第21話 四日目・口悪い使用人
朝、携帯が鳴る。アラームではなく着信音だ。
寝ぼけながら通話をオンにしてみれば、
「おはようだよハルきゅん! 今日のラッキーカラーは白だ。白色のパンチラ見ようぜ!」
即刻通話をオフ。舌打ち混じりに携帯の電源を切る。
最悪の目覚めだな。あの野郎、昨日の仕返しか?
電源を切る前にチラッと見たら時刻は七時前。普通に起きる時間だったので渋々起きて部屋を出る。執事服には着替えない。寝巻きで豪邸を歩くー、
向かう先はお嬢様の部屋。扉の前に立ってノック。返事は返ってこない。
「お嬢様、朝ですよ」
呼びかけるも返事なし。やっぱあいつ寝起き悪いのか。あーめんどい。
関係ないけど、あーめんどいってアーメン土井って聞こえるよね。誰だよアーメン土井って。売れない芸人の名前みたい。
「失礼しまーす」
起きていない様子なので扉を開けて中へと入る。相変わらずの天井付き豪華なベッドだな。
ふと机の方を見れば昨日買ったハンカチの入っている袋が置かれていた。プレゼントするのは来年の春なのになぜ今買ったのやら。
「雨音お嬢様、朝です起きましょー」
ベッドの傍で声をかけるが起きる様子がない。安らかな寝顔、小さな寝息、ただの天使だ。少し開いた口も可愛さを増すポイントの一つ。
俺があんなことしたのに、もう警戒心が薄れているのか。しょーがないなー。
……今度こそ触ってやろうかな。
自然と手がワキワキと動く……が、でもさすがに駄目か。今度はマジで殺される。享年十六歳ってのはあんまりだ。
大人しくお嬢様の耳元へ近寄り、息を吹きかけ囁くようにして、
「ふー……めちゃくちゃにしちゃうぞ」
「っ!?」
ガバッと勢いよく起きるお嬢様。
目を見開いて俺を見つめ、荒い息を吐く。そして両腕を交差させて自分の胸を隠そうとしている。
「あ、起きてくれましたか。さあ朝ですよ」
「で、出てけー!」
揉んでないのにビンタされた。意味不明だ。
俺はただ執務を全うしただけなのに。
「ほら! 早くついて来なさい!」
目覚めが悪かったせいか朝からお嬢様のご機嫌は麗しくない。
プンスカと擬音が聞こえてきそうなくらい怒っている。もぉ嫌だよ僕ぅ。
「陽登君」
メイドさんから声をかけられた。
後ろを振り向いて応対する。今日もお美しいですね。
気品良く物腰静かな雰囲気はまるで天界の宮殿に立つ天女のよう。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花ってやつか。俺と結婚してください、そして養ってください。家事はキッチリ分担でよろしく。
「何ですか。犬小屋は勘弁してください」
「そうじゃなくて。これからはお互い連絡が取れるようにしておきましょう」
携帯電話を見せるメイドさん。あー、そゆことですか。
俺も携帯を取り出して起動する。芋助から着信が来ていたが無視しておこう。
「はい、送信しました。私のアドレスと電話番号です。何かあった際は連絡してくださいね」
「何もなくてもメールしていいですか?」
「陽登君、そういうのはお嬢様や他の女の子にしてあげると良いですよー」
俺のアプローチは躱されてしまったようだ。
さすが大人の女性ってか? 俺的には二十四歳でメイドの格好している自分の行き遅れ加減に気づいてほしいけど。
「陽登く~ん、失礼なこと考えてない?」
「んなわけないですよー。俺が小学生の頃にこの人は成人したのかぁ、って小馬鹿にしていただけです」
「帰ってきたら庭の草むしり決定ですね」
「あ、嘘。ごめんなさいジョークです俺なりのユーモアを」
「火村! 早く来なさいってば!」
弁解も途中で終了させられ俺は車に乗せられた。
黒い笑顔で手を振って見送るメイドさん。その笑顔、超怖いです。
車は走り、クソ広い庭の横を通っていく。
……ここを草むしりするのか。広過ぎだろ。
はぁ、帰るのが鬱だわ。芋助の家に逃げようかな。
「沙耶と何話してたのよ?」
牙狼スペで大勝ちした運転手さんの安定した運転の元、道行く通行人を眺めていたらお嬢様に話しかけられた。
この子意外とグイグイ話しかけてくるよな。やっぱ寂しいんだろ。
「お互いの連絡先交換してただけですよ」
「ふーん……」
「お嬢様は携帯電話を持っていないのですか?」
そういえば携帯を触っているところを見たことがない。
「持ってるわよ。ちゃんと引き出しの中にしまってあるわ」
それ携帯してませんやん。
携帯電話なんだから常に携帯してろよ、とかウゼー言い分はしないけど引き出しに入れているのはいかがなものか。
「ちなみに最後に触ったのはいつです?」
「そうね……入学の時にパパとママに電話した時かしら」
一ヶ月も前じゃねーかー。
こ、こいつマジか。スマホがないと生きられないと噂の女子高生だよな?
