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最終話 生意気なお嬢様と元ニートの使用人

ここで寝る、だと?

おいおいおーい? 何を血迷った発言しているのかなこのクソお嬢様は。


「駄目に決まってるだろ。さっさと自分の部屋に戻れ」


「い、嫌よ。今日はここで寝るの」


「同じベッドに寝るってことだぞ。散々お前にセクハラしてきた俺と一緒にだぞ」


「触ったら駄目。一緒に寝ないと駄目」


「無茶ヤムチャ言いやがって……」


ヤムチャは言っていないって言葉を聞き流しながらお嬢様を押しだす。オラ落ちろ。そして自分の部屋に戻れ。

だがお嬢様はベッドから落ちない。それどころか俺の腕に自分の腕を絡ませて粘りやがる。


「離れろぉ」


「嫌だぁ」


意地でも動かないつもりか。お前それただのビッチだぞおい! なんつー頑迷さ、俺がニートに固執する意志の強さに通じるものがある。

ぐっ、やっぱり今日のお嬢様はどこかおかしい。どうしたんだよ。


「絶対に駄目だ。俺の部屋から出ていけ」


「むぅ……」


「セクハラしまくりの俺が言うのもおかしいがもっと自分を大切にしてだな」


「お願い聞いてくれるって言ったわよね。アレ、今使う」


お願い? ……あー、夏休み入る前に俺が言ったやつか。

拗ねているお嬢様を宥める為、俺はどんな命令でも従うと約束した。その時は保留になったのを、今ここで使うと?


「こんなことで使うとか馬鹿だろ」


「いいの。なんでも叶えてくれるんでしょ? だったら、いいわよね!」


「ぐぬぬ……!」


俺が自ら言った約束だ。それをここで持ち出すなんて、つーか覚えていたんかい。

……はぁ、どうなっても知らないからな。俺は寝返りを打ってお嬢様に背を向ける。背中からは雨音お嬢様の小さく安堵した息遣いが聞こえた。


屋敷の二階、端っこの物置部屋。クーラーはなく窓も小さい。狭い部屋の気温は高く、狭いベッドに二人並んで横になればより一層蒸し暑い。

なのに、お嬢様は離れるどころか俺の背中に自身の背をくっつける。寝間着、皮膚、背の肉、そんな厚みは意味もない程にあっけなく簡単にお嬢様の鼓動を感じる。そして俺自身の高鳴りも……。


「暑いわね」


「だったら出ていけ」


「嫌」


「……お前もおかしな奴だな。もっと有意義な願い事すればいいのに」


「だって木下や日清と話すなって言ってもアンタ聞かないでしょ」


おう当然だ。それは俺の力では叶えられない願いだからな。神龍と同じだ。これ以前も言ったなー。


「これでいいの。それに結婚するって約束はもうしているし……あ」


「あ?」


「な、なななんでもない! うるさい馬鹿!」


「俺一文字しか呟いていないけど!?」


声を荒げる俺ら。お嬢様は叫ぶだけでは飽き足らず、反動をつけて背中をぶつけてきた。落ちる落ちる、ベッドから落ちそう!

関係ないけど冬になったら予備校の前に立って「落ちる」を連呼する遊びをしたいです。参加したい人は俺にメール頂戴ね。


っ、うおっ、マジで落ちそうだった。この野郎、ここは俺の部屋だぞ。そっちがそんな態度取るなら……こっちにもやり方はある。

寝返りをうち、反対側を向く。窓から差し込む月明かりでぼんやり見える雨音お嬢様の背中、薄いパジャマ、常に香るお嬢様の匂い。

げへへ、忠告はしたはずだ。同じベッドで寝る以上、何をしても文句は言わせないぜ。まずはいつも通りお前が誇る素晴らしき双丘を……


……。


「ふー」


「ひゃう!? く、首に息を吹かないでよっ!」


綺麗で色気と魅力が溢れまくるうなじに、たんぽぽの綿毛を飛ばすように優しく唇を震わせて息を、ふー。

するとお嬢様が情けない声をあげ、俺の息と連動するみたいに体をビクビクと震わせた。リアクションが見事にエロイ。様式美だな。


「何するのよ!」


「あは~ん? 人の部屋に来た身分のくせに何言ってんの~? アホかな~?」


「あぁん!?」


俺リスペクトかな? 勢いよく体を反転して怒気含む唸り声をあげる。暗闇で光るギロリ!とした双眸が突き刺さるぅ。

あはははっ、晩飯の仕返しだヴァーカ。寧ろ息を吹くだけで済んで良かったと思いやがれ。俺がその気になればおっぱいモミモ…………そういや、その気にならなかったな。……。

