第17話 三日目・お嬢様とランチタイム
「はい席着いて。ホームルーム始めるわ、よ……火村君、何その顔」
「先生、俺の顔面偏差値について言及しているのならやめてください。俺だってイケメンに生まれたかったです」
「いやそうじゃなくて、その怪我」
嘘がバレ、お嬢様による椅子垂直落下プレスを食らった俺。
たんこぶができて鼻穴から血がドバドバー。衝撃のショックでまともに目が開けられない。
おー頭がクラクラする。プロレスラーってすごいよねと思いました。
「まあ大丈夫なら良いわ。今日使うプリント配りまーす」
「わぁお心配タイム終了?」
無視されて前からプリントの束が回ってくる。昨日俺と木下さんが作ったやつだ。
はぁ……頭が痛い。
ぼーっと過ごしていたら昼休みになった。
鼻穴から丸めたティッシュを取り出して芋助の鞄にこっそり入れる。特に意味はない嫌がらせ。
「おーいハル、飯行こうぜ」
「おっけー」
俺の嫌がらせに気づかない芋助が席を立つので俺も動く。今日は何食べようかな。
「火村」
教室を出かけた瞬間、後ろからお嬢様の声が聞こえた。三日連続である。
うーわ、すごく逃げたい。
「昨日言ったこと覚えているでしょ」
あーはいはい分かりましたよ。今日は無視しません。
大人しく後ろを振り返ってお嬢様を見る。椅子は持っていないので今のところ大丈夫かな。
「おろ? どうしたんだハル、早く行こうぜ」
俺がついて来ないのに気づいて芋助が戻ってきた。
「悪い、今日は昼飯付き合えない。他の奴と食ってろ」
「おろ!? な、何だよ朝のことまだ怒ってるのか」
違うよ。登校時のホモギャグや俺の演技ぶち壊し、散々だったけど許してやる。
そうじゃなくて、
「先約が入っていた。今日は雨音お嬢様に付き合わんといけない」
一歩引いて俺の後ろを見せる。
雨音お嬢様の姿を見て芋助は固まった。
「て、天水さん……おろ!?」
さっきから「おろ」を連呼しやがって。お前は剣心か。緋村は俺だぞ。いや違うか。漢字違った。
「ど、どーゆーことだ。二人で飯食うのか?」
硬直した芋助だったがすぐ動いて俺の耳元で囁いてきた。
あ? このお嬢様と俺が仲良くランチするとでも。そんなわけないだろ。
「どうせ昨日や朝の腹いせに俺を虐めるつもりなんだよ」
「聞こえているわよ」
聞こえていたよマジかこいつ地獄耳か。
「てなわけだ。すまん」
「うぅ、ハル~」
「俺の代わりに学食のババアを煽ってくれ」
「昨日のババア連呼の犯人お前だったのかよ!?」
叫ぶ芋助の背中を押して教室の外へ押し出す。
あまり長引くとうちのお嬢様がキレそうなんでな。こいつ沸点低そうだもん。
「聞こえているわよ」
「なんで聞こえているんだよエスパーかよ。ゴースト二倍ですか?」
「何言ってるか分かんない」
いやほらエスパータイプには虫と悪とゴーストの攻撃が効果抜群的なやつ。
「まぁいいか。で、何の用事ですか雨音お嬢様」
貴重な昼休みなので出来れば早めに解放してもらえるとありがたいです。こっちも腹ペコなんですわ。
お嬢様はじっと俺を睨み、そして自分の鞄から何かを取り出す。
あれは、弁当……?
「ん」
「ん、じゃ分からねーよ。言葉にしろ」
「……お昼食べる」
何をボソボソ言っているんだこの人。
言葉にして言えよ。おだかずまさ状態か?
「あー、お弁当食べるから俺に付き合え、ってことですか」
「そ」
小さく頷いて自分の席に座るお嬢様。
前の席を指差して俺を見る。そこに座れってことかな。
椅子を引き、お嬢様と向き合うような形で席に着く。
「いただきます」
「もしかして一昨日から俺を呼び止めていたのって一緒に昼食を食べたいからか?」
「いただきます!」
俺の声を掻き消す声量でいただきますを叫んでお嬢様は乱暴に弁当箱を開けた。
図星か~、一人で食べるのが寂しいんだろ~? そんなんじゃ真の一流ボッチには程遠いぜ。
にしても、さすが天水家の弁当だな。
弁当箱の大きさはそれ程でもないがおかずのラインアップがすごい。
様々な種類のおかずは色とりどり、極彩色鮮やかに炸裂する花火の如く食欲そそるものばかり。とても豪勢だ。
レギュラー全員が他校なら四番を張れるスラッガー的なやつ。
「いつも弁当こんな感じ?」
「そうよ。おかず多くて大変よ」
なんつー贅沢な悩み。
あのシェフが毎日作っているのかな。あの人はお前以上に大変なことを知っておけよ。
「ところで俺の分は?」
「え?」
「え?」
俺の分は、ないの?
