第15話 三日目・朝の通学路
目が覚めるとそこは見慣れない部屋。
布団から出て横を見ればベッドには幸せそうなニヤニヤ顔で寝ている芋助がいた。
「ぐっへへ~」
朝から幸せそうな笑みを浮かべやがって、なんかムカつくな。
起き上がり、芋助の前に立った俺は指でこいつの鼻を摘む。一昨日はお嬢様のアレを摘んだのに、随分とランクダウンしたものだ。
「っ、うっ……げ、げほ」
呼吸を止められて芋助は苦しげに咽せる。へいへい頑張れ。
手足を微振動させて白目を剥きかける姿は直視したくない。キモイので離してやる。キモイ。
芋助は呼吸を再開、けれど先程みたいな笑みではなく少し苦しげに悶えていた。
「うっ、く……俺がジャガイモなのは当然だけど頼むから注文しないでくれ」
「何そのクソみてーな寝言」
「うっ!? は、ハル?」
目を覚ましたみたいだ。
寝ぼけながら焦点の定まらない両目で辺りをキョロキョロさせている芋助。ゆっくりと上体を起こして大きく伸びをする。
「うっ、う~ん……くはぁ~」
ごめん、その喘ぎ声みてーなのクソキモイわ。
今の声をアラーム音に設定したら、鳴る前に起きてアラーム止めて割とゆったりで小生意気なジャズに設定して二度目するよ。
ん、言ってること意味不明だと思うけど俺もだよ!
「起きろよ芋助」
「んんぅ、ハルかぁ。おはにょう……んにゃ、もう朝か?」
「あぁ、朝の五時だ」
「お前割とマジで死ねよ」
うにうに、とキモイ声出してた芋助が一変して辛辣な言葉を吐いた。おいおいどうしたいつものキメェお前はどうしたんだよ。
キレ顔で再び布団の中に潜り込む芋助。
「おい起きろよ」
布団の上から揺すって起こしにかかる。おら起きろ、芋!
「いや待てって五時だぞ。まだ寝れるじゃねーかアホか」
「早起きは三文の得って言うだろ」
「三文なんていらないよ。いいから寝かせてくれ」
眠たそうな、でも不機嫌で低い声で芋助は言葉を返してそのまま寝ようとしている。
「健全なジジイはもう活動してる。俺達も負けてられねぇぞ起きろ」
「ジジイは信じられないくらい寝るのが早いんだよ。あいつら割と睡眠時間に見合った時間に起きてるから」
「それでも俺達ぁ負けられないんだ。さぁ覚醒しろ芋助」
「な、何そのキャラ。ハルはそんなキャラだっけ?」
「今こそ芋助から進化してサツマイモ助になる時だ」
「それ進化って言うのかな。別品種に生まれ変わってるよね」
「必殺技もあるぞ。サツマイモ真拳、マッシュ潰し!」
軽く跳んで反動をつけ、体重を乗せた肘打ちを芋助の腹に放つ。
「げぼっ!? つーかお前が使うんかい!」
「もうお前の内臓はスイートポテトだ」
「意味分かんない決め台詞言うな。というかハルお前ただ嫌がらせしたいだけだろっ!」
「ね、眠い」
電車の中、隣に立つ芋助が大きくて間抜けな欠伸をしている。
「寝れなかったのか? 大変だな」
「……ハルが五時から嫌がらせするからだろ」
え、そうだっけ?
