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第146話 二人きりの夜

「ただいまんまん。メイドさんー?」


鍵を開けて玄関に入れば機械音と共にR2-D2のフォルムをした警備ロボが出迎えてくれた。スタンガン搭載しているくせに飼い犬みたいに来るんじゃねぇ。

だがこいつらが起動しているってことは今屋敷内には人がいないことを裏付けていた。本当にメイドさんはいないんだな。


「他のメイドやシェフは?」


「休みにしたわ」


「俺ら以外いないって詰んでるだろこれ」


なんで全員休みにしたんだ。今日の晩飯どうするんだよ。

宅配ピザでも頼むか……ん? こちらを見るお嬢様の顔がいつもと違う。なんか、自慢げ。


「私が作ってあげるわっ」


「あぁん!?」


「な、何よそんな声を荒げて」


だってそうだろ。味噌汁の作り方も知らないテメーが料理するとか結果は容易に分かる。はいはいダークマターダークマター。


「着替えたら早速作るわ。私に任せてっ」


お嬢様の自信満々な発言が俺のげんなりを増幅させる。不安でしかない。つーかなんでこいつはちょっと張り切っているのさ。


「俺も手伝います」


「別に必要ないけど……そうね、テーブルでも拭いておきなさい」


「分かりました。厚切りベーコンサラミ生ハムペパロニアンチョビ&生ガーリッククリームピザですね」


「分かっていないじゃない。ピザは注文しなくていいの!」


テメーこそ何も分かっていない。普段は全く料理しないくせにこういう時に限ってしたがる奴は大抵が壊滅的な腕前ってのが定石なんだよ。テイルズシリーズをプレイしてみろ、料理クソ下手キャラが一人はいるぞ。それがお前ってわけ。

だがクソお嬢は忠告を聞かない。鼻歌交じりで自分の部屋へと上がっていった。


「あーあ、胃薬の準備でもしとくか」


悲惨な晩餐もう散々、と似非ラップと共にため息を吐く。確定となった不安は恐怖でしかない。腹を壊して死ぬ可能性すらある。

……いや、待て。俺がこれだけ不安になっているなら逆の展開になるかもしれない。料理が下手だと思っていたら意外と美味いものが出てきた、みたいな?


そっちのフラグだとしたらお嬢様も意外と料理が……






「完成っ。カレーライスよ!」


「クソ不味いおろろろろぉ!」


期待した時点で完全にフラグでしたどうもありがとうございます。

エプロン姿のお嬢様がカレーライスと言った真っ黒のドロドロ物質は緑の煙を出して『イヤアァァァ…』と悲鳴をあげていた。


「どう? 美味しいでしょ」


「吐き散らす俺のどこを見てそう思う。つーかこのカレーライスおかしい。何を入れたら緑の煙が発生するんだ、なんで悲鳴を発声しているんだ!」


ハリーの世界か。ここはホグワーツか! おええぇ、口に入れた瞬間に全身が拒絶した。舌がヒリヒリ、味蕾が次々に絶命していく。

絶望的なまでに不味い。あとお米が泡立っているんだけど。お前まさか米を洗剤で洗うという超ド定番の失敗をしたのか? 農家に土下座しろ!


「こんなの食えるか」


「な、何よ。残さず食べて」


「俺に死ねと? これ食えば不老不死になれるスペシャル特典があったとしても食べねーよ」


「食べないって食材に失礼だと思わないの!?」


「テメーこそ失礼だ。食を語るな黙ってろ」


『イヤアァァァ……』


「お前も黙ってろぉ!」


お嬢様に期待したのが誤りだった。これなら俺が作った方がマシだわ。今からでも俺が作って……左手まだ完治してねぇし……。


「た、食べてよ」


「じゃあお嬢様は食えんのかよ」


「うっ……どうするの」


「厚切りベーコンサラミ生ハムペパロニアンチョビ&生ガーリッククリームピザでいいですか?」


「……そうね」






ピザを食べて晩飯は終了。今はお嬢様が使った食器や包丁を食器洗い機に放り込んでいるところ。

ピーラーがない。こいつ皮剥いてなかったのかよ死ねよ。


「まあ、たまには庶民の食べ物も悪くないわね」


なんつー言いぐさ。お前が作ったのに比べたら圧倒的に美味いだろうが。遠月学園ならお前は退学どころか処刑されているからね。

だがこれでこそ雨音お嬢様って感じだ。他に媚びず、自分勝手な物言いと態度が天水雨音。うん、安心する。


「で、なんでお前は俺の隣にいるの」


「……私がやる」


「じゃあどうぞ」


場所を譲って残りの食器はお嬢様に任せる。直後、皿が落ちて床でパリーン。


「秒殺!?」


皿を食器洗い機に入れることすら出来ないのかよ! 家事スキルが低いって騒ぎじゃない、ゼロを下回ってマイナス。過負荷だわ!