メイドさんがいない二人きりの今この状況。お嬢様を襲えるのに、俺はしなかった。躊躇った。


「あ、アンタがそのつもりなら……反撃してやるわ!」


「っ、と、あん? 俺は不感症だから息吹かれても感じないぞ。にんにく食って嗅覚勝負で出直してこい」


「え、えいっ」


「ふぁ!?」


情けない声が出た。お嬢様が抱きついてきたから。腕を背中に回されて足同士を絡ませる形で抱擁された。は、はあ!? ああ!?


「な、何しやがる」


「ふ、ふんっ。ど、どどどう? アンタをビックリさせてやったわ」


「お前だって動揺しているじゃねーか」


あとさ、今の……抱きついた拍子に頬と頬が当たったぞ。下手したら、おい、唇と唇が……また……っ!


「だからお前自分が何しているか分かってんのか!?」


「な、何よこれくらいのことで」


「だからお前も動揺しているからな。だからって何回言わせるつもりだ! DAKARA!?」


「陽登うるさいからこっちいく」


体を動かしたお嬢様は下へとズレた。俺の胸元に顔をうずめてさらに密着してきた。だから、っ、だからぁ! なんだ君は。マジでどうした! こんなことするキャラじゃないだろ。頭のネジが取れた? 今からでもメイドさん呼び戻してみるか?

俺と二人きりになって、そばを離れず同じベッドで寝て抱きついて……えぇ!?


「んー」


「……今日のお前おかしいぞ。何があった」


「んー」


「おい無視するな」


「すー、はー……」


「おい匂い嗅ぐな! 深めの呼吸やめろ!」


俺の匂いを嗅いでどうする。特にメリットないだろうがっ。

抱きついて匂いを嗅いで、その程度で俺がドキドキするとでも思ってんのか。別にこれくらい平気だし、どうってことねーし……あ? なんだオラ? ドキドキしてねーよ。あぁん? は?


「陽登の匂いがいっぱいする」


「知らん。俺は寝る」


「さっき喜んでいるって言ったけど陽登も嬉しいの?」


「……そんなこと言っていません」


「言ってたじゃない」


「……」


目を閉じる。閉じて必死になって睡魔を呼び戻すが一向に来る気配がない。おいどうした睡魔、いつもみたいにすぐ召喚されろよ。なんで来ないんだよ!

クソ……さっきの独り言聞かれていたのかよ。クソがああぁ!


「すー、はー」


「やめろ」


「陽登の胸、ドキドキ言ってる」


「……」


「緊張しているの?」


「……」


「私も、ドキドキしているわ」


「……」


「ドキドキしているし、ダラダラもしている、ヘラヘラもしたい」


「言っている意味が分からん」


「陽登がいつも言っているじゃない。ダラダラ、ヘラヘラ過ごそうって」


ダラダラ、ヘラヘラ。この言葉を何回言ってきただろう。俺の礎であり、座右の銘だ。

俺はこの生き方を変えるつもりはない。嫌なことがあればすぐ逃げるし辛いことからは目を背ける。そうやってのんびり生きていきたいんだ。


「私もダラダラ、ヘラヘラ過ごしていくわ。陽登と一緒に」


胸元に収まるお嬢様の頭。足は絡まって体は密着する。蒸し暑い室内、触れ合う二人の体は他の何よりも熱くて、暖かった。


……親父が死んだ時に決めた生き方。嫌なことから逃げていくスタイル。何があってもこれは曲げずに生涯を過ごすつもりだった。それなのに破ってしまった。逃げずに向き合ってしまった。