こんな奴がいるとは。思わず鳥肌が立ったぜ。
さすがに一般のボッチでも一ヶ月携帯を放置しないだろう。このお嬢様のレベルの高さが伺える。同時に悲しくなった。
「あ、そっか。そろそろ充電しないといけないのかしら」
そこじゃないよ。
駄目だ、聞いているこっちが泣きそうになってきた。
平然としている雨音お嬢様が哀れに思えてきた。一応は美少女なのに、寝顔も素敵なのに、なんて可哀想な奴。
「……ちょっと。何よさっきから悲しげな目をして」
それはね、あなたの寂しい姿を知って俺まで悲しくなってきたからだよ。
「俺で良かったらメル友になるんで帰宅したらアドレスと電話番号教えてください」
「え、なんでアンタとメル友にならないといけないのよ」
「いやまぁメル友じゃなくてもいいんでとりあえず連絡先教えて。そして携帯はちゃんと充電してある程度は携帯してください」
昼休みはお嬢様に付き合って教室で昼飯を食べた。
お嬢様は今日も二段の弁当箱で、一つを俺にくれた。そして今日は箸が俺の分もあった。
準備ええやん、俺そーゆーのすごく好きだよ。女子高生のブラジャーの次に好きだ。ですから誰か俺にブラジャー譲ってください。お礼に俺の初めてを捧げるので。うほほぉ俺に得なことばかり~。
「ごちそーさまでした」
弁当箱を片付ける。
昼休み終了までまだ時間はある。後は昼寝に勤しもう。食って寝る、ニートの基本である。
「火村、図書室に行くわよ」
「え、果てしなく嫌なんですけど」
「いいからついて来なさい」
問答無用、お嬢様に命令されて俺も付き添うことになった。
男子トイレに逃げ込もうと思った直後には首元掴まれて引きずられていた。クソ。
もっと俺も抵抗しろよ。使用人になってから意外と従順に働いている自分が情けない。ナマケモノですら「こいつ何なん……」と呆れる程のビッグニートになる夢を忘れたか。目指すは底辺の底辺、地面にめり込むぐらいの遥か下へ。
「本を借りるんですか?」
「そうよ。次の時間は自習だから暇を潰せるものが欲しいの」
次は自習なのか。それは良いことを聞いた。
前半は妄想に費やして残りは寝よう。うふふ、楽しみだ。
授業は辛いが妄想の世界に浸れば意外と苦ではない。
今日はどんな妄想をしようかな。親友に自分の彼女を襲わせるように仕向け、彼女が必死に俺の名前を叫びながらもその場の快楽に溺れていく様を、俺は他の女を弄びながら別室のモニターで鑑賞するシチュエーションとかどうだろう。ヤッベこれ超燃える。NTR最高。
「こりゃ妄想どころか今晩のおかずにもできそうだな」
「いきなり意味不明のこと言わないで気持ち悪い」
「気持ち悪いのはテメーの図々しさだよ。図書館ぐらい一人で行けボッチが」
「アンタ本当に失礼過ぎるわよ!?」
雨音お嬢様と二人並んで廊下を歩く。
そういえばまだ校舎全体を見て回ったことはなかったな。図書室に行くのも初めてだ。
俺、転校生よ? 可愛い女子が学校を案内してくれる的なイベントはないの?