「な、何よこのお皿。反抗期ね」


「無機物に何言ってんだ! あーもう片付けは俺がするから部屋戻ってろ」


「私がする」


「皿の破片で怪我するビジョンが鮮明に浮かぶわ。いいから下がってろ」


「ふざけないで、これくらい……痛っ」


「ふざけてるのはどっちだよ!?」






指先を切っただけで済んで良かった。絆創膏を貼ってはい終わり。せっかくの白くて綺麗な指に傷が……なんでもない。お嬢様の指とか別にどうでもいいし。


それより問題なのはお嬢様の行動。

俺が割れた皿を片付けている時も、朝食用の米を炊いている時も、何をするにしても俺の横にピッタリついてきて手伝おうとするのだ。どこか行けと促しても動こうとしなかった。何を企んでやがる……?


「お風呂あがったわ。陽登は?」


「今しがた出たところです」


使用人用の浴室でシャワーを浴び終えた俺はリビングのソファーに座ってアイスを食べている。すると、またしても、お嬢様が俺の隣へ。

肩にタオルをかけたパジャマ姿のお嬢様からは湯気が出ており髪の毛は濡れている。濡れた髪先が色っぽく見えるのは何か補正がかかっているせいで、ドキッとしてしまうのは何かの事故だ。ジーコだ。ジーコはファック。しつこいねごめんね。


「暑いから隣に座んな」


「うるさい。髪の毛、濡れているんだけど」


「男は黙って自然乾燥だろ」


「私は女だもん」


「だったら早くドライヤーで乾かせよ」


「……陽登がやってよ」


はあ? なんで俺がそんなことしなくちゃいけないんだ。メイドさんに頼んで、ってメイドさんいないわ。

え、こいつもしかして自分一人じゃ髪の毛も乾かせないと? どんだけシェフやメイドさんに支えられて生きてきたんだよ。逆にすげーわ。

お嬢様は「ん」と短い言葉で命令するとドライヤーを差し出してきた。……は~、なんだよもう。


「私、指怪我しているのよ」


「俺は左手が折れているわ。……やったことないから上手くは出来ないぞ。いいのか?」


「早くしなさい」


「クソ女が」


スイッチをオンにすると温風が緩やかに吹く。まだ完治していない左手でなんとかしてドライヤーを持ち、右手でお嬢様の髪の毛に指を通す。

濡れた髪の毛はしっとりサラサラ艶やか、指は何の障害もなくスッと毛先まで抜けていく。

……滑らかだな。俺の髪とは大違いだ。女子の髪ってすごい。神秘を感じる。


「もっと優しく拭いて」


「この野郎……!」


柄にもなく恍惚してしまったと目が覚めるのには十分だったお嬢様のクソ発言。テメェ、怪我人が頑張って拭いてあげているのにその態度はなんだオラ。

ブオ~、と温い風が吹く音だけが低く響くリビング。ここにいるのは俺ら二人だけ。慣れない手つきで髪の毛を乾かしつつ会話を始める。


「メイドさんはどこにいったんだ?」


「沙耶はパパとママの仕事について行ったわ」


「旦那様と奥様に?」


「陽登のお母さんのお手伝いをする為に秘書の勉強をするんだって」


……ふーん、そういうことか。メイドさんが秘書ね。頑張ると言ったのはこれのことだったか。

自分を育ててくれた旦那様達に恩返しがしたいと言っていたメイドさん。確かに仕事を手伝うのは屋敷に仕える以上に恩返しになるかもしれない。メイドさんは有能だから秘書に向いているしね。