だったら俺はどうしてここにいるんだ。
「すいません飯買ってきていいですか?」
「駄目よ」
いやいや……こいつは何言ってるの?
意味が分からない。ちょっとゴリラっぽく抗議してみるか。
「ウホウホ、俺は弁当ないんですって。せめて売店でパン買ってくるとか、それくらいはいいでしょウホ」
「その間、私が一人じゃない。そんなの嫌よ」
オッケー理解した。こいつ頭おかしいわ。頭ウホウホだわ。
会話が成り立ってないね。今のお嬢様の暴論をまとめると、
私は弁当を食べる、それに付き合え、お前はここから動かずそれを見ていろ。
こうですね分かります。あぁやっぱイカれてるわクレイジーだ。
「お嬢様、お昼休みとは昼飯を食う時間です。俺にもその権利はあります」
「そうなの」
謎のソースがかかった唐揚げを食べながらお嬢様は生返事をする。ふぁーっく。
「このままでは売店のパンは売り切れ、俺は何も食えないまま午後の授業を受けなければなりません。それはあんまりです。そうでしょ?」
「そうね」
「でしたら」
「でも駄目。私の話し相手をしなさい」
「おーい皆聞いてくれー! こいつ頭おっかしいぞー!」
起立して叫ばずにはいられなかった。
教室内で雑談しながら食べていた奴ら全員がこっちを見る。そうだもっと俺を見ろ、そしてこの生意気お嬢様の傍若無人ぶりを見てくれ。
「ちょっと! 注目浴びてるじゃない。やめてよ恥ずかしい」
「安心しろ朝のショートコントの時点で注目度と引かれ度はMAXだ」
「それのどこに安心しろと!?」
俺達は既に奇人のレッテルを貼られているから安心しろってことだよ。
チャップリンと同じだ、やったね。
「とにかく昼ご飯抜きは辛い。買いに行かせてもらう」
今なら行けばまだ売れ残りのパン残っているだろう。
売れ残りなんてハズレしかないが食べないより幾分かマシ。パンも女もある程度妥協が必要だ。ブスでも我慢しろ、なぁ皆。
「ま、待ちなさいっ」
「んだよしつけーな」
「パン買いに行かなくていいわよ。その……わ、私の少しあげるから」
「え?」
お嬢様は弁当箱を持ち上げる。パカッと容器が持ち上がって下から新たな層が出てきた。
その弁当箱、二重になっていたのか。匠もビックリの収納スペースだ。
二段目には、お嬢様が食べている一段目と全く同じ弁当。白米と四番スラッガーおかずの数々。
え、同じ弁当が二つ……?
「お嬢様、まさか」
「な、なな何よ。別にアンタの分も作らせたわけじゃ……」
「二つも食うつもりだったんですか。意外と大食らいなんですね」
「違うわよっ」
あ、違う?
じゃあなんで二段弁当なんだよ。それ以外の理由思い浮かばねー。
まあいいか。タダ飯食えることを素直に喜ぶか。
「じゃあありがたく食べるわ。お嬢様、ありがとな」
「べ、別に……」
「んじゃま箸貸して」
「は、箸……ぁ、あぁ!?」
急にお嬢様が焦りだした。
弁当箱の底を見たり、袋をひっくり返して何か探している。何してんの?
「箸……ない。なんで二個入れてないのよ」
「当たり前だろ。一人用の弁当で二膳もいらないだろ」
「ぁ……そ、それもそうね。あ、あははっ」
……? 変なお嬢様だな。いや変なのは最初からだった。
「うぅ~、次からは二膳入れてもらわないと……」
「なんかブツブツ言ってるけど食べ終わったら箸貸してくれ」
「えっ、い、嫌よ!」
はあー?
さっきからお前とまともな会話してねーぞ。これだからボッチは困る。
「箸がないと食べれないじゃん。お嬢様が食べ終わった後でいいから貸してください」
「だ、駄目っ」
なんでだよ。
しかしお嬢様は首を横に振るだけで頑なに貸そうとしない。
「お前は間接キスに敏感な中学生か。別に俺は気にしねーからいいだろ」
「駄目、私が駄目なのっ」
「……あのさ、俺は最後でいいし、お嬢様の使った箸でぶよ~ぶひひ的な変態趣向もないから。何も問題ないって」
「駄目ったら駄目なのー!」
聞く耳持たないお嬢様は真っ赤な顔してガツガツ弁当を頬張る。
はぁ、これだから高品なお嬢様は。
箸を使い回すのは衛生的ってより気持ちの問題で嫌なのだろう。たとえ自分が使うわけではなくとも。
「それだと俺はどうやって食べればいいんすか?」
「知らないっ」
お嬢様は卵焼きを食べながら乱雑に言葉を吐き捨てた。あ、それ美味そう。
美味そうだけど……俺はどうやって食べればいいんだよ。