こいつと、雨音お嬢様と一緒にいようと向き合ってしまった。そして、それで良かったと思う自分がいる。


「陽登、私の為に帰ってきてくれてありがとう」


「……」


「無視ばっか。ちゃんと聞きなさい」


「無視に関してはテメーの方が達者だよ」


にしてもどうして女子は生きているだけで良い匂いがするんでしょうね。どうして柔らかいんだろうね。意味が分からないよママぁ。


……母さん、か。俺は、こいつと向き合うことは出来た。でも問題は残っている。それらとも向き合わなくちゃいけないのだろう。母さんのことや、こいつの両親の仕事、将来のこと。


「……目を背けたいけど、そうもいかないな」


「陽登どうしたの?」


胸元に収まっている生意気なお嬢様と一緒にいたいなら避けられない。ごく普通なクソ平民と同じように真っ当に進まなくてはいけないことがある。

逃げたいけどさ、まあ、こいつとは向き合っていきたいと思ったからには、やるしかねーよなぁ……。

嫌なことから目を背けるスタイルを貫いてきた俺はどこに行ったのやら。笑えるぜ。


「別に。俺の母さんとお前の両親含めて話さなくちゃいけないと思っただけだよ」


「っ!? な、何よ、挨拶するの!?」


「……バーカ、それはまだ早いっての」


母さんの仕事環境とかについて話し合いをするってことだよ。あと親父の話も聞きたいし。

勝手に勘違いしたお嬢様が微振動を起こす。暗くて窺い知れないが胸元から溢れる熱気で顔が赤くなっていることが伝わる。


「も、もう知らないっ」


「じゃあさっさと寝ろ。ついでに離れろ」


「んん~!」


さらに力を込めて抱きついてきたのは拒否の表れなんですね。ったく、こいつは……。


「……陽登」


「なんだよしつこいな」


「その、これからも……一緒にいてね」


「……そりゃこっちの台詞だバーカ」


時計のない部屋では日付が変わったか確認することは出来ない。枕元の携帯を見ることも、今の状態では出来ない。

ただなんとなしに分かるのは、夏は終わって新しい季節が始まったということ。俺とお嬢様もまた、今日を境に何かしらの変化が起き、でも変わらずダラダラとヘラヘラとドキドキと過ごしていくのだろう。そしてそれもまたいつか変わる。


生意気なお嬢様と元ニートの使用人という関係もいつか終わるかもしれない。だけど俺らはこうして一番近い距離で互いを罵倒しながら喧嘩しながら進むのだろう。

ダラダラ、ヘラヘラと。


「おやすみクソお嬢様」

「ん、おやすみクソ陽登」


まだ先のことに思い馳せることをやめて全身に広がる温もりに身を預ける。俺らは互いをクソと呼び合って、抱き合って、夏休み最後の夜を過ごした。


前にも言ったが、まあ、なんだ、その…………


これからも、ずっと、よろしくな。











とか思っている時代の俺もいました。


「おはようございますー。二人共起きてくださいー」


朝の日差し以上に眩しいのはメイドさんの笑顔。そりゃもうニヤニヤニヤニヤと笑っている。それより、メイドさんがいることに目が見開いて思わずのけ反ってしまう。


「先程帰ってきました。二人の様子が気になりましてー……あらぁ」


「意味深なニヤけた笑みやめてください。別に何もなかったですよ」


「その姿を見せられても説得力ゼロですよー」


俺の胸元には雨音お嬢様。俺にしがみついたまま小さなお口から静かな寝息を立てて安らかに眠っている。

……あ、あははー、確かにこれは言い逃れ出来ない状態ですね。だって抱き合っているもん。これ完全に事後でしょ。実際は違うんですよ!?


「私の大事な妹分に手を出したんですねぇ……」


「手は出してないです。中にも出していません。というかやっていません。いやこれはマジで!」


「構いませんよ。陽登君なら寧ろオッケーですっ」


「やっていませんってば!」


「う、うーん……陽登?」


ここでお嬢様が目を覚ました。僥倖、今日は寝起きが良かった。お嬢様、早く弁明をお願いします。俺は何もやっていないことをメイドさんに伝えて、


「ふぇ……な、なんで陽登が……あ、あ、きゃああああぁ!?」


「なぜ殴るぶべらぁ!?」


ゼロ距離でグーパン。て、テメェが一緒に寝るって言ったんだろうが。なんで俺が悪みたいな感じで殴るんだよ! 昨日の電車に引き続きまたしても冤罪だ!