そして母さんの負担を減らそうという考えも含まれている。なるほど。


「じゃあメイドの仕事は辞めるのか?」


「そうなるかもしれないって」


「へー、だからお前は家事を覚えようとしてんの?」


「! べ、別にそういうわけじゃ……」


動揺が髪の毛を伝わって感じ取れた。なるほどね、だから飯作ろうしたのか。分かりやすいなぁ。


「メイドは他にもいるんだからテメーは甘えてろよ」


「私だってそろそろ家事を覚えなくちゃいけないのよ。身の回りのことは自分でしたいの」


「なら髪の毛は自分で乾かせ」


「うるさいっ」


わーい理不尽だー。最低だー。クズポイントを10P加算。ちなみに俺の所有クズポイントは優に一億を超えている。俺に追いつけるといいですね。


「今日メイドさんがいないから家事スキル磨くチャンスって思ったわけだな。まあ結果は惨憺たるものだったが」


「チャンス……うん。沙耶がいないから他の人も休みにしたわ。だって、その、陽登と二人きりで過ごしたいから……」


「急に声のトーン下げたらドライヤーの音で聞こえないだろうが。なんだって?」


「べ、別になんでもないわっ」


いや絶対何か言っただろ。お前は俺を難聴系主人公に仕立て上げるつもりか。主人は暴力系で使用人は難聴系ってか? 時代遅れも甚だしい。


「何か言っただろ」


「うるさいうるさいっ。独り言だから気にしなくていいの!」


「こうなったらお前は絶対に話さないからなぁ……ったく、ほら終わったぞ」


なんとなく乾いたしこれでいいだろ。髪の毛が長いから時間かかった。ブローセット知識は皆無だからテキトーに乾かしただけ。

それなのにお嬢様は嬉しそうに口元を緩ませていた。どこか満足げでほっこりしている。……おかしな奴。


「あ、ありがと」


「……じゃ、俺はもう寝ます。おやすみなさー」


リビングを出て、長い廊下を歩き、階段を上って、また長い廊下を歩く。普段から屋敷に住んでいるのは俺とお嬢様とメイドさんの三人で、静かなのは変わらないはず。だけど普段以上に静穏さを感じて廊下が暗く見える。


今日は疲れたよ。日中は寝てばかりだったが夕方以降が色々あり過ぎた。気力はとっくにゼロを迎えて睡魔が三体ほど体に乗っかっている。そうだね、さっさと寝てしまおう。

……屋敷に帰ってから大変で忘れかけているが今日一番の出来事は電車の中でのアレだからな。事故とはいえ……触れた。触れ合ってしまった。

思い返せば顔は簡単に熱を帯びる。溢れる熱気と荒れる動悸のせいで睡魔が飛び立ってしまった。疲れていたはずなのにドキドキして興奮してしまう。


「っ、ああ駄目だ。意識しない方が無理だっての…………ぐうぅ、なんでちょっと喜んでいるんだよ俺ぇ……」


ちょっと嬉しい自分がいる。思い返して、悶えてドキドキして、嫌がっていない自分がいる。

どうした火村陽登。事故のファーストキスぐらいで狼狽えてどうするっ。ヘラヘラ笑って吹き飛ばせよっ。

……お嬢様みたいにニヤニヤするな頬ぉ! 馬鹿! お馬鹿!

クソ、あいつもあいつだ。横にベッタリくっつきやがって。髪の毛乾かしただけで嬉しそうに笑いやがって。

…………俺と二人きりで過ごしたいとか言うんじゃねぇ。口角が上がらないよう我慢するの大変だったわ。あれ正直ヤバかった。クソが。死ね死ね死ね。


赤くなった顔。もう誰にも見られないから抑える必要もない。いつものように物置部屋に入ってすぐにベッドで跳び込む。うー、がー、あああぁぁ!

……寝て忘れたいけど眠たくない。こりゃしばらくは悶えるタイムだな。とりあえず目を閉じて、




「陽登もうちょっと詰めてよ」


「……は?」


うつ伏せで寝る俺のすぐ横から声が聞こえる。耳に当たる吐息。うずめた顔をズラせばそこには、っ!?

雨音お嬢様が、俺と同じようにベッドに寝そべっていた。


「んあ!? な、なんで? いつの間に……」


「リビング出てからずっと隣いたけど?」


……あ、あはは、気づかなかったわ。へー、ふーん、そうなんだー。

オッケー、気づけなかった俺のミスだな。そこは認める。だが、どうしてお前はここにいる。まだ何か用か?

勘弁してくれ。お前がそばにいると……


「今日ここで寝るわ」


……え!?

次回で最終話です。

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