第18話 三日目・放課後ショッピング
素手で食うのはさすがに躊躇い、近くにいた東大田原君から箸を奪、借りてことなきを得た。
「それで昨日は従姉妹が遊びきて一緒にお手玉したのよ。あとね、あとねー」
現在、車で下校中。
なのだが隣に座るお嬢様がペラペラと昨日の出来事を喋ってうるさい。
俺はテキトーに相槌を打ち、ぼんやり間投詞を挿入して外の景色を眺める。今日もガキ共が楽しげに帰ってるわー。俺もあんな無垢な時代があったのかねぇ。小麦粉練ったやつを餌に川釣りしていた記憶ならあるけど。あれ意外と釣れる。
「ねぇ聞いてる?」
「聞いてるよ。従姉妹って何歳ですか?」
ちゃんとした返答をしなければこいつは不機嫌になるからテキトーに返す。このテキトーは適当という意味でテキトーではない。日本語難しいね。
「来年ね~、一年生なの。ねぇランドセルとか贈った方がいいかなっ?」
「そーゆーのは親御さんが買うから大丈夫だろ。ハンカチや色鉛筆とか消耗品が好ましいですよ」
「おぉ~」
え、何、なんで感心してんの?
指を顎に添えて唸るお嬢様。むむっ、といつになく真剣な表情。
ボッチで過ごす教室とはテンションが違い過ぎる。お前やっぱ友達欲しいだろ。つーか作れ。
俺はお前のどうでもいい話に耳を傾けるつもりはない。スリーサイズとかお風呂でどこから洗うとかそういった有益なことを話すなら別に聞いてやるけどさ。あ、俺は頭から洗います。普通だよな。普通でええやん。
「決めたわ。今から買いに行きましょう」
「あ?」
今から?
「黒山、この辺りで買い物出来る場所ある?」
「はっ、少し遠いですが大型のアウトレットモールがあります」
「ではそこへ行きなさい」
はっ、と短い返事をして運転手さんは右折レーンに移っていく。明らかに目的地が変更された。
「いやいや、今から買いに行くの?」
「そうよ。早めに買った方が良いでしょ」
むふー、と嬉しげに荒い鼻息を出して既にご満悦な様子。
クソ、上手く相槌を打つんじゃなかった。俺は早く帰ってドラマ観たかったのに。やけにドロドロした物語を観つつポテチ食べる、この喜びに勝るものはない。俺の至福を邪魔するつもりか貴様ぁ。
「どうしようかなー、ハンカチなら私もお揃いの買おうかなぁ。むふふー」
しかし雨音お嬢様のテンションは上がっていく。これはもう止められない。
はぁ……大人しく付き合うしかないのか。
しばらくすると大きな建物が見えてきた。
高さはないがとにかく長い。はいはいアウトレットモールってやつね。
「ここでお降りください。私は車を停めてきます」
「ありがと。帰る時に連絡するわ」
「え、私もご一緒してボディガードを……」
「火村がいるから大丈夫よ。あなたは待っていなさい」
何をさらっと俺をボディガード扱いしてやがるの? 誘拐犯に襲われたら真っ先に逃げる自信が俺にはあるぞ。
お前だけ連れ去られて犯されろ。そしてエロ漫画みたいに無茶苦茶にされたらいいんだ。高飛車な女が快楽に溺れていく展開って良いよね~。次ページではアへ顔みたいな? 女騎士モノ最高。
「まあ運転手さんはパチンコでも行って時間潰してきたらどうすか? お嬢様は俺が相手しておくんで」
お嬢様が降りたのを確認して前の運転席のおっさんに耳打ちする。
せめてアンタだけでも休め。俺は逃げられないからさ。
「い、いいのでしょうか?」
「大丈夫ですよ。俺の代わりに休んできてください」
あ、景品の菓子よろしくでーす。と最後に添えて俺も車から降りる。
車は駐車場には行かず発進して道路に出た。
「行くわよ火村っ」
「しょうへーい」
「むふー」
テンションたけーな。
目の前には大きな看板があったり広告が貼られている。その奥には美しい曲線美を描くアーチ。あそこが入場口ってことか。
「早くしなさい~!」
急かすお嬢様の後についていきアーチゲートを通る。
中に入ればいかにも典型的なアウトレットモール。数多くのテナントが並んで中央は太陽の日差しが存分に差し込む。三つの階層からなる吹き抜け構造だ。
大きいなー、お屋敷より大きい。ここで見つからない探し物はないぜ?と言わんばかりだ。
田舎でジジババに囲まれて過ごした俺にとっては新鮮味がある。美女ウォッチが捗りそうだ。前を歩く女は美女にカウントしない。こいつは性格がブスだから。
「久しぶりに来たわ、楽しみっ」
さすがボッチのお嬢様。いつも引きこもってこんな場所に来る機会は皆無なのだろう。楽しげに足取り軽く進んでいく。
友達いない奴はこんなところには来ないからね。なぜなら寂しいし虚しいし、賑やかに歩くクラスメイト達と会うのを避ける為。
一人孤独に買い物していたらクラスメイト達と遭遇。とてつもなく気まずい。
ん? あ、いや別に経験談とかではないからな。ちゃんと中学生の頃は友達いたから本当だからっ。クリスマスにコンビニ行ったらクラスの奴らが楽しそうに買い物していたとかそんなことないから!
