我ながら素晴らしい恋文だ。

ラブレターなんて書いたことなかったが、かなり良い出来になった。

よし、これを芋助に提出しよう。




「全然使えねーよ!?」


次の休憩時間。

俺の傑作を見た芋助は咆哮して手紙を破りやがった。


「テメーなんてことしやがる。お前の髪もちぎってやろうかあぁん?」


「俺はブチギレたいわ! 何これ、自分の欲望剥き出しなんですけど!? あと最後のP.S.みたいなノリでおっぱい揉ませてってなんだよ!」


欲望剥き出しって、ラブレター自体そんなもんだろ。付き合いたいって欲望だろうが。

付き合うもおっぱいも大して変わらん、寧ろ後者の方が素直で好感が持てると思うぜ。ばいんばいん!


「はぁ、ハルに期待したのが間違いだった」


「そういうテメーはどうなんだよ。見せろや」


はい、と芋助が紙を渡してくる。


「えへへ~、我ながら素晴らしい出来だと思う」


『空は青く澄み渡り、君を目指して歩く。あぁ、この気持ち、止まらなってぃ。君のことを考えるだけで心がドキドキってぃ。もうね、ヤバイね。思い募るばかりでその速さまるでトッティ。怖くても大丈夫、僕らはもう一人じゃない。だから付き合ってくださてってぃ』


…………。


「すげーだろ、どうだ?」


「お前の頭すげーヤベーな。ネジがないとかのレベルじゃねぇわ。ネジの代わりに蛆でも詰まってんの?」


俺よりひでーよこれ。前半とかおもっくそ歌詞パクってるし、途中から謎の語尾あるし。なんだよ『ドキドキってぃ』って。そしてトッティ関係ねーだろローマの英雄に謝れよ。

もう書くこと思いつかなくてまた歌詞で良い具合に誤魔化そう感が出てるし、最後の『付き合ってくださてってぃ』に至っては発音の仕方が分からない。


小学生でもまだマシなやつ書ける。……これは酷い。


「ご、誤字とかないかな?」


心配するところそこじゃねーよ。

お返しにボロクソ言ってやりたいが、これはこれで面白い。


「これでいこう。もうお嬢様のハートはキャッチ&ホールドどころかフォールして3カウントだわ」


「よっしゃキタコレ!」


テンション爆上がりの芋助。

この恋文が最高だと信じて疑っていない。アホだ、生粋のアホだ。


「となれば次は封筒作りだな。芋助」


「おう、アルミホイルの出番だぜぇ!」


芋助はしたり顔でアルミホイルを取り出す。教室でアルミ箔を見ることになるとはね。

芋助はアルミホイルにシワがつかないよう丁寧に引っ張り出して慎重にカットする。周りからしたら「こいつ何やってんの?」状態だがこいつは本気だ。

ガキの自由工作とは比にならない集中力でアルミホイルを折っていく。


「あ、シワが……ええい、やり直しだ!」


少しでも変な折り目がついたら一から作り直すその頑張りは評価したい。

が、本文がクソな上に封筒がアルミホイルの時点でラブレターとしては最低品質だから無駄なんだけどね。


それでも芋助は頑張る。

次の授業が迫っているが彼の手は止まらない。匠の領域だ。プロフェッショナルで特集を組みたい。『プロフェッショナル ~アルミホイルの流儀~』みたいな。


「お、良い感じ」


「頑張れ頑張れ」


俺は暇なのでこっそり手紙を抜き取り、文を書き足しておく。

やっぱり『おっぱい揉ませてください』は書いておくべきだよ。少しくらいゲスな方が生々しくて好感持てるよ。

最後に顔文字も添え、手紙を机の上に戻す。芋助は気づかないまま折り紙に夢中。


そして、


「よしっ。あとは手紙を入れて……」


手紙を入れるのも慎重な作業。

今、アルミホイルの中に、クソな内容の手紙が、入ったー。


「トドメにハートのシールを貼って……か、完成だあ!」


両手で高々と掲げるクソの集大成。

これ程に時間と資源を無駄にした物があろうか。限りなくゴミに近い何か、である。


「よし、後はこれを天水さんの机かロッカーか靴箱の中に……ちっ、チャイムか」


キンコンカンとチャイムが鳴り、授業の始まりを告げる。

渡すのは次の休み時間だな。


「あぁ~楽しみだな~!」


そうだな、この限りなくゴミに近い何かを見てお嬢様がどんな反応するか楽しみだ。

それぞれ違う意味でニヤニヤと笑う俺達は自分の席へ着いた。


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