「は、陽登が…………あ、そっか」


「はい思い出した! 記憶と共におはよう! てことで謝れ」


「う、うるさいっ。陽登のくせに生意気よ!」


「生意気なのはどっちだオラァ」


「はいはい早く支度を整えてください。今日から学校ですよー」


「ぎゃあああああ学校行きたくねええぇぇ!」


「陽登うるさい!」



まったく、昨日の夜はそれっぽいことを思ったものだ。何が前を向いて進めるだ。目の前からグーパンチが飛んできたわ。



「シェフおかわりー。あ、その鍋は開けない方がいいですよ。悲鳴が聞こえます」


「朝からご飯三杯も食べるなっ。早く学校行くわよ!」



やっぱり前を向くのは大変だ。ニートの頃は何も考えずに過ごしていたのになぁ。あぁ、あの輝かしい時代が懐かしい。



「運転手さん、今日は始業式で終わりなので昼に迎え来てください」


「来なくていいわよ黒山。こいつとショッピングして帰るから」


「出ましたファックで~す」



いくら未来を語ろうとも結局はいつも通り騒がしくて大変な日々が続く。お嬢様に振り回されてメイドさんに働かされて、ため息と悪態が尽きないのだろう。



「あ、おはようハル! 二学期もよろぴく!」


「む、貴様らか。この前のカラオケは楽しかったぞ。また行こう」


「あそこにいるアホ二人に何か返事します?」


「しない」


「了解。スルーしましょう」


「「おい!」」


そして学校生活も続く。ろくに級友と話さず芋や副会長をおもちゃにして退屈な授業を聞かなくちゃいけない。



「あ、木下さんだ。おはようございます木下のアネゴ!」


「あ、あうぅ、ひ、火村君やめてよぉ」


「ハルちゃんおはようっ」


「ちっ、日清も一緒か。はいはいこんばんは」


「陽登から離れなさいよ!」



考えただけで嫌なことのオンパレードですわ。ニート時代に比べたらカス以下のクソ生活しか待っていない。

でも、きっと、そうしているのが今の俺にとっては一番なんだと思う。クソみたいな生活の中でダラダラ、ヘラヘラと過ごしていけると思うんだ。


だって俺の隣には、こいつがいるから。



「何よあいつら。陽登は私だけの使用人なんだから……」


「いい加減あいつらとも仲良くしろよ」


「ふんっ」


「ったく……行くぞ、お嬢様」


「……うんっ」


こいつと一緒に歩んでいく。季節が変わっても、高校を卒業して大学に入学しても、ずっと、ずっと。


一度しか言わないからよく聞いとけよ俺自身。

嫌なことや辛いことがあれば目を背けてもいい。隣を見れば、俺のお嬢様がいるからさ。これから楽しい日常が続くんだ。大いに楽しもうぜ。こいつと一緒にさ。


ニヤッと笑えばお嬢様も笑う。手を繋ぎ、指を絡めて、俺らは前を向いて歩きだす―――


〈完〉


こんにちは腹イタリアです。

グダグダコメディー『生意気なお嬢様と元ニートの使用人』を読んでいただき、ありがとうございました。ここまで読んでくださった方は……暇人で物好きで、そして最高です!笑 


最後の方はシリアスが続いたりサラッと終わってしまっておいおい雑かよボケ!と思われるかもしれません。でも作者の私としては書ききって非常に満足しています! 今これを書いている時とかドヤ顔で恍惚としていますよ。はい出た自己満!笑 


この作品は私自身とても大好きで主人公の火村君は書いていて楽しかったです。

完結できたのは偏に読者の皆様、感想を書いてくださった皆様のおかげの他ありません。感想、とても嬉しかったです。いつも元気をもらってきました。ここで改めてお礼を述べさせてください……ありがとぉ!!! 


今回で最終話です。けれど実はもう少し続きます。番外編をね、書こうかなと思っているんですよ。というか書きます(笑) 

ですのでもしよろしければ番外編も読んでいただけると嬉しいです。ここまで読んでくださった方なら読むんじゃないかな? そうだといいな!← 



長くなりましたが最後にもう一度言わせてください。

『生意気なお嬢様と元ニートの使用人』を読んでくれてありがとうございます。楽しかったです!


それでは~

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