「思ったより人はいないのね」
「そりゃ平日だからな」
おまけに学生らしき姿もない。
下校時間になって車で即帰宅した俺達が一番早く着いたのだろう。ボッチと金持ちだからこそなせる技である。
「何から見ていこうかしら……あっ、アンティークショップがあるわあそこから行きましょ!」
勝手に突っ走るお嬢様を追ってお店の中に入る。俺も続いて入店する。渋々ね。
店内には木製の家具や洒落た形の加湿器、ガラス製のオシャンティーなコップとスプーンのセットが置かれている。意識高い系が好みそうなグッズがわんさかありますね。
「わぁ可愛い~」
お目当てのハンカチを見つけたようで。お嬢様はキラキラした瞳でハンカチを見ている。
「つーか従姉妹って来年に小学生なんですよね。今買うのはちょっと早過ぎませんか?」
まだ五月だぞ。気が早過ぎる。そーろーですか?
「猫さん可愛い~、あっ、でもこっちのキリン模様も良いなぁ」
だーめだこいつ話聞いてねぇ。ハンカチ選びに没頭してやがる。
俺には無視するなと言うくせに自分は話聞かないとか人間のクズだ。俺以下のクズだな。俺より下とかマジで終わってるよ。ニート以下ってことでっせ。
「これとこれどっちが良いと思う?」
「どっちも良いと思います」
「それじゃ駄目。ちゃんと考察してそれぞれの良さを見た後に検討して意見をまとめなさい」
理科の実験? 考察て……。
そこまでみっちり考えないといけないのかよ。ただのハンケチーフでそこまで熱心になれるか。
けどテキトーに言ってお嬢様が納得するか怪しいし……うーん。
「キリン柄って珍しいし、黄色がとても濃くて良いと思いますよ」
「そうよねそうよねっ?」
「見え辛いけど端っこに小さなキリンもいますし中々個性的ですね」
お嬢様の手からハンカチを取り、目の前で広げてあげる。
端の小さなキリンさんを見つけてお嬢様の顔はパァーと明るくなる。子供か。
「ですが従姉妹様とお揃いにするのであれば一個性のキリンはあまりよろしくない気もしますね。猫さんの方がシンプルでお揃いとして無難かと」
「むぅ、そっか。悩むな~」
再び悩み始める雨音お嬢様。
対して俺は……
これ、すっごい疲れるんだが!?
今のかなり頑張って意見述べたよ俺っ。小さいキリンとかよく見つけたよ、ウォーリーを探せ以上に目を凝らしたわ。はー、疲れた。
でもまぁこれで買い物が終わるなら……
「行くわよ」
「お買い上げしましたか?」
「別のお店で探すわ」
ファッキン!
あんなに時間かけて悩んだのに結局買わねーのかよっ。今までの時間は何だったんだ。
「あ、次はあっちに行ってみましょ!」
あぁ……気づいたわ。
雨音お嬢様、買い物で超はしゃぐ面倒臭いタイプの人だわ。