全然覚えてねーなー、何のことやら。
「散々嫌がらせ受けて俺の目が覚めた時には今度はハルが二度寝して……何なのさ!」
「やっぱ五時は早過ぎたな。今度は違うアプローチで嫌がらせするわ」
「ほらやっぱり嫌がらせじゃないか。二度と泊めてやるもんかい!」
朝からうるせーなこいつ。電車の中では静かにしろや。
車内には出勤するおっさんや登校する中高生でいっぱい、かなりの乗車率だ。
俺の前に立つおっさん、頭が禿げかけたおっさんがいる。バレない程度に息を吹きかけて残り少ない髪の毛をフワフワさせる。
初めてやる遊びだけどこれ楽しいな。おっさんの髪の毛フワフワしてるよぎゃははは。
昨日、お嬢様に置いてかれた俺は芋助の家に泊まることにした。
芋助家は普通の家で両親も普通だった。なぜこんな芋が生まれたか分からないくらい。
「なんか俺の悪口考えてるだろ」
無視だ。代わりにおっさんの頭に息を吹きかける。
とにかく芋助のおかげで野宿せずに済んだ。ニートを志す俺だがホームレスにはなりたくない。
その釣り合いは大切だ、妥協したくない。なぁおっさん。おっさん、ちょいちょい後ろ見てくるよね。バレるかどうかギリギリの勝負、胸が高鳴るぜ。
「さっきからハルは何やってんの?」
「おっさんの頭に生える残り毛を煽ってる」
「おっさんこっちすげぇ形相で睨んできたよ!?」
どうどうおっさん落ち着いて。
今は学校に向けて電車で移動中。今日も鬱な勉学生活が始まる。
それと……あのクソ女。
待っていろ、お前だけは許さねぇ。
「ところでハル」
クソお嬢様のことを思ってイライラしてたら芋助が話しかけてきた。
「なんだよ」
「その、さ、俺が貸したパンツとシャツだけど、別に洗って返さなくていいから……」
「え、こいつ気持ち悪いんですけど!?」
学校の最寄り駅に着くと同時に走る。
芋助から逃げる為だ。あのホモ野郎から少しでも距離を空けたい。
「待って待ってハル君! ちょっとしたボケだって冗談だったんだよ!」
「黙れ変態クソ野郎! 今お前の服を着ていることが最悪だよ。ノーパンの方がマシだわ死ね!」
後ろの方で何やら芋助もといホモの叫びが聞こえるが無視だ、ガン無視だ。
人混みを抜けて早足で歩く。クソ、登校から最悪の気分だ。
周りには制服を着た奴らばかり。こいつら全員同じ学校の生徒か。目指す場所は同じ、駅から徒歩で十分程かかる緩い坂道を登った先にある高校。
この坂道だりーな。昨日まで車だったから尚更しんどく感じる。駅から学校までバス走らせろよ。夏とか最悪じゃんか。
「あー……サボるか」
ピタリと足が止まった。周りの奴らは気にせず進んでいく。流されるままに登校しやがって、お前らは何の為に学校へ行くんだよ。俺は違う、俺は流されない。
そうだよ何を律儀に登校しているんだ。お嬢様も母さんもメイドさんもいない、今俺を咎める奴はいないんだ。
なら答えは一つ、サボる。これだ。
てことだ、じゃなあ。踵を返して元来た道を戻ることにする。
途中に立っている教師には「忘れ物したので取りに帰ります。担任の先生には伝えてあります」とか言えば余裕だろ。堂々と逆走してやるぜ。
さーてどこか公園で日向ぼっこでも……ん?
「は、ハルきゅ~ん」
俺の名前を呼んで寂しげに登ってくる奴が見えた。芋助だ。キモイ奴がこっちに来てる!
このまま戻れば遭遇すること必至。幸いまだあっちは気づいてない。でも戻るのは……
再び踵を返す。平たく言えばターンだ。
ちっ、あいつに会って色々言う方がめんどい。
まぁいいさ、そのうち細い道とかあるだろうしそこから抜けて駅に戻れば問題ない。
今日は意地でもサボる。そう決めたんだ。
「あ、その……」
「あ?」
「お、おはよう火村君っ」
挨拶された。木下さんだった。
昨日と変わらない格好に黒髪のゆるふわセミロング。綺麗な前髪だわホント。
さっきのおっさんとは大違いだ。雄大なアルプスの大草原と焼畑農業ぐらい差がある。
「うっす、おはよ。わざわざ声かけてくれてサンキューな」
俺なんか無視して登校すればいいのに。挨拶するとはマメだな。
「え、えっとその、昨日は手伝ってくれてありがとうございました」
昨日……あぁ、プリント作成ね。
あれくらい別にどうでもいいよ。五の倍数に負けた俺の気まぐれだ。
「気にすんなよ。んなことでお礼言われても困るわ」
「ぁ、ごめんなさい……」
「いや謝んなくてもいいから」
しょんぼりするなよ俺が悪いみたいだろ。はぁ、女子って怠いな。こっちが気を遣ってしまう。
顔文字みたいにしょんぼりしてる木下さん。そんな顔されたらまるで俺が悪者みたいだろうが。
ふざけんな、可愛いは正義とでも思ってんのか。まぁ可愛いは正義だけどさ! ブスとホモは悪、共に滅びよ。
「ほら、いいから行こうぜ」
「は、はいっ」
なんとか促したら木下さんは顔を上げてくれた。
おどおどしているがちゃんと歩いている。あぁ良かった良かった。
「また何かめんどい仕事押しつけられたら俺に言えよ。手伝ってあげる、かもしれない」
「か、かもしれないの?」
「五の倍数に当たればな」
そこからは特に会話もせず黙って木下さんと並んで登校した。
……あれ、学校に着いちゃったよ?
さ、サボりは? 何してんの俺?