クラスメイトは冷たい奴らばかりだ。もっと歓迎しておくれよ。歓迎会とか開けよ。俺は欠席してやるからよ。
「お嬢様は本を積極的に読むタイプですか?」
「別に。暇だったら読む程度よ」
淡々と返すお嬢様。
ボッチのお前が暇じゃないわけないだろ。素直に読むと言えよ。
一階に降り、渡り廊下を歩いて図書室のある棟へ着く。意外と立派なんだな。やるじゃん。
「言っておくけど図書室では静かにしなさい」
そんなこと分かってるよ馬鹿にすんな。俺はお嬢様と違って一般常識は持ち合わせていますから。
「そんなこと分かってるよ馬鹿にすんな。俺はお嬢様と違って一般常識は持ち合わせていますから」
思ったことをそのまま口に出す。
「……アンタってホント口が悪いわよね。どうやったらそこまで腐れるの?」
「いやいやお嬢様には負けますよ」
互いに文句を垂れながらも図書室の扉を開けた瞬間には口を閉じる。
静寂に包まれた空間。本がたくさん並んでいる。さすが図書室。いかにも図書室って感じだ。
落ち着いていて昼寝が捗りそう。今度から利用しようかな。
「行くわよ」
「図書室で喋るな」
「火村の方が喋っているじゃない」
「いや今のでお前の方が喋っているだろ」
小声で言い争いながらお嬢様は『今月のオススメ』と司書さんの手作り感満載のポップがある本棚の前で止まる。
一つ手に取り、本を開いてペラペラと流し読みを始めた。
さて、俺は暇なので近くの椅子で昼寝しよ。
すぐに行動へ移る。勉強をしている三年生っぽい生徒の横へ躊躇いもなく座って突っ伏す。そして寝る。
周りなんて関係ねーよ。静かにしてたら問題ないだろ。
あー……なんだか眠くなって……
「……ら……火村、起きなさい」
誰かが頭を叩いている。顔を上げればお嬢様の姿。
「人が気持ち良く寝ていたのに起こさないでください」
「図書室で寝るな。火村の隣にいた人、他のテーブルに移動したわよ」
まるで俺のせいみたいな言い方。
隣で寝ている奴がいるから勉強に集中出来ないとか言い訳だわ。そんな奴に受験は戦えない。鼻クソだね。
「で、何だよ。本は決まったのか」
「決まった。もうすぐチャイム鳴るから戻るわよ」
時計を見ればあと一分で授業開始。
一分って、お前……。
「もっと早く言えよ。走っても間に合わねーぞ」
走る気なんて微塵もないけど。
「し、しょうがないじゃない。迷ってて気づいたら……」
本の貸し出し手続きは済ませたようで、そのまま図書室を出る。
渡り廊下を通って四階に上がって教室に戻る……どう考えても一分では間に合わない。
「あのさ、どこかでサボろうぜ」
「え?」
「どーせ自習なんだろ? お喋りで騒がしい教室より静かな場所に行こうぜ」
それに周りが楽しくお喋りしている空間はお嬢様には可哀想だ。ボッチには適さない環境だよ。
だったら誰もいない静かな場所で本を読めばいい。あと俺もそっちの方が寝やすい。
「で、でもサボっていいのかな?」
「いいんですよ。自習ならバレませんって。つーことでどこか落ち着ける場所知ってる?」
教師が見回りに来なくて落ち着ける場所を希望します。
「う、うーん……食堂は?」
「授業中に生徒が食堂にいたらおかしいだろ馬鹿か」
「じゃあ屋上?」
「ドラマや漫画じゃあるまいし、屋上が開放されているわけない馬鹿か」
「……図書室」
「食堂と同じ理由で却下。もっと頭使えよ馬鹿」
「何よさっきから馬鹿馬鹿言って! いい加減にしてよ!」
雨音お嬢様がキレた。まぁそりゃそうか。
よく我慢して何度も提案してきたものだ。
「だったら火村はどこか良い場所思いつくの!?」
「入学して四日目の俺が思いつくとでも? だからお前に聞いているんだよ馬鹿」
「きぃー! ムカつく!」
なんて感じで言い合っていると教室に着いてしまった。




