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第23話 四日目・野球中継

飯と風呂を済ませ、夜の九時。

昨日は帰りが遅くなったせいで自由時間がなかったけど今日は違う。自室にて、さぁのんびりダラダラタイムだ。


「つーか寝る以外に娯楽がない」


書物や古い電化製品が詰め込まれた物置部屋、そこにベッドを置いただけのお粗末な空間。

手ぶらで連れて来られたからゲーム機なんてない。スマホのアプリゲームも長続きはせず、こうしてゴロゴロするしかない。俺はアカネのミルタンクかっつーの。

まるで監獄みてーな生活だ。せめて部屋にテレビが欲しいね。


「あ、そうだわ、テレビが観たい」


今日は木曜。確か気になっていたドラマがあったはず。

いざ行かん、リビングへ。売店で買ったパン菓子を持ってジャージの格好のまま一階へ下りる。

にしてもこの家はホント豪邸だな。まだお屋敷の内部全てを見きれていない。広過ぎだろ。いつかマジで迷子になりそう。


さて、到着した。

クソ広いリビングへと繋がる扉を開け、中に入る。


「あ、陽登君か。ビックリした」


「え……誰?」


すると中には先客がいた。

最初、全く知らない人がいると思った。が、それは部屋着に着替えたメイドさんだった。いつもメイド服だから分からなかったです。


髪を下ろして白と黄色のボーダー柄のモコモコ素材のパーカーを着て、下はショートパンツ。あ、生足だ。うほほい。

まるで別人っすね。髪を下ろしただけでこんなにも受ける印象が変わるものなのか。思わずドキッとしてしまった。

そして漂うちょいエロな雰囲気。アレだね、部屋着だからこそ出せる味だわ。部屋着ってグッと来る。うほほいパート2。


「誰とは失礼ですねりメイドの月潟沙耶ですよー」


メイドさんが話しかけてきた。怒ってるぞ~、と頬を膨らませて表現している。あざとい。あざとい二十四歳。


「すいません。でも部屋着のお姿が可愛くてビックリしましたよ」


「陽登君は私のこと狙ってるの? そんなテキトーなこと言ってお姉さんを冷やかしたら駄目ですよー」


そんなつもりは微塵もありませんよ。会話の流れで素直な感想言っただけです。

まぁ、ね? もし狙えるなら狙いたいよね。大人の女性にリードしてもらいたい。上ずった声で「お、お願いしますっ」とか言いたい。うわ俺キモイ。


「陽登君もテレビを観に来たの?」


「そうっす」


何帖あるんだよ!と半ギレしそうな広さのリビングを歩き、メイドさんが座っているソファーの近くにペターと座る。


「私の横に座ってもいいですよ?」


「遠慮しておきます」


隣に座るとか難易度高過ぎるわ。例えビッグサイズのソファーであっても。カーペットの上にあぐらかいた方が遥かにリラックス出来る。

前を向けば映画館のスクリーンと見間違う程の馬鹿デカイ液晶テレビがあり、左右にはこれまた馬鹿デカイスピーカー。

やっぱ豪邸は違うわ。サイズの桁違いに目眩がする。故にイラつく。どうして俺の部屋はあんなにもお粗末なのかと。


「テレビ大きいですよねー」


「そうっすね。これでグラビアのDVDを観れば剃り残しの毛も視認出来そうです」


「陽登君は日に一度はゲスを吐かないといけない呪いにでもかかっているのかな? マジサイテーですねー」


「つーかなんで野球中継?」


大画面に映るのは野球の試合。

投手の後ろ姿、打者がボールをカットしてファール、捕手の渋い顔まで鮮明に映されている。画質もヤバ過ぎぃ~。


「私、野球好きなんですよ」


「へぇ。嫌いな球団はどこです?」


「普通は好きな球団を聞くのになぜ嫌いな方?」


それでもメイドさんはちゃんと答えてくれた。あー、分かります俺もあの球団嫌いですわ。


「試合はどんな感じです?」


「乱打戦ですねー。お互いに投手の入れ替わりが激しいです」


メイドさんが解説してくれた直後に打球音と歓声が響く。

打球はセンターの頭上を越えてワンバウンドでフェンスにぶつかり、ランナーがホームベースを踏む。

今ので点数が並んだらしく、ジジイの監督が嬉しそうに微笑む表情まで鮮明に映し出されている。


「うぅ、抑えてください頑張れっ」


点差はなくなり二塁にランナー。内野越えたら勝ち越しだ。

今守っている方がメイドさんが応援している球団なのね。

メイドさんは熱くなっており、両腕をぐるぐる振り回して目は興奮の色がギラギラ燃えている。

まぁ俺が贔屓のチームの試合じゃないから俺は大して気にならないけどね。てことでチャンネルの変更を要求しよう。


「メイドさん、俺ドラマ観たいです」


「野球中継の延長でまだドラマは始まっていませんよ」


そうなのか。じゃあ大人しく中継が終わるまで待っておくか。

メイドさんと二人で野球観戦することにする。


「あ、ボールドーナツありますけど食べます?」


「間食は太るから控えています。でも食べたいですー」


砂糖がまぶされた一口サイズのボール状のドーナツを渡す。

これ美味しいよね、安いし。コスパ最強。薄皮シリーズぐらい最強だ。あいつらも相当コスパ良い。


「懐かしい味です。学生時代によく食べてました」


「メイドさんが学生の頃っすか。俺まだ生まれてないですね」


「私もそろそろキレますよー?」


非常に冷えた声でした、怖ぇー。

お嬢様はからかっても分かりやすく怒るだけだが、この人は淡々と怖い発言を放つ。

かなーり怖い。カタカナにするとカナーリコワイ。カタカナにする意味は特にない!


「陽登君は野球詳しいですか?」


「俺、小学生の頃は少年野球のチームに入っていましたよ」


「えっ、意外ですね」


「意外とは心外、それは勘違い~」


「ラップはもういいですって」


打球は鋭く、投手の横を抜けていく。

が、遊撃手が滑り込んで捕球、即座に立ち上がって素早く一塁に送球してバッターアウトのチェンジ。


「な、ナイスですっ」


メイドさんは大喜びだ。

ルームウェアの格好ではしゃぐ姿は普段のメイド服のイメージとは対照的でとても可愛らしい。小さく、けれど溌剌に拍手している。嬉しそうだなこの人。


「今のは送球も良かったなー。起き上がってから投げるのが速かった」


「ファインプレーですね」


「あと俺のラップのおかげかな?」


「さぁ反撃のチャンスですっ」


無視かよ。

ボールドーナツをもぐもぐ食べながらメイドさんのテンションが上がっていくのが分かる。


「さぁかっとばせー、ですっ」


「いえーい」


しかしここで『放送はここまで』と解説者が言って野球中継は終わりを告げた。

放送時間の都合があるとはいえ、最後まで放送されないのは悲しいね。


「では私は部屋に戻ります」


メイドさんがパッと立ち上がった。急ぎ足でリビングから出ようと動く。


「待っていたらスポーツニュースで結果分かりますよ」


「いえ、部屋のパソコンで続きを観ます。こうなることを予測して起動したまま来ました」


あ、この人ガチだ。

だったら最初からネットで観戦してろよ。まぁこの大画面で観たかったのかな。


「陽登君」


リビングから出る間際、メイドさんは俺の方を振り返る。


「少しの間でしたが一緒に観戦出来て楽しかったです。ボールドーナツご馳走様でした。あまり夜更かししては駄目ですよ」


「あ、はい分か」


「ではお休みなさいー」


俺の言葉を待たず早口でまくし立てるとメイドさんは颯爽と出て行った。早く試合を観たいんだろうな。

何にせよメイドさんの素の部分が見れて面白かったな。ああいった一面もあるんだね。

普段は冷静で真面目なメイドさんが野球観戦を全力で楽しんでいた。そのギャップの落差に少しキュンとしてしまったのは内緒だ。ギャップ萌えってやつか。傍にいて温かい気持ちになったよ。


さあーて、野球中継終わったならドラマが始まる。

俺の本番はこっからだ。


『この後は! 芸人の割とマジで本音トークSP!』


……え? クイズ?

今、バラエティ番組のひな壇みたいなセットが映っていたけど、あれれ? この後はドラマなんでしょ?

スマホで番組表をチェック。すると……。


ドラマは違う局だった。

そしてもう放送している最中。


「……う、嘘つきやがったのか……!」


騙された! ドラマは普通にやっていたんだ。チャンネル替えられたくないから嘘をついたのか。しかもあんな平然にサラッと顔色変えずに……マジかよ。


チャンネルを替え、一応ドラマにしたが途中からでは観る気がしない。

その場に寝そべり、俺は天井を仰ぐ。


やっぱこの家ってクソだわぁ……。


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